【バイバイ】
「大丈夫か?」
男は女の涙に弱い──。
正直、実感なんて無かった、でも身をもって実感する。
恐らくナギサ自身、その感情の置き場所がわからなかったのだろう。
ただ──俺の胸に顔を埋めるように、暫く泣き続け。
無断で預かっていたナギサの眼鏡を俺から黙って奪い取るとそれをかけ直す。
「──少し落ち着いた、でももう少しぎゅっとしろ」
ナギサが俺の胸に体をそのまま預けてくる。
近くの木の幹に背を預けるように座り休んでいたエルジナが起き上がり──
「休憩はこの程度でいいんじゃないか、リエン様」
「そうだな──トウカくん、この先はぼくたちはぼくたちで向かう──共闘は終了だ」
「トウカ──非道だと承知で言おう、命を捨て、道を開いた、その仲間の大義が背負う選択ができないのならば、この先へ連れて行かないほうがいい」
「──もう、大丈夫だトウカっ!」
「“それは”、仲間の士気を下げる──」
エルジナは別の木に背を預け体を休めるリヴィを一切見ることもなく。
ただ、そんな誰かに少し肩入れするように──
俺にその言葉を投げ捨て、リエンと共にリエン邸へと向かう。
俺たちも少し遅れてリエン邸へと向かう。
今度は正々堂々と正面玄関から中へと入る。
漆黒の茨が邸全体に絡みついている。
邸の中もその茨が壁中、邸の中の窓を覆っていて、
真っ暗な邸を微かな茨の隙間から零れる光だけが邸の中を照らす。
邸の入り口から数歩進んだ場所に、リエンを中心に、
エルジナさん、サイカ、タツキ、スバルが並んで立っている。
カァ、カァ──と本物か、その瘴気によって産まれたものなのか、鳥のかたちの黒い影と鳴き声がその暗闇の中で聞こえている。
「戻ってきたか──煩理リエン、そして結代トウカ」
玄関から2階客間のほうへとつながる大きな階段。
そんな一階と二階の階段を挟み、その階段の先から。
「催稀クウド──」
リエンがその男の名を呼ぶ。
「あいつが──」
俺はその暗闇の中、そう呟くように男を見る。
「思ったよりも早かったな──だが手遅れだ」
「あの人をどうした?」
リエンがそう一言、男へと告げる。
「“世界”がそれを意味している、これがあの男の残した“大罪”だ」
「演じよう──それは“富”──その財力、武を持って奴を貫けっ」
「煩理リエン、今更そんな演技では世界など元には戻せないな」
漆黒の茨に紛れるように──漆黒の鎖がその部屋の壁から伸び、リエンが呼び出した剣や槍に絡みつくように拘束する。
エルジナ、リヴィ、シュウが同時に床を蹴り上げ、その階段を駆け上がりその男の元へと突っ込むが──
カァカァと数十羽というカラスのような影が三人を頭上から襲い掛かるように、その進行を止める。
「無駄だぞ──夢咲ユイ、俺の能力は魔力への干渉だ、お前の悪夢は俺には通じない」
そんなユイの行動に気が付くようにクウドは俺たちに言う。
「世界を壊す──そんな真似、クウド──ぼくがさせると思うか?」
「もう手遅れだ、そう言ったはずだ──煩理リエン、お前が大好きなあの大罪人も黒竜と仲良く負の魔力の器にしてやった──人を憎むという感情を与えられなかった善だけで作られた人間が“壊れる”様は実に滑稽だったな」
「──貫けっ」
クウドの鎖に拘束されてた武器が一度消滅すると。
リエンの周囲から新たに呼び出されるようにその剣先からゆっくりと現れる。
「──煩理リエン──お前の“魔力”はすでに俺の魔力が干渉済だ──」
その剣の先がリエンやエルジナさん、サイカたちへと向く。
その武器に青白い火花が流れ──一斉に動くと、その刃が俺の目の前の結界にぶつかる。
「ユイシロ──あいつが残した子供、結代トウカか」
クウドが少しだけ俺に興味を持つように──一瞬だけその瞳を向け、俺たち全員に背後を向ける。
「どこへ行く、今更──逃げられると思ってんのかよっ」
シュウがその背中に叫ぶように言う。
「逃げる?これから壊れる世界の何処へ逃げると言うんだ、シュウ──」
「ぶん殴る──いいから、そこで黙って待ってろ」
「──最後の仕上げだ、白竜、お前は邪魔だ」
黒い鎖がミリスの方へとのびる。
ミリスがいつの間にか白い小竜に姿を変える。
「がおーーーーっ」
白い炎のようなブレスを吐くとその鎖が燃えて消滅していく。
だが、その炎だけでは対応できない方向からも鎖が伸びる。
それを俺の結界が弾く。
「まぁ──いい、もう白竜、貴様にも止められない」
そのまま、クウドはその場から別の部屋に立ち去っていく。
「待てっ」
俺が走って追いかけようとしたところ──
俺が咄嗟に結界を目の前に貼る。
クナイが数本床に転がる。
「貴方は神を信じますか?──私は神を信じません」
「ルミネ──」
リエンがクウドの代わりに現れた修道服を着た女性を見る。
「トウカ──」
白竜姿のミリスが俺を呼ぶ。
「僕は行くよ──」
「俺たちも行く──」
「父君様の居場所、後はリエンちゃんに居場所を尋ねるといい──」
「何言って──お前も一緒に」
「僕はね──今からカオスの頭をガブゥっと噛みつきに行くのさ」
「だから、一緒に──」
「ねぇ──トウカ──」
「───」
「──バイバイ」
「おい──っ」
パタパタとその小さな羽を羽ばたかせミリスが先行しどこかへと消え去る。
「ミリスッ」
俺はそんなミリスの後を追おうとするが、
カァカァ──とカラスの影が襲い掛かってくる。
「トウカくん──あなたは神を信じますか?これでも──神を信じるのですか?」
「はーーーい、ここは私が任されたーーー、トウカ」
ノアが俺とそんなシスターの間に入り込む。
「さっさと先を急ぎなよ──」
「──神もなにも、この世界を形作りすべての概念は人間の空想──それを正しく見せるだけ」
そんなノアの言葉に甘え、俺やリエンたちのチームは先へと向かうが、
タツキだけが一緒にその場へと残る。
「──神を信じるなんてことは、見たくない真実への逃避だ、ルミネさん──そして、その反対は真実への嫌悪だよ」
右手に持った仮面で自分の顔を覆い、タツキがそう告げる。




