【不幸《わたし》は私のまま】
─────
私は不幸だ──そう、これは私の記憶。
お母さんは──普通に好きだ。
特別美人でもなければ優しい訳でもない。
それでも──やっぱり好きだ。
親父は──
私は不幸、そんな自分よりも何処か下に見るような──
だって、頭は禿げてきたしさ──
マウント取りたそうに偉そうにする割に、
だけど、それが返って、劣勢に見えて──
「不幸だ──」
5年くらい前の話。
学校帰り──雨が降っていた。
確かに持ってきた傘は傘立てのそばで芯がポッキリと折られて転がっている。
それは誰の不幸か──
知っていても、私は不幸かたづける。
カンッカンッカンッ
──家の近くの踏切の音。
雨に濡れたまま──私はその踏切の前でその音が鳴りやみバーが上がるのを待つ。
不意に少し大きな影が私を隠し──
雨が止んだかのように、それは私にそれ以上かからなくて──
傘のビニールに雨の当たる音がどこか少し不快に聞こえる。
ぼそぼそと喋るその男の声はほとんど、その傘に当たる雨の音と踏切の音でかき消されて何を言っているのかわからなくて──
悔しくなんてなかったはずの涙が急に溢れ出しても──
不器用なその男は黙ってそこで私が雨に濡れないよう立っていた。
私の不幸な話にはたいてい、その男が関わる。
私の不幸には、母よりもその男の方が関わる。
これが幸福な話かと言われればもちろん、否定する。
それじゃ、これは悪い記憶かと聞かれれば──
だから──私は不幸だ。
──────
「あーー、不幸だ──だから、それが私、誰にどれだけ否定されようが、あんたがどれだけ私以上に不幸を唱えようが──私の不幸は変わらない」
「ウルさい、ウルさい、ウルさいんだよーー、だったらなんだ、憎い、憎いから呪うの、ノゾミは、アインシュルク様が幸せになるためにそのスベテを呪うの──どうせ、それもコワれるけどね?」
「それで、あなたがそんな周りを呪い、自身を呪い──そのアインシュルクが幸せになったとして、その先に何があるのでしょう?」
「ノゾミ、ノゾミが周りを呪い、アインシュルク様は幸せにできた──それは結果だろ」
「でも、アインシュルクはそれをあなたのおかげだと知らない、その幸福が誰によってもたされたものかも知らない、それを幸福とも思わないかもしれない──だから、あなたは呪い続けなければならない──だからアインシュルクを幸福にしてはならないという矛盾の中で、その男の幸福を祈り、そしてやがて、あなたはその男を呪ってまでその役割を演じ続ける」
そう、現在の彼女を位置づけるかのように、彼女が呪ったアインシュルクのヌイグルミを見る。
「違う、チガウ──幸福、呪う──コワれる、ノゾミ、ノゾミはねぇーーーッ」
自分の行為、感情が制御できないように、ノゾミは自分の髪をかきむしりながら叫ぶ。
「アインシュルク様はアインシュルク様、ノゾミはノゾミだろ──誰が幸福で不幸で呪われていようが──その事実は変わらない」
ナギサは冷静にただそうノゾミへ告げる。
「推し活動が幸福かはしらねーけどさ、ノゾミ、あんた一人の力でアインシュルク様を幸福にしようなんてお門違いだろ」
「ダマれ、チガう──呪え、コロス──ナギサァ」
「私は不器用だから──優しく言ってやれねーけどさ、推し活動ってのは自分の欲求を満たす場所だろ、そのためにノゾミが不幸になってどうする?それこそアインシュルク様の活動への冒涜だろ」
「チガウ、チガウ──ダマレ、ダマレ──憎い、ニクイ──ワタシは、ワタシは」
「アインシュルク様のためと思うのなら──幸せにしてやるんじゃない、アインシュルク様を見てあんたが幸せになれ、ノゾミ」
「ダマレ──ダマレ──ニクイ、ニクイ──ノゾミはアインシュルク様のために、ナノニ、ナノニ──呪えば呪うほど、幸福にすればするほど──ニクイ、ニクイ、アインシュルク様が──ニクイ──ノロエ──コワセ──アハ、アハハハハ」
「やめっ──」
「人を呪わば──穴二つッ」
瘴気が大きな杭に代わると──
「ぐっ──」
「くっ──」
大きな杭でアインシュルクのヌイグルミの腹部を打ち抜く。
ナギサとサイカの腹部に大きな衝撃と継続する呪縛。
ノゾミ自身も平然と狂気の笑みを浮かべ笑っているが──
体をくの字に曲げるように、その衝撃に蝕まれている。
「サイカ──私はあんたの作戦の共倒れはごめんだぞ」
「誰が共倒れすると言いました、ナギサ?」
「どうすんだよ、結構やせ我慢してるけど──この呪いすっげーいてぇぞ」
「馬鹿ですか──だったらあなたも少しは考えなさい、ナギサ」
「てか、さみぃんだよ──どんだけ部屋の温度を下げる気だよサイカ」
ナギサが自分の体を浄化するためにかけた水がうっすらと氷つくように、軽く体を震わせる。
「人を呪い続けた代償のように失った──感覚──痛みをそしてその体温も感じていない──」
「そうだよ、あんたのその冷気の犠牲になってるのは私だけだぞ」
「馬鹿ですか、ナギサ」
「サイカ、あんま、バカバカ言うな──あんたに言われて初めて気づいたけど案外私はその言葉に耐性がない」
「馬鹿ですか、私の話を聞いていましたかナギサ」
「そっくり言葉を返してもいいか、サイカ」
「彼女の呪いはナギサのように、自分の魔力を身にまとうように使えれば浄化できるというのがわかりました──」
「私のおかげだな、さっきの馬鹿発言を一つ、二つくらい撤回しろ」
「馬鹿ですか──少しは私の意図をくみ取ってください」
「追加するな、撤回しろと言ってるのに」
「私とナギサの魔力で──あの呪いを上回ればいいのです」
「──どうするんだよ」
「ナギサ、残っている水を周囲にばらまいて──周辺の瘴気を浄化する魔力を水に送れますか?」
「まぁ──逆に水を通してでしか私の魔力は送れないけどな」
「だったら──癪ですが私とナギサにしかできない戦い方──それをするだけです」
「ん──よくわかんないけど、激アツじゃん」
「──ノロエ、コワセ──ゼンブ、全部だよっ、ナギサ、サイカァ──ノゾミも、アインシュルク様、アンタもだぁーーーッ」
再び周辺の瘴気がいくつもの杭に形を変える。
「アブラ──カタブラ──」
ナギサが大技でも繰り出すかのようにただ、まき散らした水に自分の魔力を送り込む。
「──アブラ──カタブラ」
そんなナギサの妄言にサイカが続く。
ナギサがまき散らした水のしずくがいくつもの氷柱に形を変える。
ナギサの魔力をサイカの魔力で包み込む。
空中で白く輝く水色の氷柱と赤紫色の杭が飛び交う。
ぶつかり合う二つの魔力。
赤紫色の杭がその標的に届く前に──浄化されていく。
打ち勝ったいくつかの白く輝く水色の氷柱がノゾミの体を貫く。
「ノロエ──コワレろ、だってノゾミは──もう──」
「形どれ──浄化の杭」
ナギサが水で大きな杭を作る。
「アイスメイク──アイススレッジハンマー」
呪縛が解かれたサイカの右手に大きな氷のハンマーが握られる。
ナギサがその場でトントンと軽く何度か飛び跳ねると──
助走をつけ高く飛び上がり、作り出した水の杭を蹴とばすと、
「──ノゾミは──ノゾミはねぇーーー」
そんな水の杭が自分の胸に突き刺さっていることも気づかないノゾミ。
ドンッと──サイカのハンマーが水の杭を強く打ち付ける。
ダンッ
ナギサの右足の靴底がサイカの杭を打ち付けているハンマーの逆の口の部分を蹴り飛ばすように──打ち付ける威力を加速させる。
「ノゾミはすでにコワれてるの──アハ、アハハハ──キライ、キライ──ミンナダイキライ──コワレロ」
ノゾミの周囲の瘴気のような霧が消滅する。
打ち付けた水の杭が蒸発するように──消えると──
「ノゾミ、ノゾミハネェーーー」
ノゾミは前のめり──そのまま倒れる。
「やったな──サイカ」
「やりましたね、ナギサ」
正直、だいぶ──限界に近い体を二人で向い合せる。
「結構、やるじゃんサイカ」
「馬鹿ですか──当然です」
その勝利を祝福するように互いに右手のひらを上空で叩き合わせる。




