第21話 あくまで偵察
——正界、グランセル王国の城下町。
勇者レオンたちが宿泊中の宿屋で、朝から大声を上げて走り回る弓使いのフィン。
「いない! レオンとボルゴがどこにも……!」
別室で寝ていた仲間たちも、その声を聞いて飛び起きる。
なんと、レオンとボルゴが寝ているはずの部屋が、もぬけの殻だった。
「むぅうッ……これは、どういうことじゃ?!」
慌てて周りを見渡すオルド。その後ろからグレンがやってきて、レオンが寝ていたベッドに手を差し入れる。
「布団は冷え切っていますね……もう何時間も前にこの宿を出たようです」
すると、フィンが窓際の机の上に何かを見つける。
「ねえ、これ見て! 置手紙があったよ!」
宿屋に備え付けられた、宿屋のハンコが押されたメモ帳に、レオンの直筆と思われる汚い字で何かが書かれていた。
『Dear みんな——
ボルゴと一緒にお散歩中です。
探さないでください。
特に魔界のほうは探さないでください。
魔界には行ってないから本当に。
From 勇者レオン 』
その置手紙を読み終えた一同は、目を細めて顔を見合わせる。
「あいつら魔界に行きよったな」
「そのようですね。どうします?」
「決まってるじゃん! 追いかけようよ!」
こうして一同は、またしても北の灯台を抜けて魔界へ向かうことにした。
* * *
——魔界の城下町。
今日も曇天の空で、薄暗い町だが行き交う魔物たちで通りは賑わいを見せている。
「これは偵察……あくまで偵察だからな、気を抜くなよボルゴ」
「お、おう……アイドルとやらを攻略するための偵察だ。レオンも気を抜くなよ」
またしても顔にラインを引いて、レオンとボルゴは魔人のふりをして魔界に潜入していた。
すると、魔王城へと続く人通りの多い中央通りから賑やかな声が聞こえてきた。
「おはようございまーす♪ スカーレット♡ネメシスでーす♪」
華やかな赤い衣装を着たメンバーたち。
それは紛れもなく、あの日レオンとボルゴが目撃した女の子たちだった。
「あッ……! あれはまさか?!」
「むおおッ!! 間違いねえッ……あいつらだ!!」
レオンは慌てて腰に下げた剣を握り、戦闘態勢へ入ろうとするが、それをすぐに制するボルゴ。
「ま、待てレオン! こんな魔物だらけの場所で武器など抜いてみろ、俺たちが敵だとバレちまうぞ」
それを受けてレオンはすぐ正気に戻り、剣の柄から手を離してこう言った。
「しかし、あれはいったい、何を配っているんだ?」
レオンとボルゴは、顔をほんのり赤らめながらも、少しずつ彼女たちに近づいていく。
「あっ、あの、ライブ来てください~」
レオンはエイラからチラシを受け取った。
「ほら、チラシよ。受け取りなさい」
ボルゴはイザベラからチラシを受け取り、その場から離れる。
2人ともしばらく無言のまま、ふらふらと通りを歩く。
そして無表情のまま、棒読みのセリフを口にするレオンとボルゴ。
「あ。そこのカフェ入ろっか」
「おう。そうしようぜ」
2人はそのまま魔界のカフェに足を踏み入れた。
案内してくれたのは、とても可愛らしい鳥獣の魔物ハーピーだ。
「あー、深淵コーヒー。漆黒で」
「あ、俺もそれで」
ハーピーは笑顔で注文を受け、その場を去っていった。
しん……と静まる2人。
テーブルの上には、先ほどもらったチラシが、それぞれの前に置かれている。
そのメンバー3人の姿が印刷されたチラシを、じっと見つめたまま一言も発さない。
……そして、数分後。
2人の元にコーヒーが運ばれてきた。
彼らはゆっくりと一口飲み、心を落ち着かせ、レオンが口を開いた。
「なあ、ボルゴ……正直に言うよ」
「あ?」
一拍置いて、レオンは覚悟を決めた表情でこう言った。
「オレ、この中に……気になる子がいる」
「なッ!?」
突然のカミングアウトに驚くボルゴ。
だが、少し間を置いてボルゴがこう返した。
「コホンッ……まあ、その、俺もいるけどな」
「え!」
なんと、ボルゴも胸のうちをレオンに明かした。
レオンの表情がパッと明るくなり、嬉しそうな声でこう言った。
「どの子、どの子?! あ、オレはね——」
「待て待てレオン! 一斉に指さそうぜ!」
そう言ってお互いの前にチラシを一枚置き、掛け声とともに“気になる子”を指さすことになった。
「よし、いくぞ…… せ~~のっ!!」
——バンッ!!
2人が指さしたのは……
なんと、ミレイナだった。
「え、ちょっ、ボルゴ、お前もこの子?!」
「おお……まさか、同じ子が気になってたのか」
なぜか急に照れ臭そうな顔をして、もじもじし始める2人。
「ミレイナちゃん……いいよな。正界の女の子と違った魅力があってさ」
「おう、わかるわかる! この褐色の肌もいいんだよなー」
その後も2人は、チラシに写るミレイナを見ながら、彼女の魅力を熱く語り合った。
すると、ボルゴが突然そのチラシを手に取り、
「ああ~可愛いなあ、ミレイナちゃん、チューしたい」
と言いながら顔を近づけ始めた。
レオンは、それを見て思わず「うわ」と声が出た。
さらに、何かが一気に冷めていく感覚に襲われ、
「なんだろう……ボルゴとはもうミレイナちゃんの話をしたくないな……」
と、思ったままのことを口にした。
推しがカブった相手との交流を避けたくなる、いわゆる“同担拒否”が魔界で初めて生まれた瞬間である。
「は? なんだよレオン。俺は別に構わないぜ? 一緒にミレイナちゃんの魅力を語り合おうや」
ボルゴはその逆、“同担歓迎”なタイプだった。
死んだ魚のような眼をするレオンと、興奮冷めやらぬ様子でミレイナの魅力を語るボルゴ。
そんな2人が座るテーブル席のガラス窓の向こうに、何かが勢いよく飛んできた!
——ドガァァッ!!
「うわ、なんだ?!」
慌てて席を立ち、窓の向こうで壁にぶつかった何かを確認する。
そこには、トカゲの顔をしたトレンチコートの男、リザードマンの姿があった。
顔面を強く殴打した痕があり、その衝撃でここまで飛ばされたのだと分かった。
「おいおい……まさかあの子が殴ったのか?!」
ボルゴは窓の向こうを指さす。
それは、上段回し蹴りを放った後のポーズを取っているイザベラだった。
「やば……あの子めっちゃカッコイイじゃん……イザベラちゃんだったっけ?」
この時、レオンの中で気になる子がイザベラに変わった。
そう、魔界のアイドル文化に“推し変”が生まれた記念すべき瞬間である。
その横でボルゴがこう言った。
「なあ、レオン……。この7日後にやる“ライブ”っての、行ってみねぇか?」
レオンはゆっくりと振り返り、こう言った。
「……ああ、偵察だ。あくまで偵察として、観に行ってみよう!」
その表情は、にやついていた。
ほんの数秒、彼女たちの練習風景を目にし、今日チラシを受け取っただけなのに、彼らをもう夢中になっていた。スカーレット♡ネメシスに。
それは、あの衣装にこめられた魔力のせいか。あるいは、田中の長年培ったアイドル知識によってプロデュースされたグループだからか……
その答えは、間もなく開催される“お披露目ライブ”で明らかとなる——




