【完全なる無価値】
──紫色の空。
──見上げるだけで気色悪く欝々強い。
「ミリス──母さんは仕事?」
俺は人数分の麦茶などをテーブルに並べながら窓から見える空をずっと眺めているミリスに尋ねる。
「そうみたいだね──ナギサちゃん、僕と一緒にこのアニメを見ないかい?」
ミリスはこちらに目線を戻すと、テーブルにあったDVDを持ちナギサの方へと歩いていく。
「おっ──最新作じゃん、いいぞ、ミリスちゃん」
「おい──」
そんな暇はないと言おうとした口が、俺を見つめるピンク色の瞳を見てそれを止める。
「ねぇ──トウカ、僕はトウカの作ったオムライスが食べたい、うん僕はトウカを作ったオムライスを所望するよ」
「──ミリス、急に何言ってる?」
「──僕だって“最後”くらい、美味しいものが食べたいさ──だから、大好きなオムライスを食べながら、おかあさんには悪いけど先にこのアニメを見るんだよ」
「ミリスちゃん?」
「何してるんだい、ナギサちゃん、早くDVDを再生してくれたまえ」
──その時、俺はミリスが何を言っているのかわからなくて、
「トウカ──ウマイなッ!!」
──ただ、美味しそうに、楽しそうにしているミリスを見ていたら安心したんだ。
* * *
「そうだね──この異常の空の原因は、トウカ、君たちの探していた、“サイキクウド”とかいう男の仕業だろうね、そしてその男に恐らくカオスが捕まって、トウカの父君様のところに行ってしまった」
「そこに行く手段はあるのか?」
「行って──どうするんだい?」
「そもそも、お前は俺たちにそれらを協力させたくて、チームを組ませたんじゃないのか?」
「そう──だったね、お陰様で、僕にも父君様やトウカの言う、守りたいという感情が少しだけ理解ができたよ」
「あぁ、最後まで協力するぜ、トウカ、ミリス」
シュウが俺たちの方を見る。
「そうだね──今ならまだ、“会う”くらいなら間に合うかもしれないね、会いにいってみるかい、トウカ──きっと父君様はそれを望んではいないのだけどね」
「あぁ──会って、母さんの代わりに文句の一つを言ってやる」
「決まりだ──ミリスちゃん」
ナギサが座っていたリビングの椅子から立ち上がる。
家の外へと出る。
見慣れない、少し型の古そうな車が一台止まっている。
「──おっちゃん?」
「ノウムさん?」
自分の運転席のドアに背を預けるようにずっと下を向いている。
「………やぁっ、トウカくん、ナギサちゃん」
何故か、声をかけずらそうにしていたノウムさんがようやく意を決したように、前を向きいつものように薄ら笑いの顔を向ける。
「どうしたんだ、おっちゃん、今は外は危ないんだぞ」
「やれやれ、ナギサちゃん──そっくりそのまま言葉をお返しするよ」
「何かあったんですか?」
そんな俺の言葉に一瞬目を泳がせながら──
「仕事、内定が決まったんだ──世界がこんな今、それはどうなるのかわからないけどね──原因となっているこの街よりはずっと安全かもしれない」
「よかったですね──」
寂しかった、それでも素直にそう伝える。
「実家にちょっと“取りに行ったモノ”があって、その帰りにトウカくんとナギサちゃんにはきちんと挨拶くらいと思ってね──」
何故か緊張でもしているようにノウムさんの声は震えていて──
「そうだ──見た通りボロい車だけどどうだろうか──事が収まるまでトウカくん、ナギサちゃん、僕と一緒にこの街をでないか?」
俺たちにナギサ以外の仲間を見捨て、この場所から一緒に逃げようと──声を震わせながら言う。
「──ごめんね、最低だね、僕は結局──ここで一番年長のクセに自分の事しか見えていない」
「有難うございます──その気持ちだけで充分です」
俺はそうお辞儀する。
そして──ノウムさんが向かう方角とは逆に歩き出す。
「おっちゃん、──またなぁ!」
ナギサが振り返りながら手を振っている。
「──トウカくん、ナギサちゃん、僕たちは勇者じゃないんだ」
そんなノウムさんの言葉は俺たちにはもう届かない。
* * *
煩理邸のあった方角。
「どうなってるんだ──?」
シュウがきょろきょろと周囲を見渡している。
地形が変わっている──というよりかは、
黒い茨のような触手が周囲を建物や地形に絡みついている。
「迂闊に触れちゃ駄目だよ、魂や感情を奪われたくないのならね」
ミリスがそう全員へ忠告するように言葉にする。
「どういうことですか?」
ユイがミリスを見る。
「父君様がこちらの世界に伸びないようずっと塞ぎ止めていた瘴気の魔力で育った植物がこっちの世界に流れこんできてしまっているのさ」
「アルティーシ……ミリス、これは?」
紫色の空の日差し、それすらを遮る様に──その通り道を文字通り塞いでいる、地面から伸びる巨大な触手のような壁。
それは、煩理邸に繋がる道一帯を塞ぐように天に伸びている。
「ムダ、ムダダゼ──コノサキハ、ススメナイ」
「なんだ、グロッ」
ナギサの見る先。
地面から空にまで伸びている触手のようなものに、人の顔が浮かび上がる。
「グラシカ──?」
その声と顔の形にシュウが反応する。
さらに──周囲に別の顔まで浮かび上がり──
「ねぇ、ミリスちゃん──これらはこの茨に取り込まれた人間、魂や感情だという訳じゃないですよね」
ユイがそう信じたくない様に──
「そうだね──そしてこれを破壊しないと先に進めそうにないね」
「笑止、ならば──破壊、根性、パワー」
リヴィがその浮かび上がる顔に拳を突きつけるように殴りつける。
「ヤメトケ──オレタチ、ボクタチハ、ノウリョクノカンゼンタイダ」
「返場──?」
シュウがその顔を見る。
「待て──感情が取り込まれているというのなら──リヴィ、手を離せっ」
「ぐっ──ぐぁ」
俺は咄嗟にリヴィに言うが──その攻撃がリヴィへと返る。
「返場の能力──確か、能力の反射──グラシカは鉄のような強度、そのどっちの能力も持っているのか?」
「えーーー、ぜったいそれだけじゃないよ」
ノアがその他の顔を眺めながら言う。
完全な壁のように一面から伸びる触手。
空を突き抜けるように伸びている。
さらに──
「うげぇ、今度はなんだ?」
そんなナギサの悲鳴のような声と共に──
その触手から浮かび上がった顔が触手から黒い影を纏い何体も前に出て自立するようにこっちに歩いてくる。
その一人、一人が何らかの能力を持ち合わせているかのように──
「うっらぁーーーっ」
シュウがその一体に殴りかかる。
あの廃工場でリヴィとエルジナさんが戦ったあの化け物のように、
痛みを感じていないかのようにすぐに立ち上がる。
「さすがに──こいつらまでグラシカや返場の能力は無いみたいだな」
シュウが別の化け物を殴りながら言う。
「──浄化しろっ」
カリンがその透明な刀を化け物の一匹に突き刺しそう言葉にすると化け物が消滅する。
「しかし、こんなのが何体いる──永遠に産み出されるんじゃないのか?」
カリンがそう最悪の事態を想定するように言う。
それに、カリンの今の浄化の能力。
この相手に非常に強力だが、痛覚が無いにしろ、シュウの攻撃を受け平気で歩き周るだけの体力だ、その浄化の実現には相当な魔力が必要だろう。
そして──
「嘘だろ──」
ナギサが少し高い位置を見上げている。
黒い触手から──次々と剣や槍などの武器が形作られ──自立するように空中に浮いている。
「くっ──だったら、俺が──」
俺は自分の前に結界を作る。
周囲に青白い火花が飛び散り──その黒い武器の矛先が俺の方に向く。
その武器が結界にぶつかる衝撃。
俺はそれに何とか耐える。
「ヤルナー、ダケドヨ、タエルダケジャ──ナンニモナラネーゼ」
再び上空で武器が精製されていく。
俺は再び自分の前に結界を張り、火花を散らせ、黒い武器の魔力を自分の方へと向ける。
「ぐっ──」
次々と黒い武器の刃が俺の結界にぶつかってくる。
それらを耐えるが──結界がヒビ割れる。
「ムダ、ムダ──フセグダケジャ、ボクタチ、オレタチハ、コワセナイ」
どれだけの負の感情、魔力を蓄えているのか──
その幾人もの魂を宿す触手の壁は新たに武器を精製する。
「守るんだ──」
俺はただ、今できることを──
結界を張り──その武器を自分へと向ける。
俺に向かい黒い武器が飛んでくる。
ゆっくりと──後ろから歩いてくる足音に、俺は気づかず、ただ──
俺は皆を守ることだけに必死に──
「演じよう──それは“富”──その全てを相殺しろっ」
俺に向かったはずの黒い武器が反対側から飛んできただろう武器と空中でぶつかり合うように──地面に落ち消滅していく。
「──リエン……」
俺はその姿を見て、その名を呼ぶ。




