第20話 チラシ配り
——魔界の城下町。
今日も朝から曇天の空。だが、城下町は活気に溢れている。
魔界にいるほとんどの魔物は、この町で働き、買い物し、娯楽も楽しむ。まさに生活の中心がこの城下町にある。
そんな中、最も多くの魔物が行き交う“大通り”で、3人の魔物がチラシを配っていた。
「おはようございまーす♪ スカーレット♡ネメシスでーす♪」
「あっ、あの、これ、受け取ってくださいっ」
「ほら、チラシよ。受け取りなさいよ」
それは、ミレイナ、エイラ、イザベラの3人で、なんと、真っ赤なステージ衣装を身にまとっている。
しかも、よく見ると一人ひとり個性に合わせてデザインが異なる。
ミレイナは大胆に胸元が開いたセクシーなデザイン。エイラは可愛らしいフリフリ多めのデザイン。イザベラは体のラインが際立つクールなデザイン。
田中とシェーデルは、そんな彼女たちの様子を、後方の少し離れた場所で見守っている。
「まさか、たった数日であんな神衣装を作り上げるとはな……」
「ええ、さすがはアラクネです。そして、本当に彼女たちによく似合ってますよね」
あの巨大蜘蛛アラクネのセピネは、まさに本物だ。
もし人間の世界でアイドルの衣装づくりを依頼されても、完璧なものを仕上げることだろう。
いや、それ以上の物を作るかもしれない。なぜなら……
「アラクネが裁縫に用いる糸には、強力な魔力が織り込まれています。そのため、彼女たちのポテンシャルは今、通常よりも大幅に強化された状態にあります」
と、シェーデルが言うように、彼女たちの潜在能力が高められているのだ。
ただの人間である田中にも、今の彼女たちからただならぬオーラを感じる。
道行く魔物たちも、彼女たちを一目見ただけで釘付けになっていた。
「おい……あの子ら見てみろよ」
「うおおッ……なんだあれ、めっちゃ可愛い」
ミレイナはもともと男性を魅了するのが得意だが、今のエイラとイザベラも負けてはいない。
チラシには、メンバー3人の姿が印刷されており、受け取った魔物たちは真剣な顔でチラシに目を向ける。
だが、そこに書かれた文字を見て、どの魔物も一様に首をかしげていた。
『魔王軍アイドル “スカーレット♡ネメシス” お披露目ライブ!』
チラシを受け取った魔物たちが、頭上に「?」マークを出すのも当然のことだ。
魔界には、まだ“アイドル文化”も“推し活”も存在しない。
「しかし参謀殿。わざわざチラシを手配りなどさせず、また魔界新報の折り込みにすれば良かったのでは……?」
シェーデルが田中に聞いたこの質問こそ、魔界にアイドル文化を浸透させる狙いの一つだったのだ。
「分かってないなシェーデル。あえての手配りなんだが」
そう、魔界にアイドル文化がないからこそ、アイドルがどういうものか“生”で見てもらう必要がある。
こうしてチラシを手配りすることで、営業活動も兼ねていたというわけだ。
この田中の読みは正しかった。
ステージ衣装も着せることで、その効果は絶大だ。
チラシを受け取った魔物たちは、瞬く間にスカーレット♡ネメシスへ興味を示し始めている。
「へえ~~、アイドルって可愛いんだね~」
「あっ、こないだオーディションしてたやつ?」
「ライブって何? なんか楽しそうだね、見に行くよー」
主に男性の魔物たちが鼻の下を伸ばして彼女たちを見ているが、もちろん女性の魔物たちも「かわいい!」と立ち止まって彼女たちに話しかけている。
しかし、そんな中……
彼女たちの元へトレンチコートを着たトカゲのような顔をした男が一人近づいてきた。リザードマンの種族である。
以前、エイラを襲おうとした者とは別人だが、エイラはとっさに身構える。
「ふんっ、くだらねぇ。真っ赤な服着て、パーティーでもあるのか?」
よりによってエイラの目の前で立ち止まり、そう言い放つリザードマン。
エイラは顔を伏せて、小刻みに震えている。
そのことに気づいたミレイナがすぐに駆け寄ってきた。
「ちょっと! エイラに近付かないでくれる?」
ミレイナは、リザードマンとエイラの間に割って入り、背の高いリザードマンを見上げて声を荒げた。
すると、リザードマンは眉間にシワを寄せ、
「はあ? なんだテメェ……」
と、ミレイナを見下ろしながら低いトーンでそう言い返した。
一触即発の事態だ。
田中とシェーデルもそれに気付き、3人の元へと走り寄る。
しかし、次の瞬間……
——バッ!
リザードマンが勢いよく向きを変え、その肩がミレイナの腕にぶつかり、抱えていたチラシの束が宙に舞った。
バサバサァァと地面に舞い落ちるチラシ。
リザードマンは「おっと……」と少し動揺しつつも、謝罪などすることもなくその場から立ち去ろうとしている。
「待ちな」
低く、ハスキーな声でリザードマンを呼び止めるミレイナ。
いつものように明るくセクシーな彼女ではない。あの日エイラを救ったときと同じ、戦闘モードのミレイナだ。
リザードマンは「あ?」と言いながら振り返ると、そこには“足”があった。
——ボゴォッ!!!
その足はリザードマンの顔面に深々とめり込み、後方へと転がるようにしながら吹き飛ばされていった。
「ふんっ……バカな男ね」
なんと、その蹴りを放ったのは、イザベラだった。
ミレイナよりも俊敏な動きと、その長い脚を活かして、リザードマンの顔面に上段回し蹴り放っていたのだ。
真っ赤なステージ衣装の縁が、高速移動による風圧で華麗にひるがえり、まるで攻撃そのものがダンスのようだった。
『おおおおッ!!!』
周りで見ていた魔物たちが歓喜し、イザベラに盛大な拍手を送る。
イザベラは少し照れ臭そうに、スカートをぱっぱっと手で払い、小さく咳払いをしてこう言った。
「……7日後よ! 私たちスカーレット♡ネメシスの初ライブ! ぜったい見に来なさい!」
そう言って髪の毛をかき上げると、さらに大きな拍手と歓声が沸き起こった。
——ワァアアア パチパチパチ
そして、魔物たちが先ほど地面に散らばったチラシを拾い上げ、そのまま自分用に受け取り、メンバーたちに声をかけていく。
「姉ちゃん、カッコ良かったぜ!」
「可愛い! ライブぜったい見に行く!」
「お、俺も仕事休んで見に行くっす」
その後も集まった人だかりにチラシを配り、気づけば用意した百枚があっという間に捌けてしまった。
思わぬハプニングもあったが、逆にスカーレット♡ネメシスの認知に繋がったことだろう。
しかし、田中はこれを少し離れて見守りつつ、少し心配している。
すると、あの殴られたリザードマンが鼻血を吹き出しながらも立ち上がるのが見えた。
「……ううッ、ぐッ」
田中とシェーデルはすぐにでも止めに入れる姿勢で構え、リザードマンの動きを監視する。
だが、リザードンはしばらくメンバーの3人を眺めた後、そのまま反対方向へと向かって走り去って行った。
田中はほっと胸をなでおろしたが、一抹の不安がよぎる。
「あのトカゲの男、“アンチ”にでもならないといいんだが……」
「アンチ? それはつまり、反対勢力のようなものですが、まぁ今回の件で懲りたのではないでしょうか」
シェーデルは気楽なことを言っているが、アイドルグループに対するアンチ勢の恐ろしさを田中はよく知っている。
特に何もなければ良いが……という思いを抱えつつも、一同は魔王城へと帰還するのだった——




