【僕の英雄《とうさん》】
頑丈に厳重に──閉ざされていた部屋。
そんな宝物の一つもない──大掛かりなカプセルだけが置かれた部屋。
そのカプセルの中に満たされる液体と──
その中で眠る一人の男の姿。
「──父さんだなんて──そんな」
右の手のひらをそのガラスの上に乗せ──
その顔を覗き込む。
「時間がない──白竜もそう言っていただろ」
「白竜、ミリスのことか」
「今なら──まだ意識があるかもしれない」
「──だから、待ってくれ、間に合うとか、切り離すとか──父さんが、どうして──そんな決断が必要なんだっ」
「世界が青かったのは──トウカくん、君のお父さんのおかげだった──それが実現できなくなったのはなぜか?」
「父さんに何か──あの催稀クウドという男がなにかしたというのか」
「──ずっと、このカプセルを通じ、世界を創り出す場所へ魔力だけを転送させられ、その魔力体で戦い続けた──体が腐らないようにこんな装置の中にずっと閉じ込められてね」
「どうして──」
「時間がない、そう言ったはずだよ──トウカくん、装置が前に壊されてしまってね、彼と同じ場所にぼくたちの魔力体は送れない」
そう言いながらも、リエンは何かの装置を起動させるようにキーボードを叩いている。
「彼の魔力体を別の架空空間へと転送した──それでも、ぼくたちがそこに居続けられるのは数十分が限界だ──“覚悟”はできたか、トウカくん」
「──答えはまだ──でも覚悟はできている」
「なるほど──簡単に泣き崩れる子供だと思ったけど」
「泣くのは──すべてを試してダメだった時、それか家族のためだけだと母さんにそう叩き込まれたんだ」
「なるほど──トウカくん、君はそっちの台の上に乗れ」
二つある黒く丸い台、左側にリエンが乗り、右側に俺に乗るように指示をするリエン。
装置から電流のようなものが流れてくると──
「くっ──」
実際に体の中に魔力に電流が流れ込んでくるような感覚を覚え──
その苦痛で一瞬両目を閉じる。
再び両目を開くと──
「ここは──?」
空は真っ黒で月面のような地面が広がっている。
「世界の中心、世界を造っている場所──そこの疑似空間だ」
俺を追い越すように前を歩くリエンが背に居る俺に告げる。
「あれ──は──」
そんな俺たちに背を向けるように──月面の地面に両膝をつき──どこから伸びているかもわからない漆黒の鎖に両手を広げられるように拘束されている男の姿。
魔力体というせいか、少しカプセルの中の姿よりも若く見える。
「だれかな──ごめん、もう僕は目が見えないんだ」
ボロボロの体で頭を背に居る俺たちへと向ける。
「──ぼくだ、リエンだ」
「リエンちゃん──会いに来てくれたんだね、てっきりまた僕は知らないうちに君を怒らせて、会いに来てくれなくなったのかと──よかったぁ」
「今まではあなたをあの場所から転移させることは許されなかった──ぼくは、一度たりともあなたのことを忘れたことはない」
「──あんたが──」
「ん、君は──?」
「トウカ──」
「──トウカ?」
「白竜に食べさせた、あなたの記憶の中に居る──あなたと息子、結代トウカだよ」
「トウカ──」
「トウカ──」
静かに俺の名前を呼びながらも──何かを焦るように、自分の状態を忘れているかのように必死にその俺の声をした方へと歩み寄ろうとし起き上がろうとした体が漆黒の鎖に遮られる。
ザンッ──とリエンが手にする剣がその鎖を断ち切る。
「トウカ──本当にトウカなのかい?」
「あぁ──」
俺はそんな父さんにどんな感情で接していいのかわからず──
「トウカ──何か僕にしてほしいことはないかい?カイナは元気?」
「覚えてるのかよ──母さんのこと」
「いいや、でも──ミリスがカイナとトウカの名前だけは消さないでくれたんだ──」
「くそ──会えたら、あんたのことぶん殴ってやるつもりだった」
「──そっか、いいよ」
父さんは少しだけ困った顔をするが、すぐにその見えない目で俺に微笑みかける。
「できるわけないだろ──」
「どうしてだい?」
「あんたはもう──ぼろぼろだろ」
「そっか──ごめんね」
「なんで謝るんだよっ、謝るなら相手が違う、きちんと自分の口で母さんに謝れよっ」
「──僕はね世界を、ううん──トウカをカイナを守ってあげられなくなってしまった──だめな父さんでごめんね、トウカ」
「ふざけるな──あんたはずっとずっと──名前しか覚えてない俺と母さんのためだけに世界を大罪を背負ってきてたんだろ、ふざけんなよっ、すげぇんだよ、すごいやつなんだよ、俺の父さんはっ」
「そっか──よかった、大きくなったね、トウカ──ねぇ、リエンちゃん、トウカはいい男に育ったかい?」
「──あなたにはまだ、遠く及ばない──世界は守らない、それでも“仲間”を“守る”くらいには立派に育ったと思います」
「そっか──きちんと“僕の目”で──トウカの姿が見たかった」
「ぐっ──く──」
母さんとの約束──俺は必死に涙を堪える。
ザンッ──
その横で、リエンの顔が険しくなると、持っていた剣を周囲に振るい始める。
「ぐっ──」
リエンが必死に剣で払っていた漆黒の塊のようなものが父さんの体にぶつかると体内に入り込む。
「父さん?──くそ、なんだ、なんなんだよ、こいつらっ」
俺は周辺に集まりだした黒い塊を追い払うようにがむしゃらに両手を振るう。
「よかった──トウカ、リエンちゃん“最後”に話ができて──時間がなかったんだ──この闇に取り込まれれば僕はもう僕じゃない──わかるね、トウカ、リエンちゃん」
「わからないよ、わかんねーよ、何言ってるんだよっお前らはさっきからさ」
「僕はここにあるありったけの瘴気を僕の中に取り込む──それをあのクウドという男に利用させてはならない──それはもう僕じゃない──ここに来た、トウカ──君にならわかるだろ?リエンちゃん──お願いするよ」
「ぼくは──あなただけ居ればよかった、ほかに何もいらなかった──ただ、もう一度あなたに頭を撫でてほしかった──いいや、愛してほしかった」
「リエンちゃん──」
「そんなぼくに──ぼく自身の“悪役”を演じろというのか、あなたは──」
「はぁ──ハァ──ごめんね、もう声もほとんど、キコえないんだ──僕は──世界を──カイナ、リエンちゃん、トウカをコワしたくないんだ」
「トウカくん──もう一度問おう、ぼくは──“どれ”を演じればいい」
「くそ──くそ──どっかいけ、どっかいけよっ」
父さんの体に入り込んでいくその黒い塊の瘴気を振り払おうとするがそのどれも成功しない。
「ぼくたちがここに居られる時間も残り少ない──答えをだせっ!!結代トウカっ!!」
理解の追い付かない俺の後ろでリエンがそう俺に感情的に叫ぶ。




