【目に見えるもの】
屋敷の造りなどわからない。
「ミリス──」
ミリスが何処に行ったのかさえも。
先導を歩くリエンの後ろに続くように、先を進む。
リエンが一つの本棚の前に立つと、
本棚の背後の壁ごとぐるりと回転し、扉が現れる。
一緒に現れた1から9まで振られた番号のボードにリエンが数字を打ち込むと──扉が開き、その奥にはさらにエレベーターがある。
黙って俺たちはリエンたちと一緒にそのエレベーターへと乗り込む。
それはどこまで下がっているのか──そのエレベーターは指定した階になかなかたどり着かない。
「──この先、さらに犠牲が産まれる、本当にお前たちはそれを見届け、耐える覚悟があるんだな」
エレベータの壁に背を突き、腕を胸の下で組むエルジナが、誰に向けてなのか、全員へなのかそう告げる。
「無論、根性、気合だ──」
リヴィが同じように壁に背を突き、腕を胸の前で組みながら答える。
「──リエン様、あなたもだ」
エルジナはまさかそんな言葉が自分にまで向けられていないだろうというそぶりで堂々とエレベーター内の中央に立っている女性へと言葉を向ける。
「エルジナ──ぼくは演じるまでだ、何に動じることもない」
「それが──あなたのこれまでの人生を費やしたものだとしても、同じ演技が言えるのか?」
「──エルジナ、演技では、終わった結果を変えることは不可能だ──変えられるのは物語のその先にある結末だ──だから、演じよう、ぼくがその結末が相応しくないものになるよう、ただ“悪役”を演じる」
「それでは──あなたは守りたいものを守れない──」
そんな俺の言葉にリエンは黙って瞳を向け、冷たく俺を睨みつける。
「トウカくん──君たちはぼくをたった一度倒した、その結果を“世界を守った”とでもぼくの演技を否定したつもりでいるのか?」
「そうじゃない──あんたのやり方では──傷つけた誰かを、悪いのはお前だからと傷つける──犠牲者が変わるだけだ」
「誰かを“守る”というのはそういうことじゃないのか、トウカくん」
その言葉に少しだけ言いくるめられそうになる。
傷つけるものを傷つけることで、その傷つけられているものからその者を助ける。
「ぼくからすれば、トウカくん──君たちはぼくにとっての“悪役”を演じきった、その“結果”が君の言う“守る”になった、それだけだ──」
エレベーターの地下と書かれたデジタル表記の横の数字がどんどん加算されていく。
─────
「私は──神を信じない──」
ルミネが閉じたままの眼で二人を見る。
「まぁ、私も信じる、信じないじゃ、信じない派だけどさ──錯覚するくらいは自由にしてあげたらー」
ノアがルミネにそう告げる。
「生命が産まれ、その生態の中で人間というものが特別視されている、そんな現在を作った“何者”かが、確かにこの世界には居る──それを嘘だと着飾る──私にはそう思えるけどね」
タツキがそんなルミネの問いにノアの返答に答える。
ルミネの袖の中からクナイが落ちてくるように両手のてのひらに収まる。
投げられたクナイが──
「“錯覚”しろっ──クナイを弾くナイフ」
ノアは内ポケットからボールペンを取り、そのナイフへと投げる。
タツキもトランプのカードに魔力を宿すとそれを器用にナイフにぶつける様に投げる。
「“錯覚”しろッ私の蹴りは左から──」
「“逆さ”どれっ」
ノアとタツキが同時にそう言葉にすると──
“普通”の感覚ならその視覚では捉えられない二人の動き。
だが──
“多く”の視覚を持ち、その多くの視覚を処理できる彼女にとっては、
そんな錯覚は通用しない。
その攻撃をすべてルミネは回避する。
タツキは周囲のカラスの影を見渡す。
「それが全部──ルミネさん、あなたの視界だと言うわけか」
「えーーーカラスって鳥でしょーーー?暗闇は苦手じゃないのぉ?」
「──苦手ってだけで見えない訳じゃない、これだけの視界を共有できるのなら、私の逆さや、ノアの錯覚にも対応されやすい──」
「えーーー、なに、ルミネさんを錯覚させるような言葉を言っても、見てるのはカラスだからその視覚を騙せないってことぉ?」
「まぁ、そんなところだと思うけどね」
「ふーん……意外と嘘って難しいね」
「嘘と錯覚を一緒にしないでくれる?ノア──」
「人を騙すってところは一緒じゃん」
「──錯覚は錯覚するそれ以上に美しくはなれない、だけど嘘は本物を凌駕する」
「えーー、単に美化しすぎーー」
「目に見えるものだけを信じるからそうなるのです──例えそれが本物であってもその本物がまた別に作り替わる、変わり果てることなど──いくらでもあるのです」
「ルミネさん、私はあなたの過去を知らない、でも──あなたがそんな誰かを信用して、人が変わるようにあなたを騙したとして──その最初が本物で偽物になったのか、偽物を装って、本物になったのか──どちらも偽物だったのか──」
瞑ったままの瞳でタツキを睨むようにルミネが見る。
「まぁ──私に言わせてもらえばどれも錯覚してるんだけどねーー」
信じる──信じない。
本物──嘘。
全部──錯覚。
そんな──それぞれの思想に。
「っ!?」
思わず、ノアとタツキが顔を反らす。
が、目の前に迫ったと思い顔を反らした場所にはクナイは通過しない。
カラスの影の一匹がルミネの放ったクナイで消滅する。
「目に見えたものだけを信じますか?私は信じていました──そしてそれは間違いだったと──」
「ねぇ──ルミネさん、それがリエン様を裏切って、悪魔に魂を売るための仮面なの?」
タツキが実際に手にした仮面で自分の顔を隠し、その仮面越しにルミネへと告げる。
「自分を偽り続け、本当の自分を知らない貴方が、いったい誰に忠誠を誓っていると言うのでしょうか?」
ルミネがどこからか取り出した大量のクナイを天井の方角へと放り投げる。
剣先が床に向くように、クナイの雨が天井から床に向かってくる。
暗闇に潜むカラスの影が一斉にその光物に目を向けると──
「くっ──」
「げっ──」
自分の視界がどれかわからないくらいのいろんな視界の情報が一気に入り込んでくる。
ノアもタツキも半ばあきらめる様に、その攻撃を両腕で急所をかばう様に構え受け止める。
「“錯覚”しろ──一瞬でも目を離せばその瞳は私を映さない」
「──結代トウカ、あの子と私の相性が悪かっただけのことでした──目に見えるものだけを信じる者たちに──」
その視界はひとつではない。
一瞬の瞬きすら許さないとしても、そこに居るカラスの影たちがノアから全羽が視界を外すなどはほぼありえない。
「逆さどれ──」
タツキの重力が反転するように──天井にその体を着地させる。
暗闇の中、鳥が一斉にそちらを見上げる。
「しまった──」
カラスの影の数羽がノアのいた場所に視線を戻す──
その数羽のうち、一羽もその姿を探せない。
「“目に見える”ものに依存しているのはあなたの方じゃないの、ルミネさん」
コマに絡めていた紐を引き──てのひらでコマを回転させながら──
タツキは天井を歩きながら、ルミネを見る。




