第2話 魔王軍の参謀
田中は、自分が異世界転生したと思い、慌てて自分の体がどうなっているか確認する。
しかし、広げた両手はいつもの自分の手。その手首にはペンライトがぶら下がっている。同時に見えた上着の袖口も、今朝着用したお気に入りのネルシャツだった。
「いやこれ、転生じゃなくて、転移じゃね?」
田中は、何だか無性に腹が立ってきた。
彼には現世に“推し活”という生き甲斐があったし、異世界転生モノの作品はいくつか嗜んでいたものの、彼自身それほど転生モノの主人公に憧れはなかった。
ただ、それでも、もし自分の身にそのようなことが起きたなら……
「普通こういうの無双ルート入るやつだろ? これなら現世のほうがマシだったんだが!」
という思いの丈を、得意の早口でまくし立てながら、玉座の前へと詰め寄って行った。
——ザッ
そして田中は壇上の前で立ち止まり、手に持っていたペンライトを前方に掲げて、威勢よくこう言った。
「今すぐ元の場所に戻せ! リリイベ途中離脱とかあり得ないからッ!」
ペンライトがチカチカと発光する中、しばしの沈黙が走った。
すると、玉座に腰かけていた女の子が、ゆっくりとフードを外し、田中を見下ろすようにして語りかけた。
「余は魔王リゼル。この魔界を統べる者だ」
なんと、この魔王を名乗る女の子、めちゃくちゃ可愛い。
黒と紫で統一されたエレガントなドレス。綺麗な銀髪のロングヘアーで、前頭部の両サイドから立派な角が生えている。そして、真っ赤な瞳が印象的だ。
それはそうと、まるで会話が成立していない。
田中は改めてこう言った。
「いやだから帰還頼む。それとチケ代の返金を——」
しかし魔王は、田中の言葉を遮るように言った。
「お主は、我が魔王軍の“救世主”となる者だ」
救世主がどうとか、魔王軍がどうとか、正直言って田中には一切興味のないことだった。
魔王がいくら可愛くても、推しのみなみちゃんに敵うはずもなく、助けてやる義理もないと田中は思った。
「いや、救世主とか言われても知らんけど——」
と田中が言いかけたところ、ガイコツ魔導士が咳払いをして話を遮った。
「コホンッ! 先ほどから何ですか、その魔王様への口の聞き方は。この世界についてまだ何も知らないとはいえ……」
「あー……まずかった?」
すると、ガイコツ魔導士は小さくため息をつき、
「あなたを召喚した私の責任でもあります。きちんと説明して差し上げましょう」
と言って、ここがどういう世界なのか、そして、なぜ田中がこの世界に呼ばれたのかを説明し始めた。
「ここは魔界です。勇者どもは我ら魔族を仇敵とし、魔王様の首を狙っており——」
その後も長々と説明していたが、まあ、要約すると次のとおりだ。
・魔王軍はけっこうピンチらしい。
・異世界から救世主を呼ぶことにした。
・なぜか田中が選ばれて召喚された。
といった感じだ。
すると、魔王の口から話の本題へと移った。
「お主には、我が魔王軍の“参謀”を務めてもらう」
「え、参謀ポジ?」
ぶっちゃけ、やだなぁ……と田中は思った。
せっかくの異世界なのに、肉体は現世のままだし、特別なスキルで無双できるわけでもない。
それに、参謀って……なんだか責任が重そう。
とにかく、嫌すぎる……と。
「いやいや、イメージと違いすぎるんだが。もっとこう、最強スキルとかで無双しまくって——」
田中が得意の早口で喋っていると、魔王が小さく舌打ちをした。
そして……
——ボゴォォンッ!!
魔王は軽くかかとを床に落とした。ただそれだけなのに、とてつもない威力だ。
その足は床に深くめり込み、部屋全体に地鳴りのような振動と、脳髄まで震わせるほどの衝撃波が走った。
こんな可愛い少女のような見た目でも、やはり中身は本物の魔王なのだ。
参謀なんて無理だと断ろうとしていた田中だったが、もはやそんなことを言い出す勇気はなくなってしまった。
すると魔王が「はぁぁ……」と、深いため息をついた。
そして、チラッと田中のほうを見て、こう呟いた。
「金がないのだ」
「……え?」
そこへ、タイミングを見計らったかのように、ガイコツ魔導士が田中の元へやってきて『収支報告書』と題された紙を手渡した。
魔王も同じ資料を片手に持ちながら、
「兵士の給金、城の維持費、魔導兵器の整備費……」
と、一つ一つ指を折って数え始めた。そして最後に、玉座の肘掛けにドンッと手をついてこう言った。
「赤字だ」
田中も資料を見ながら「ですねぇ」と返した。
魔王はピクリと片方の眉を持ち上げ、少し前屈みになり田中へ質問する。
「もし今、勇者が攻めてきたら、どうなると思う?」
「これは負け筋濃厚。バッドエンド見えてますわ」
それを聞いた魔王は目を丸くした。そして、少しの間を置いて笑い出した。
「あははははっ!」
その可愛らしい笑顔に、田中は目を奪われた。
ガイコツ魔導士も驚いた様子で魔王を見ている。
「いや~久しぶりに笑った。……余にそのような屈託のない意見を述べる者が現れたのも久しぶりだ」
田中はそれを聞いて肝を冷やした。また自分でも気づかぬ内に、うっかり魔王に軽口をきいてしまっていたのだ。
もし、逆鱗に触れていたら、いったいどんな目に遭っていたことか……
そんな怯える田中を尻目に、魔王は真剣な表情でこう言った。
「気に入ったぞ参謀。その意気で金を稼げ!」
「いや、あの……普通に税率上げて国民から徴収すれば——」
その田中の返答がお気に召さなかったのか、魔王は眉間にしわを寄せ、キッと田中を睨み付けた。そして……
——ボオッ!!
魔王が突き出した右手から、黒い炎が現れた。
それは、禍々しい闇の波動を帯びた炎……ただの人間である田中が喰らえば、ひとたまりもないだろう。
「……増税だけは許さぬ。別の策を考えろ」
「へッ、ひゃいっ!」
田中は恐怖のあまり、喉がキュッてなって、へんな声で返事をした。
どうやら“増税以外の方法”で、軍資金を集める施策を考えねばならないらしい。
「どのみち、元の世界に帰りたいなら、軍資金を稼ぐしかないぞ」
魔王が言うには、田中を召喚するのに使用した魔術は“百年に一度”しか使えないらしい。
ただし、それは魔界での話。
魔界と対を成すもう一つの世界、“正界”へ行けば、百年に一度の魔術をもう一度使うことができるという。
そのためにも、まずは魔界の軍備を建て直して、正界に攻め込まねばならない……ということだ。
「うぅ……」
ペンライトを握り締め、その場に立ち尽くす田中。
「ところでお主、何の魔力も感じぬが……ひょっとして魔人なのか?」
「……え? 人間なんだが」
「にんげん? なんだそれは? ……まあ良い。皆には一応、模様のない珍しいタイプの魔人だと伝えておこう。明日からしっかり働け」
「……あー、はい」
こうして田中は、半ば強引に、魔界で新生活を始めることになった。
魔王軍の“参謀”として——
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