第15話 レッスン!
——魔王城5階、音楽室。
ついに、アイドルとして人前に出るための“レッスン”が始まった。
魔王城にいたピアノを弾けるゴブリンに演奏をお願いし、まずは“歌”の指導を行っているところだ。
「ダメだ、ダメだ! 全然ダメッ! もっと腹式呼吸を意識して」
田中が厳しく指導を行う。今日の田中はいつもに増して強気な姿勢だ。
「何よそれ……ふくしき? ちゃんと教えてくれなきゃ、分かんないし!」
すると、横からセイレーンが割って入る。
「参謀さん、そんな教え方じゃ、ミレイナが可哀想ですっ」
つい熱が入ってしまっていた田中は、その言葉で我に返った。
「そ、そっか……エイラ、みんなに歌の指導できる?」
「えっ、ワタシがみんなに教えるんですか?」
割と大人しい感じのエイラに、そんなお願いをしても断られるだろう……と思っていた田中だったが、
「はいっ、任せてくださいっ!」
と、意外にもやる気を見せるエイラだった。
さすがはセイレーンのエイラ。歌を生業にしていただけあって、自らが歌うことに長けているだけでなく、歌の指導も非常に上手かった。
みるみるうちにミレイナとイザベラの歌唱力を引き上げていく。
* * *
続いて、魔王城の1階にある多目的ホールに移動。
普段は立食パーティーや打ち合わせなどに使用している場所だが、北側の壁一面が鏡張りになっているため、ここで“ダンスレッスン”を行うことにした。
ヴァンパイアのイザベラは、ダンスが得意だと自負していたが、田中に言わせれば素人同然だった。
そこで田中は、シェーデルに相談して“踊れる魔物”を紹介してもらっていた。
「えー、今日はダンスの講師を呼んでいます。皆さんしっかり挨拶するようにー」
そう言って田中が声を上げると、ホールの入り口のドアが開いて、誰かがこちらに歩み寄って来る。
それは、あの狼人間のワーウルフだった。
「エイラちゃん、久しぶりー」
あの日、エイラの控え室の前でガードマンをしていた一人だ。
「ロベルトさん! お久しぶりです。何かの先生をやってると聞いたことはあったけど、ダンスの先生だったんですねっ」
「うん。それにしても、酒場で歌うのはもう辞めちゃったの? エイラちゃんが歌いに来なくなって、お店も寂しいもんだよ」
「ごめんなさい、急に辞めたりして。ちょっとアイドルのお給料がすごすぎて——」
そこまで話すとシェーデルが横から咳払いをし、話に割り込んできた。
「こほんっ……ロベルトさんは時間給ですので、世間話は後にして頂けると幸いです」
「おっと……それでは、皆さんこちらへ集まってー」
ロベルトの号令によって、メンバーの3人が横一列に並ぶ。
そして、ダンスの基礎練習からスタートした。
田中はダンスに関してあまり詳しくはないが、それはよく現世でも動画などで目にした、アイドルの卵たちが受けるダンスレッスンとよく似ていた。
「はいっ、いち・にい・さん。イザベラちゃんいいよー! ミレイナちゃんもっと腰を下げて!」
だんだん熱が入ってくるロベルト。
3人も最初こそ楽しそうに講習を受けていたが、だんだん汗をかきはじめ、顔から笑みが消えていった。
「せ、せんせー! 待って、疲れました……」
「エイラちゃん、もう限界? 甘えたこと言わないッ!」
そして、予定していた2時間、レッスンが続いた。
* * *
ロベルトが去った後、ホールの床に倒れ込むようにして脱力する3人。
「はあああ……疲れたぁぁーー」
「もう……無理……ワタシ、死んじゃうかも……」
「なかなかハードだったわね……」
朝からぶっ通しでレッスンを行い、3人は疲労困憊の様子だが、歌と踊りのレッスン……それはアイドルとして必ずやり遂げなければならない試練だ。
だが、田中には一つ気がかりなことがあった。
「シェーデル。ちょっと相談したいことがあるんだが」
「おや、参謀殿。改まって何でしょう?」
立ち話で済むような話でもないため、シェーデルの部屋で相談を行うことにした。
「あ、みんなご苦労様。今日は解散ね。食堂でごはん食べて、ゆっくり休んでくれー」
3人は床にへばったままの姿勢で、田中の呼びかけに「はーい」と返事した。
* * *
魔王城、シェーデルの部屋。
テーブルについて、デモンリーフ茶をすする田中。
「それで参謀殿、相談とは何でしょう?」
「ああ、まず一つ確認なんだけど。この世界の音楽ってどんなのがある?」
するとシェーデルは立ち上がり、部屋の壁際にある棚から、何やら薄い円盤のようなものと、四角い箱を持ってきた。
「おっ、それってイザベラもオーディオで使ってたやつ?」
「そうです。魔響盤と再生機という音を奏でる装置です。私の再生機は少し高価なやつですがね」
そう言って、いくつか魔響盤を並べ、順に再生させていく。
基本的に、ピアノとチェロのような音色で、緩やかな音楽が多く、歌声が収録されたものは少なかった。
シェーデルの趣味に偏っているとも言えるが、そもそも“歌”が一緒になった音楽がそれほど多くはないらしい。
田中は「なるほど……」と口元に手を当てて考え込む。
音楽があるなら、魔界でもアイドル文化をすぐに受け入れてもらえる、そう思っていたが一筋縄ではいかないかもしれない。
少し弱気になってしまった田中だったが、気持ちを切り替えてこう言った。
「曲を作ろう!」
* * *
田中の部屋。
魔界に召喚された初日から、未だにあの客室で寝泊まりしている。別に不自由もしてないし、この部屋に愛着も沸いてきた。
そして、田中は備え付けの机の上で、紙に自ら五線譜を引いて、曲作りを始めた。
——3分後。
五線譜には、何も音符が振られていない。
「……うん、ダメだ。楽譜なんて書いたことないし」
深いため息と共に、椅子の背もたれに背中を預けると、同時にお腹がグゥゥ…と鳴った。
部屋の壁掛け時計は、夜の7時を指している。
「そりゃ腹も減るよな。食堂まだやってるかな?」
魔王城の食堂は1階にある。田中は急いで階段を駆け下り、食堂へと向かった。
その道すがら、聞きなれた声が聞こえてきた。
「いち・にい・さん! あっ、エイラ今の良かったわよ」
「えへへっ、ありがとーイザベラさん」
多目的ホールに、明かりが灯っている。まさか……
田中は、そ~っとホールに近づき、ドアの隙間から中を覗いてみた。
やはりそうだった。今日はもう解散と言ったのに……
ダンスの得意なイザベラが、今日の講習内容をエイラにレクチャーしていた。
エイラは歌が得意だが、ダンスは苦手なようで、それをしっかり受け止めてイザベラと居残りで練習していたらしい。
すると、田中の背後からただならぬ気配……!
「見ぃぃ~たぁぁ~なぁぁぁぁ~~」
「うわあああッ!!」
思わず大声を出してしまった田中。後ろから声をかけてきたのはミレイナだった。
イザベラとエイラが慌ててドアを開け、田中のもとへやって来る。
「あらあら、覗き見なんて、いい趣味してるわね参謀」
「あっ、参謀さん! 今日はありがとうございました。ワタシ、もっと頑張りますっ……」
田中は今さらながら平静を装い、彼女たちに返事をする。
「お、おう。あまり無理しすぎないようにな」
田中は思った。彼女のためにも、絶対にいい曲を作るぞ……と。
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