第19話 衣装づくり
——魔王城4階、裁縫室。
田中とシェーデルの2人が、裁縫室のドアの前に立っている。
「参謀殿。ここが裁縫室です」
「おう」
田中は何の躊躇もなくコンコンッとノックした。
すると中から……
「は~~い、どうぞ~。入っていいわよ~」
と、軽い感じの女性の声が聞こえてきた。それは若干、年齢を重ねた感じの声だ。
すぐさまドアノブに手をかける田中だったが、シェーデルは「お待ちを!」と言って田中の手首を掴んだ。
「参謀殿はご存知ないようですが、彼女は魔物の中でも上位クラス。万が一にも怒らせるような真似をしてはいけませんよ。いいですね?」
「お、おう……」
田中の弱々しい返事を受け、シェーデルは田中の手首からゆっくりと手を離した。
何だか怖くなってきて、恐る恐るドアを開ける田中……
すると、裁縫室の中は異様な光景が広がっていた。
なんと、辺り一面に“蜘蛛の巣”が張り巡らされ、視界が真っ白で歩くことすらままならない。
四方の壁に設置された棚には、びっしりと生地や糸など裁縫に使用される素材が並べられており、その部屋の奥からは『カラカラ……』と何かが回るような音が聞こえてくる。
そのカラカラと音がするほうから、先ほど聞こえた女性の声がした。
「こっちよ~。遠慮せずに入ってきて~~」
田中とシェーデルは、蜘蛛の巣を手で払い除けながら、声がするほうへと歩を進める。
そして、ついに声の主が見えてきた。
思わず田中は「うおッ!」と声を上げてしまったその相手は……
——田中の体の倍はある巨大な蜘蛛だ。
そう、彼女は蜘蛛の姿をした魔物“アラクネ”である。
カラカラという音は、裁縫を行う器具から糸を引っ張り出す音だった。
その無数に生える手足を器用に扱い、手元の織り機で綺麗なドレスを編んでいる。
彼女は、織物を得意とする魔物で、先代の魔王からリゼルに代替わりして以降、魔王の服飾係に任命され、この部屋で暮らすようになったという。
蜘蛛が苦手な田中は、後ずさりしてしまう。だが、シェーデルはそんな田中の肩をグッと掴みながら耳元でこう囁いた。
「動揺してはいけませんっ……早く要件をお話しください。笑顔で!」
田中は「ふんんっ!」と気合を入れ直し、改めて蜘蛛の女性に話しかける。
「あ、えーと、初めまして。参謀を務める田中です……」
すると、アラクネは作業の手を止め、田中のほうを見た。
体は巨大な蜘蛛だが、その顔はとても可愛らしい。大きな瞳はすべてが黒目だ。
「初めまして~。わたしアラクネの“セピネ”よ。あなたが噂の参謀さんね~!」
喋る蜘蛛を見たことで、田中が「おぇッ……」と吐き気を催す。それに気付いたシェーデルが慌てて田中の横っ腹を肘で小突く。
「参謀殿ッ……セピネさんの機嫌を損ねるような真似は——」
と、言いかけた矢先……
——ビシュルルル!
セピネの下腹部から放たれた白い糸が、あっという間に田中の体に巻き付いた。
「うわああッ!?」
慌てて体を捩って抗おうとする田中。だが、それはセピナが補食を行う際に使う強靭な糸。田中でなくとも、この糸を切断することは容易ではない。
「ふ~~ん……。わたしを見て吐きそうになったの? 失礼な魔人さんね……」
そう言いながら糸をギリギリと締め上げる。田中は「ぐわぁあッ」と苦しそうな表情に変わる。
そこでシェーデルが慌てて仲裁へ。
「セピネ殿、どうかお待ちを! これは魔王様のご命令なのですっ!」
それを聞いたセピネが、ゆっくりと糸を緩め、田中を解放した。
「あら、どういうこと?」
そこからは、シェーデルが田中の変わりに説明を行うことにした。
魔王軍のアイドルグループを結成し、デビュー曲も決まり、次に必要なものがある……と。
そこまで説明を終えた時、ようやく呼吸を整えた田中がこう続けた。
「そ、それが……ステージ衣装なんだ!」
そして、おもむろにポケットからスマホを取り出し、セピナにあの動画を見せる。
ステージの上で歌って踊る、あのハピ☆モスの5人。
「えっ、えっ?! なにこれー!?」
と、もはやお決まりのパターンのように、セピネもスマホの画面を食い入るように覗き込む。だが、その反応はすぐに別の内容へと変わった。
「あらやだ、この衣装……すごく洗練されたデザイン。それに、これ何ていう素材の生地を使ってるのかしら?」
さすがは織物の名手アラクネである。初めて見たアイドルの動画で、一番気になるのは服飾に関することのようだ。
バッテリー残量が気になる田中は、「記憶して!」とセピネに言って、数秒後にスマホの画面を消した。
「どうだった? これがアイドルのステージ衣装なんだが」
そう質問する田中だったが、セピネは下を向いたまま黙り込んでしまった。
そして、しばらくの間を置いてこう言った。
「いいわ。メンバーの3人、もう決まってるんでしょ? 連れてきてちょうだい。早く!」
どうやら、やる気のようだ。
田中とシェーデルはいったん部屋を出て、1階の多目的ホールでレッスン中の3人の元へと急いだ。
* * *
……そして、数分後。
田中とシェーデルは、ミレイナ、エイラ、イザベラの3人を、セピネの部屋に連れて来た。
緊張した面持ちで横一列で並ぶ3人を見て、セピネはこう言った。
「ふ~~ん。あなたたちがスカーレット♡ネメシスの3人ね。じゃあここで歌って踊って見せて」
魔響盤を再生機に入れ、流れ出す音楽に合わせて3人は歌い、踊った。
セピネは終始、真剣な表情でそれを眺め、曲が終わるまで瞬き一つせずに3人を見つめていた。
そして、曲が終わった。
「……なるほどね。参謀ちゃん、これってどこで披露するの?」
「え、あー、ライブハウスとかイベント会場とか、野外の特設ステージなんかもあるな」
「ふ~~ん。分かったわ。わたしがデザインして作ってあげる!」
セピネは何かを閃いたような表情で、スカーレット♡ネメシスの衣装づくりを承諾してくれた。
すると、セピネはさっそく、織り機が置かれた机の引き出しを開け、そこから採寸用のメジャーを取り出した。
「さあ、まずは3人の採寸から始めるわね。……あ、男どもは出て行って」
そう言われ、田中とシェーデルは部屋を出ることになった。
そして、二人がドアの外へ出る寸前、部屋の奥からセピネはこう言った。
「あ~~、参謀ちゃん。一週間あれば完成すると思うから、またその頃に来てちょうだい」
田中は「りょ」と返事し、シェーデルと共に部屋を出た。
そして田中はすぐに次のタスクを思い出し、シェーデルにこう言った。
「なあシェーデル。また新聞社に連絡したいんだが」
「おや、参謀殿。次は何を?」
「またチラシを作りたい」
それは、アイドル文化を魔界に広めるための、田中の新たな目論見だった。




