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第3話 資金不足につき

 ——翌日、魔王城の客間。


 魔王軍の“参謀(さんぼう)”に任命された田中は、来客用の部屋で一晩を明かした。


 とんでもない状況ではあるが、意外と寝心地の良いベッドだったので、ぐっすり8時間も眠れてスッキリした。


「……夢オチじゃなかった」


 ゆっくりとベッドから降りて、窓のカーテンを開けてみる。


 ——シャッ


 田中がいる客室は、魔王城の上層階に位置しているため、この辺りの景色が一望できた。


 どこまでも広がる曇天の空に、立派な黒竜が翼を羽ばたかせ、その下では巨大な魔物が(うごめ)いている。


 遠くに見える活火山は激しく噴火し、(ふもと)までマグマが流れ出している。地面はゴツゴツと隆起して、身体に悪そうなガスを噴き出していた。


「うーわ……完全に魔界なんだが」


 田中は、ズボンに入れていたスマホを取り出し、魔界の景色を一枚カメラで撮影した。


 ふと、画面の上部に目をやると「圏外」の表示。バッテリーは残り88%あるが、大事に使わなくては……と田中は思った。


 そして、少し視線を落としてみると、魔王城をぐるりと囲むように高い城壁が見える。その中は“城下町”になっていて、様々な種類の魔物たちの歩く姿が見えた。


 田中は窓から離れ、また室内に目を向ける。


 すると、ベッドのすぐ脇に着替え用の服が置かれていることに気が付いた。わがままボディーな彼の体格に合わせた大きめサイズの服だ。


 田中は遠慮なくその服を手に取り、さっそく着替えてみた。


「ちょッ、この服、着心地よすぎなんだが!? 現世の服より快適で草」


 それは単なる布の服に見えるが、肌触りが非常に良かった。シルクのそれとも違う、サラサラなのに優しく手に吸い付くような質感だ。


 先ほどまで着ていた自分の服は、畳んでベッドの脇に置き、スマホとバンダナだけはポケットに忍ばせた。


 そして、恐る恐る廊下に出てみる。


 誰もいない。


 田中は、緊張した面持ちで廊下を歩いて行く。


「魔王が金欠って言ってたの、こういうことか」


 こうして廊下を歩いているだけでも、それは明らだった。


 廊下の壁が至るところで崩れていたり、床には穴が空いた場所もある。しかし、それを修繕している様子もない。


 それにしても、魔王城がこれほどボロボロなのは、勇者たちの襲撃によるものなのか。もし、また攻め込まれたら今度こそ……


 すると、通路の曲がり角のところで突然、田中の目の前に“ゴブリン”が現れた。


「ひャァンッ!!」


 思わず田中は、乙女のような悲鳴を上げながら飛び跳ねた。だが、ゴブリンのほうは動じることなく、


「あっ! 参謀殿、おはようございます」


 と言って、田中に敬礼した。


 転移者である田中の存在は、すでに魔物たちに周知されていたらしい。


 そして、どうやら今のゴブリンの態度からしても、“参謀”という役職はかなり(くらい)が高いようだ。


 田中はゴブリンに挨拶を交わし、一階まで下りて出入口の扉を開ける。


 ——グゴゴゴ……


 鉄でできた扉は、固く重たい。


 何とか開いて外へ出ると、正門のすぐ横に“大砲”が設置されていて、そこには整備士のような恰好をしたスケルトンの兵士たちが集まっていた。


 すると、スケルトン兵の一人が田中に気づき、「参謀殿、お疲れ様です!」と声をかけてきた。


 田中は何だかいい気分になって、少し胸を張りながら、


「うむ。調子はどう?」


 と聞くと、スケルトン兵は少し口ごもりながらも、こう言った。


「あ、あの…… 整備に必要な油や、材料が足りません」


 それを聞いて田中はさらに愕然とした。


 昨日見た『収支報告書』の資料だけでは判断できない“現場の状況”というものを、まざまざと見せつけられたような気持ちだった。


 その後、城から出て城下町にも足を伸ばすことにした。


 城を囲むように市場や商店が軒を連ね、城壁のほうには民家が建ち並んでいる。


 一歩、城を出たとたん、ガヤガヤとした喧騒が耳に飛び込んできた。


「魔界の城下町、普通に活気あって雰囲気よきなんだが」


 ゴブリンやスケルトン以外にも、狼のワーウルフや、体が腐りかけたゾンビ、巨大なトロールの姿まで……


 彼らは兵士ではなく、一般の魔物たち。この魔界も人間の世界と同じように、兵士よりも一般の住民のほうが人口は多い。


 しかも、道行く魔物たちは皆、割といい服を着て、痩せ細ったような者もおらず、財政難の国とは思えない。


 田中は、通りを歩いているワーウルフの男性に、この街のことを尋ねてみることにした。


「あの、すいません、ちょっといいすか?」


「おおっ、あんた噂の参謀さんかい?」


 一般の魔物にも、すでに田中のことは知れ渡っており、快く質問に答えてくれた。


 彼が言うには、魔界にも“納税”という仕組みは存在するが、今の魔王に代替わりしてから大幅に減税されたそうだ。


 勇者たちから襲撃を受けた際も、魔王城の修繕や兵士の治療よりも、城下町の復興を優先しているという。


 その結果、国民の生活は豊かになったが、魔王軍は金がなくなり、挙句に「異世界から救世主を呼ぼう!」などと血迷った策を打ったというわけだ。


「本当、あの先代の魔王に比べてリゼルさんは最高だよ。見た目も可愛いしな~」


 ワーウルフの男性はとても嬉しそうに話してくれた。国民からの魔王への支持率は高そうだ。


 しかし、なぜ軍資金が足りないのに増税しないのか。田中にはそれが理解できなかった。


 世の中、本当に金次第だ。


 お金がないと、推し活を楽しむこともできない。


 毎日朝から晩までバイトして、貯めたお金はすべてアイドルに消えていく。


 ライブ、握手会、チェキ、遠征、グッズ……


 金、金、金。


 ——そう、オタクは金を落とす。


 地下だろうと地上だろうと、アイドルの応援にはお金がかかる。


 それでも、田中はアイドルの応援を続けていく。なぜなら、かけがえのない見返りが待っているからだ。


 ステージの上で光り輝くアイドルと、ペンラを振って熱狂するオタクたち。


 今思えば、それはまさに……完璧なビジネスモデル!


「……ハッ!」


 田中は、閃いた。


 そして、ワーウルフにもう一度質問する。


「この世界、アイドル文化ある?」


 ワーウルフは首を傾げる。


「なんだそりゃ。新種の魔物かい?」


 よしっ……ない!


 * * *


 ——魔王の間。


 玉座の前には、簡易的な机が設置され、魔王は書類と格闘していた。ガイコツ魔導士も横に立って手伝いをしている。


「はぁぁ……」


 魔王は今、完全に経営者の顔つきだ。少ない予算をどうやり繰りしようかと頭を悩ませているのだろう。


 田中はすぐに玉座の前まで歩み寄り、魔王を見上げてこう言った。


「ちょっと相談案件が……」


「なんだ参謀か。今忙しいから——」


 魔王は田中のほうを見もせずにそう答えた。そこで田中は、


「ぐ、軍資金の話です!」


 と言うと、魔王はパッと顔を上げ、「その話なら聞こう」と言って田中のほうを見た。


「あ、えっと……解決策を見つけました」


「増税以外の方法だろうな? 申してみよ」


「はい。それは、魔王軍で……」


 そこで田中は一拍置く。


「魔王軍で……?」


 場に緊張が走る中、田中はこう言った。


「アイドルグループを作ることです!」


 またしても沈黙が走った。


 三秒、五秒、十秒——


 そして魔王は言った。


「は?」


 この時、まだ誰も知らなかった……


 この田中が提案した計画が、後に魔界と正界を巻き込む“史上最大のアイドル戦争”に発展していくことを——

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