第16話 デビュー曲
田中とシェーデルは、エイラをスカウトしたあの酒場に再びやってきた。
しかし、まだ時刻は昼過ぎということもあり、店にはデッキブラシで床を掃除中のゴブリンが一人。
「おや、参謀さん。今日は何の御用で?」
胸には『店長』と書かれたバッジを付けている。どうやらこの店の店長さんのようだ。そこで田中がこう返事をした。
「やあ、ちょっと聞きたいんだけど。この店でピアノとかチェロ弾いてた魔物いたじゃん? 彼らって、この辺に住んでるの?」
するとゴブリンの店長は眉間にしわを寄せ、訝しげにこう言った。
「旦那ぁ……困りますよ。歌い手のエイラだけでなく、今度は奏者たちまで引き抜く気ですか?」
先日、エイラの控え室に行って勝手にスカウトしたことを、当然ながら彼は良く思っていなかったようだ。
その言葉を聞いて、田中の横からスッと何かを差し出すシェーデル。
「その節は大変ご迷惑をお掛けしました。こちら、つまらない物ですが、どうぞお受け取りを」
店長はまだ浮かない顔をしているが、その布に包まれた箱を受け取り、そっと解いて中身を確認する。
箱の中身は『ワイルドラットの干し肉』と書かれているが、店長はその内蓋を持ち上げ、何かを発見した。
そして、そっと蓋を閉じ、布を縛り直してこう言った。
「ゴホンッ……まあ、そうだな。紹介してやってもいいぜ」
どうやら、また魔王軍の限られた資金が少し減ったようだが、おかげで奏者たちを紹介してもらえることになった。
* * *
そして、数時間後。
魔王城、シェーデルの部屋。
テーブルには、3名の奏者が座っている。ピアノを弾ける女性のゴブリン。チェロを弾ける男性のスケルトン。打楽器が得意だという男性のオーガ。
「あらっ、このお茶すごく美味しい!」
「おや、お口に合いましたか? それは王宮品質の第一級デモンリーフの葉を使用しておりますので——」
早速、ピアノ奏者のゴブリン女性とシェーデルが仲良く会話している。
彼らは普段、あの酒場での演奏を本業としているが、田中の依頼を受けて“曲作り”のために集まってくれた。
……とはいえ、魔界にどんな楽器があって、どんな音色なのかも知らない。
ここは、ひとつ……百聞は一見に如かず作戦!
「あー、早速で悪いんだけど、まずこれ聴いてほしい」
田中はスマホを取り出し、3名の奏者に向けて見せた。
画面にはハピ☆モスのライブ映像が流れる。
「おおおッ?! なんだこれは……!」
「緑色の服を着た女たちが、歌って踊っている……!」
「あら、よく聴くとすごく良い曲ね。元気が湧いてくるわ」
それは、ハピ☆モスが世間に認知されるきっかけとなった『コケティッシュ!』という神曲だ。
田中は昨夜、この曲を真似て楽譜を書こうとしていたが、書き方が分からず断念していたのだった。
食い入るように画面を見つめる3名。だが、画面に表示されたバッテリーは……残り50%まで減っていた。
慌ててスマホの画面を消す田中。
「この曲を演奏してほしいんだけど、魔界の楽器で再現いけそう? あと、魔響盤にも録音したくて——」
すると、奏者たち3人は顔を見合わせ、何か話し合いを始めた。そして、打楽器奏者のオーガがこう言った。
「複雑な音が絡み合っていたけど、まあそれに近い楽器はあるぜ。再現は可能だ」
すると、今度はピアノ奏者のゴブリンがこう言った。
「演奏するのは構わないわ。でも録音ってどういうこと? まさか同じ曲を販売するつもり?」
魔界にも、他人が作った曲を盗作するような行為は許されない、というしっかりとした倫理観が存在していた。
田中は慌てて発言の訂正を行う。
「あー……いや、その、完全にこれっていうより、こういう雰囲気の曲って意味でね……」
それを受けて、チェロ奏者のスケルトンが言った。
「じゃあ、ワタクシが作曲をして差し上げましょうか? もちろん作曲料は別途、頂戴しますがね」
田中はシェーデルのほうを見て、問題ないか確認する。すると、シェーデルが交渉へ入った。
「作曲料は、おいくらですか?」
「曲作り自体は無料でやりましょう。ただし、魔響盤に入れて販売するなら、その売り上げの2割を頂戴したい」
まさか印税という仕組みが魔界にもあるとは……と田中は思ったが、それは“信頼の証”でもあり、責任を持って曲を作るという“約束”でもある。
そこで田中は一つ、このチェロ奏者に質問した。
「作ってもらった曲が、こっちの解釈と違った場合は?」
「その場合、残念ではありますが、別の者に作曲を依頼してください」
よしっ、この人に頼もう。田中はそうシェーデルに告げた。
* * *
翌日。
多目的ホールには、田中とシェーデル、メンバーの3人、ダンス講師のロベルトが集まっていた。
シェーデルが皆の前に立ち、こう案内する。
「本日は、特別ゲストをお呼びしています。……さあ、どうぞー!」
ホールの出入口となるドアが、ガチャッと開く。
「こんにちは~! 演奏しに来ましたー」
あの奏者の3人だ。それぞれに使用する楽器を抱え、ホールの中へと入ってきた。
メンバーたちは驚いた表情でその3人を見つめている。
そして田中が満を持してこう言った。
「こほんっ。……えー、皆さん。このたび、スカーレット♡ネメシスのデビュー曲が完成しました!」
どういうことなのか理解が追い付かず、呆気に取られるメンバーの3人。
すると、奏者たちがそれぞれに楽器を取り出し、演奏の準備を始めた。
そして、チェロ奏者のスケルトンはギターのような楽器を手に持ち、田中にこう言った。
「あ、もう始めて良いですか?」
それを受け、田中が頷く。
多目的ホールが、シン……と静まる。
そして、奏者たちの演奏が始まった。
オーガが激しく叩く打楽器はドラムベースの音に近い。そこにスケルトンがかき鳴らすギター音に似た音色が乗り、ゴブリンが奏でるピアノの音色も織り交ざり、それは音楽として一体となる。
まだ調整は必要だが、田中の中ではすでに及第点を超えていた。非常に素晴らしい演奏だ。魔界にもここまで楽器を上手く操る魔物たちがいる。
「す、すごい……!」
「ワタシ……涙が……」
ミレイナは目を丸くし、エイラは瞳をうるうるとさせ、イザベラは口に手を当て感動しているようだ。
シェーデルに至ってはもう号泣していた。
そうして、約2分半ほどで演奏は終わった。
――パチパチパチパチッ!!
皆、一斉に拍手を送る。ぺこっとお辞儀する奏者たち。
そして田中は、ワーウルフのロベルト講師にこう言った。
「振り付けをお願いできる? もちろん別料金を支払うから……」
するとロベルトは、感動に身を震わせながらもこう返す。
「お任せください! こんな素晴らしい楽曲に、振り付けできるなんて光栄です!」
こうして、ようやく曲作りが完成した。
さあ、ここからが大変だ。曲に合わせて歌って踊る。本格的なアイドルレッスンが始まる——
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