第7話 二人の過去
——歌手、セイレーンの控え室。
そこは広々とした清潔な部屋で、大きな鏡が設置された化粧台の前に、セイレーンの姿があった。
「どちらさま?」
そう言って三人のほうへ振り返り、その中にミレイナの姿を見つけて、セイレーンの表情がパッと明るくなった。
「えっ、ミレイナ?!」
「久しぶり~♪ 元気そうだね」
するとセイレーンはぴょんぴょんとミレイナに近づき、そのままギュッとハグを交わした。
ミレイナが田中たちのほうに振り返り、
「この子はエイラ。じつはアタシの友達なんだ~」
と、彼女のことを紹介してくれた。
「あ……はじめまして、エイラです」
田中とシェーデルは呆気に取られながらも、エイラに挨拶を返す。
「私は魔王様の側近シェーデル。こちらは魔王様の参謀です」
「あ、参謀の田中です。よろしく……」
すると、シェーデルが田中の顔を見てこう言った。
「……タナカ? 参謀殿、そんな名前だったんですか」
「は? 今更なんだが」
「いえ、ずっと役職名でお呼びしていたので……きっと魔王様もご存じないと思いますよ」
「えー……マジか」
実際に田中は、この魔界にやってきて一度も自分の名前を口にしていない。シェーデルが彼の名前を知らないのも当然だった。
田中はいきなり参謀にさせられ、契約書に名前をサインした覚えもない。
「……ん? 待って。契約書にサインもしてない! まさかタダ働きさせる気だったのか!?」
「えっ、まさかそんな……! 後でしっかり魔王様に確認を——」
そんな二人のやり取りを見ていたエイラが、急に「プッ」と吹き出し、
「あはははっ! 面白い人たちなのね」
と、屈託のない笑顔で笑った。その表情に思わず田中とシェーデルはドキッとした。
すると、その横でミレイナが言った。
「ねっ、エイラ可愛いでしょ。歌も上手いし、アイドルに向いてると思わない?」
田中は力強く首を縦に振り、エイラの目を見つめて真剣な表情でこう言った。
「ぜひ、魔王軍のアイドルに——」
と、田中が握手を求めて手を差し出した、その時だった。
「イヤッ!!」
エイラは突然、体を反らして田中の握手を拒絶した。
その場が、一瞬にして静寂に包まれる。
「ごめんなさい……ワタシ、その、男の人が苦手、というか……」
それを見たミレイナが、慌ててエイラにこう言った。
「ごめんごめん、急に来たりして……また今度、食事でもしよ!」
そして、ミレイナがエイラから離れようとした、その時……
「待って! 行かないで!」
「エイラ……?」
「あの……参謀さん。ワタシの話を聞いてください」
そして、エイラは静かに語り始めた——
* * *
——それは、今から3年前。
エイラは、城下町の路上で一人、アカペラのライブをしていた。
その綺麗な歌声に、通行人の魔物たちは足を止め、彼女の歌声に癒されていた。
投げ銭を入れる木箱には、たくさんのお金が投げ込まれる。当時のエイラは、これを生業として生活していた。
日に1万ギランを目標に歌い、集まったらその日の路上ライブは終了と決めていた。
その日も、目標額に達したところで歌うのをやめ、通行人も去って行った後……
——パチパチパチ
と、誰かが一人だけ残ってエイラに拍手を送っていた。
「やあ、お嬢さん。お歌が上手だねぇ。プロとしてデビューしてみない?」
声をかけてきたのは、爬虫類のような皮膚をしたトレンチコートの男性。リザードマンと呼ばれる魔族だ。
それはエイラにとって夢のような話。彼女はずっとプロの歌い手として、大勢の観客の前で歌いたいと思っていた。
どんな内容かも確認せず、エイラは二つ返事で承諾し、そのまま男性について行ってしまった。
到着したのは、雑居ビルのような場所。
「このビルに魔響盤の収録スタジオがあるんだ。そこで君の歌唱力をチェックするよ」
エイラは言われるままビルに入り、上層階の部屋へと案内された。
しかし、そこには収録スタジオなど存在せず、別のリザードマンが2人ソファーに腰掛けていた。
「おおー、こりゃあ上玉じゃねぇか! でかしたぞ、ミゼル」
「セイレーンか。いい声してんだろうな。こりゃあ高く売れるぜ」
エイラの心臓が激しく脈打つ。騙されたんだ……そう思った時にはもう遅い。
「まあ、売り飛ばす前に……味見しておかねぇとな」
スカウトのフリをして騙した男が、部屋のドアの内鍵を閉めようとした、その時——
——ガァァンッ!
誰かが外の通路から、勢いよくドアを開けた。
そこに立っていたのは、たった一人のサキュバスの女性。
男が振り返り、「なにッ!?」と言った瞬間……
——ボガッ!!
その顔面に、サキュバスの拳がめり込んだ。
男はそのまま宙に浮き、残りの二人が座るソファーのほうまで吹き飛ばされた。
「うわああッ!? な、なんだお前!!」
「おいおいッ! こんなことしてタダで済むと思ってんのか?!」
その言葉を受けて、サキュバスはニヤリと微笑み、男たちにこう返した。
「タダで済まないのは、あんたらのほうよ」
そして、彼女はそっとエイラを通路の外へと逃がし、「早く逃げな」と言ってドアを閉め、さらには内側から鍵もかけてしまった。
「あ、あの! どなたか存じませんが、危ないです! 一緒に逃げましょう!」
エイラは必死に通路からドアを叩き、そう叫んだ。
しかし、エイラの耳に返ってきたのは、ドアの向こうで繰り広げられている激しい戦いの音だけだった。
何かがぶつかり合う打撃音、ガラスのような物が割れる音まで聞こえてくる。
しかし、呻き声は男性のものしか聞こえてこなかった。
——そして、数分後。
ドアの内鍵が、カシャッと開く音。エイラの体は飛び跳ね、身構える。
中から出てきたのは、サキュバスだった。全身、傷だらけ。おでこから血も出ている。
部屋の中はめちゃくちゃに散らかり、リザードマンの男たちは三人とも倒れていた。
「あら、ずっといたの? 逃げろって言ったのに……」
——ギュッ!
エイラは、彼女に抱き着いた。
「あの……なんでワタシのこと、助けてくれたんですか?」
するとミレイナは少し斜め上を見て、恥ずかしそうにこう言った。
「アタシ……あんたのファンだから」
こうして二人は、無二の親友となった。
* * *
田中とシェーデルは、その話を聞いて泣いていた。
ミレイナは、エイラを優しく見つめてこう言った。
「でも、それからだよね。エイラが男の人に恐怖心が芽生えちゃって……」
「うん。克服したいんだけど……」
「だったら、アタシと一緒にアイドルやろうよ!」
「えっ……でも……」
いきなりの誘いに戸惑うエイラ。それを見たミレイナは田中に指示を出す。
「参謀さん! ほら、あれ見せてあげて!」
「ああっ、あれか」
田中はすぐにポケットからスマホを取り出し、ハピ☆モスの動画を再生した。
「わっ……すごい! 何ですかこれ?!」
スマホの映像に驚くエイラ。そこにミレイナがさらにこう言った。
「アタシもまだ詳しく知らないし、男のファンは多くなるだろうけど……」
それを聞いてまた困惑するエイラに対し、ミレイナは強烈な一言を放つ。
「これ、国の仕事だから給料いいよ」
シン……と静まる室内。
そして、エイラがそっと口を開いた。
「じゃあ、やります」
どうやら、エイラも酒場の稼ぎだけでは生活が厳しかったらしい。
こうして二人目のメンバー、歌姫エイラが加入した——
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