第17話 アイドル誕生の瞬間
——数日後。
魔王城の多目的ホールでは、早朝からレッスンが始まっていた。
まずはボイストレーニングだ。今日は魔王城の屋上に出て、発声練習を行う。
エイラが先に声を出し、それに続くように一拍置いてからミレイナとイザベラも声を出す。
「あさしん あんさつ あいうえお!」
「「「あさしん あんさつ あいうえお!」」」
この曇天の魔界の空を突き破るほど、二人の声も元気いっぱいだ。
「ごぶりん こわいか かきくけこ!」
「「「ごぶりん こわいか かきくけこ!」」」
しばらく発生練習が続いた後、メンバーたちの元へ田中が一人で屋上にやってきた。
そして、得意気な顔をして「じゃーーん♪」と陽気な声を上げ、メンバーたちに何かを手渡す。
それは、あのチェロ奏者に作ってもらった楽曲に合わせて書いた“歌詞カード”だった。
「ふふふ……ついに、スカーレット♡ネメシスのデビュー曲が完成した! 曲はあとで流すよ」
それを聞いたメンバーの3人は「おおっ!」と沸き立ち、嬉しそうにその歌詞カードに目をやった。
彼女らの目に、初めに飛び込んできたのは歌詞カードの冒頭に書かれた、
『ちゅっ!魔界のラブ♡カオス』
……という曲名である。
これを見たミレイナが、すぐに眉間のシワを寄せ「きもっ」と言った。
田中はショックだった。
昨夜遅くまで起きて考えた渾身の曲名だったし、ぜんぜんキモくない。そう思っていた。
しかし、メンバーたちは続けて歌詞を読み上げながら、苦言を呈し始めた。
「“混沌に満ちた愛、魔界に降臨……ラブラブお願い気づいてよ” ……え、歌詞もキモイんだけど。参謀が考えたの?」
「“ちゅっしてよ、ちゅっしてよ、魔界中に響けカオスなラブ” ……うわぁ~、ワタシこんなの恥ずかしくて歌えませんっ」
「ふーん、いいんじゃない? “愛の帳を下ろせば、心の闇が満たされる” っていうフレーズ、私は好きよ」
ミレイナとエイラは、ちょっと引きながら歌詞カードを読んでいる。イザベラだけが前向きだ。
そして、田中はもう顔が真っ赤っかだった。
改めて自分が書いた歌詞を目の前で読み上げられ、その上ここまでキモがられるとは予想外すぎて、穴があったら入りたい気分だ。
深夜のテンションで書き殴った文章を、翌朝になって読んだときの“やっちゃった感”を、今更になって感じる田中だった。
だが、ここで折れては田中のプロデューサーとしての威厳が保てない! ……そう思った田中は、毅然とした態度を示すことにした。
「アイドル曲の歌詞ってのは、こういうものだから! 文句言わないのッ」
すると、3人は顔を見合わせ「はーい」と渋々な返事を田中に返した。
——魔王城5階、音楽室。
先日、演奏してもらった『ちゅっ!魔界のラブ♡カオス』の魔響盤を再生機で流しながら、メンバー3人で歌の練習を開始する。
歌割りに関しては、今回デビュー曲となるため、3人とも均等に割り振ってあげた。
「よーし、まずは一回、通しで歌ってみよう!」
まず最初はエイラから。田中は大げさに身振りし、指揮者のように歌いだしを教えてあげる。
室内に澄み渡るようなエイラの歌声が響き渡る。やはりエイラの歌唱力は抜群に高く、ものの数回でデビュー曲を歌いこなせそうだ。
次は、ミレイナのパート。
さすがはサキュバス。恥ずかしい歌詞だと言っていたにも関わらず、少しハスキーな声質で妖艶に歌い上げてくれた。
そして、最後はイザベラ。
歌詞には恥ずかしさを感じていないため、楽しそうに歌っているが声量が少ない。発声練習では割と声が出ていたのだが、いざ歌うとこうなるタイプのようだ。
なるほど……みんな得手不得手があるものだ。
歌の練習もまだまだ時間がかかりそうである。
* * *
歌の練習を終え、食堂で昼ご飯を食べた後は、また1階の多目的ホールに集合。
今度は、ダンスの練習だ。
今日から行うのは『ちゅっ!魔界のラブ♡カオス』の曲に合わせて作ってもらった“振り付け”を覚えて踊ること。
さらには“踊りながら歌う”という至難の業も待っている。
そんなわけで、今回はレッスン風景を田中とシェーデルも見学へやってきた。
「ロベルトさん、振り付け完成したってマジっすか?」
田中の問いに対し、ロベルトは満面の笑みでこう答えた。
「振り付け、いい感じに作れましたよー! まずは僕が踊って見せますね!」
そう言ってロベルト講師が、曲を録音した魔響盤を再生機で流しながら、メンバーたちの前で踊り始めた。
——タタンッ タンッ! シュパッ
実に軽快な動きだ。ここが魔界であっても、やはりプロのダンサーというのは格が違う。
これまでダンスの基礎練習は見て来たが、ロベルトには振り付けの才能もあった。
メンバーの3人もそれを見て歓喜する。
「おおお……すごいッ!! ロベルト先生かっこいい!!」
「わァァ~! ステキですっ!」
「へえ~……なるほど、あっ、今のステップいいわね」
そして最後に決めポーズ。……タタンッ!
アイドルらしさをしっかり理解した、女性らしくキュートな振りで、最後に決めポーズまである。
メンバーたちは盛大な拍手が送る。
「一回で覚えるのは難しいと思うから、少しずつ教えていくよー」
と言ってロベルト講師が作った振り付けを指導が始まった。
……数時間後。
「いち・にい・タタタンッ! 回って~~……ポーズ! はい、ここまでやってみて」
最初のころに比べて、だいぶ踊れるようになったメンバーたち。
ミレイナはそれなりに上手くなったが、もともと素養の高かったイザベラに関しては、もうロベルト講師もほとんど手がかからないくらいに成長している。
あの劣等だったエイラは、何とか基礎はクリアしたが、今は振り付けを覚えるのに必死だ。
「はい、タンタン、タタタン、回って~~……ポーズッ!」
息を切らしてダンスレッスンを受ける3人の姿が、田中とシェーデルの目にはキラキラと輝いて映った。
比喩などではなく、実際にキラキラとオーラのような何かが見えるのである。
田中はこれを“アイドル光”と呼んでいる。あのハピ☆モスのセンターみなみちゃんからも、度々この光を田中は感じていた。
そのため、あの日のリリイベで“みなみちゃんが光そのものに進化した”などと思ったのもこのためだ。
「じゃあ今度は、踊りながら、歌も歌ってみよう!」
ロベルトはそう指示を出し、魔響盤を始めから再生する。
そして、メンバーたち3人は、デビュー曲『ちゅっ!魔界のラブ♡カオス』のインストルメンタルに合わせて踊りだした。
歌い出しはエイラのパートだ。あれだけ不評だった田中の歌詞も、音楽に合わせて歌えば恥ずかしくないし、なんだか非常によく合っている。
ミレイナのパートも、そのハスキーな声に妖艶さが混じって思わず聴き入ってしまう。
そしてイザベラのパートは、クールで味わい深い声質を活かして歌い上げている。
まさに三者三様、それぞれの良さが存分に活かされており、これに加えて軽快なダンスが彼女たちの魅力を最大限に引き出している。
「おぉぉ……すごい! 出てるッ、アイドル光が溢れ出ている!!」
田中は目の前で繰り広げられる彼女たちの歌と踊りに、まばゆい“アイドル光”を感じた。
シェーデルはもう「あ……あ……」と言葉も出ず、ただただ涙を流して彼女たちを見守っていた。
ついに、魔王軍アイドルグループが完成した——
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