【泣くのは、全部試してから】
─────
僕は特別だ──
そう思い込まされた、そう教え込まされた。
誰に──誰のために?
──知らない、お前は“魔力体”なのだからと──
僕はミリスとカオスを監視し、世界を──
ミリスをカオスを守り──世界を守らなければならない。
もともと、人の器を持っていたのか、世界を創り感情に触れることでその形を覚えたのかは知らない。
そんな──女の子と男の子の体を持ったミリスとカオスと──
ミリスやカオスが創り出してきた世界を見に行った──
いや──ミリスやカオスを、こんな場所にこんな使命に縛り付けておくことが──僕には耐えられなくなっていたんだ。
そして、逃げ出した世界で僕は大罪人としてその身を追われ、そしてそんな大罪人を追うカイナと出会い、僕はそんな彼女に恋をした。
そして──カイナはトウカを授かった。
世界が壊れ始めていた。
当然だ──僕がミリスやカオスを連れ、あの世界を作り出している空間から逃げ出しその使命を放棄したのだから。
本当は──もう世界がどうなってもいいと思っていたんだ。
でも、産まれたトウカの顔を見て──
僕は家族を守らないと──って思ったんだ。
だから──僕だけあそこに戻ることにした。
ミリスにその余計な記憶を食べさせて──
ミリスやカオスに代わり僕だけで──世界を守り続けようなどと──思った。
もう──目が見えないんだ──
もう──声も余り聞こえないんだ──
あぁ──ミリスに食べさせたはずの記憶がいまさらどうして──
ここは──負の感情が──瘴気となり魔力となる。
そうか──僕の感情も瘴気に変換されたのか──
壊したく──ない。
──守りたいんだ。
見えないんだ──聞こえないんだ──
あぁ、せっかく思い出した記憶が消えていく──
─────
「すべてを貫けっ──ゲイボルグッ」
その武器の召喚に、リエンは時間を要する。
俺の結界で彼女の周囲を囲い、一切の攻撃を通さないようにする。
現れたゲイボルグは赤紫色の火花を散らすように──
一気に父さんの体を目掛け飛んでいく。
行く手に立っていた、ほかの化け物を蹴散らしながらもその勢いが弱まることなく──
バリーンッ
と、俺の結界以上の強度を誇る、父さんの結界がそんな音を立て砕け、父さんの体を守っていた結界をもろともせずにその赤紫色に輝く槍が──
「ぐっがぁーーーっ」
父さんの体の腹部を貫くと──ゲイボルグは役目を終えたように消え──
父さんの体から漆黒の血のように魔力、瘴気が飛び散る。
「──父さんッ」
俺は砕けた結界の中に体を入り込ませると、父さんの前に立ち、右腕に魔力をまとわせる。
体を後ろに反らせ漆黒の魔力を噴き出している傷口にその右手を突き入れる。
「引きずり出してやるッ──父さんの体から出ていけッ──ぐっくぅ」
その瘴気、魔力らしきものに右手が触れると──
俺の魔力にまとわりついてくるように──
苦痛に似た感覚に襲われる。
「グ──ガ──」
「──諦めるな、全部──試すんだ」
俺は右手を父さんの体から引き抜くと──その右手の中に納まる黒い瘴気の塊と一緒に引き抜かれる。
「ぐ──くそっ」
俺はその引き抜いた黒い瘴気の塊をそのまま右手で握りつぶそうとするが──
逆に俺の右腕にその魔力を送り込むように、俺の右腕に激痛が襲う。
「トウカくん──」
名声の戦闘スタイルにすでに切り替えていたリエンが、そんな俺の目の前に現れると、俺の手のひらに収まっている黒い瘴気の塊を赤い刀の刃で叩き切る。
そのまま黒い瘴気が俺の手のひらから近くの岩場に叩きつけられるように──
「くそ、まだか──」
そんなリエンが睨む瘴気が空高く舞い上がっていく。
「逃がすか──全部試すんだ」
俺はそんな空中に逃げた漆黒の瘴気を目で追い──狙いを定める。
右手を指でっぽうの形にして、結界弾を撃ち込む。
だが、その黒い瘴気は空中を素早く飛び回り、それを回避し、その何発かは直撃しても、リエンの攻撃に耐えたそれが、俺の攻撃を数発受けた程度でどうにかならない。
黒い瘴気は拠り所を求めるように、再び父さんの体を目指しているように見える。
「──トウカくんっ!?」
「──俺にだってこれくらいの使い方──」
父さんがそう結界を扱っていたように、俺も──
動き回る黒い瘴気を俺の作り出した結界で囲い、身動きをとれなくする。
そして、そのまま結界を少しずつ小さく圧縮していく。
結界の中の瘴気をそのまま圧縮した結界で押しつぶすように──
その黒い瘴気を消滅させる。
それは、今──この空間内を支配していた主力となる瘴気だったのだろう。
周りから瘴気の魔力が弱まると──
父さんを支配していた魔力も体から消え去るように──
吊るされていた糸が引きちぎれたかのように父さんの体が崩れ落ち、地面に倒れそうになる。
「──父さんッ」
リエンが支えようとした伸ばした手を遮るように俺は──それより先に父さんの体を支える。
「誰だい?だれか──そこに──居るのかい?ごめん、目が──見えないんだ」
「──父さん?」
まるで──最初のやり取りなどなかったように──
「──不思議なことではない、一度──汚れてしまった感情、それを破壊ということは、そういう事も起こりえる」
リエンは、俺の代わりに父さんを支えようとしていた手を元に戻し、俺にそう告げる。
「──どういうことだ、救えたんじゃないのか」
「──救えたさ、感情はね、だけど──その体はすでに限界だった」
「──父さん、おい、父さんッ」
「──声も、もう──ほとんど聞こえないんだ」
父さんは──俺の腕の中でそう言葉を絞り出すように──
「そこに──居るのはリエンちゃんかい?」
父さんは知っている人間の名前をただ──そこに居ると信じるように。
「うん──ここに居るよ」
冷静に言葉を放つリエンの言葉もどこか震えているように──
「僕──僕は今──“世界を守れて”いるのかな?」
「──あなたは立派に世界を守り続けている」
届いているかわからないセリフをリエンが父さんへと告げる。
「ねぇ──君は?どうしてだろう──すごく、すごく懐かしいような感じがする」
恐らくそれは俺に対して言っている。
「──父さん」
「──僕は、もう──目が見えないんだ──声もほとんど聞こえない──君にお願いできないだろうか?」
父さんは──見知らぬ息子に何かを託すように──
「僕には──“トウカ”って子供が居るんだ──どうか、どうか、その子に会ったら伝えてほしい──だめな、お父さんでごめんね──それでも、立派に世界を守りたかったんだ──」
「ふざけるな──立派だよ、あんたは立派なんだよっ」
俺の言葉は届かない──
「──カイナを──宜しく頼むよ」
「──くっ──」
俺は歯を食いしばり──必死で瞳からこぼれそうに涙をこらえる。
「──もし、今の言葉を会って、伝えられたら──僕の代わりにトウカの顔をよく──見てくれるかい?──あぁ、この目で──大きくなったトウカを──見て──あげたかった──」
俺の頬を触れていた父さんの右手が重力に逆らうのをやめるようにがくりと地面に引き付けられる。
「父さんッ──父さんッ──くそ、返事しろ」
「俺は、俺はここに居るッ──おいっおいってばっ」
「くっ──」
リエンが悔しそうに目を瞑って下を向く。
「──なぁ、なぁ──帰ろう、俺と──母さんのところ」
「──なぁって──母さん、きっと怒るけどさ、俺も宥めるの手伝うからさ──ミリスも、あいつの部屋も見てやってくれよ──なぁ父さんッ」
俺は必至でその体を揺すり──返答を待つ。
「守るから──これからはあんたの分まで、母さんもミリスのことも──ぜんぶ、ぜんぶ──だから──」
俺は父さんの体と一緒に地面に座り込むと──
父さんの体を地面に寝かせ──
「うっ──う──」
四つん這いにした体の腕に顔を押し付ける。
「うぁ──う、くそっ、うわぁーーーーっ」
ただ──その場に泣き崩れることしかできなかった。




