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第13話 リゼルの葛藤

 ——数年前、魔界。


 魔王城の最上階にある“魔王の間”には、張り詰めた空気が漂っていた。


 魔王の玉座の前には、()()()()を構えた勇者と、その仲間たちが武器を構えて立ってる。


「ふふふ、伝説の剣を持つ勇者よ。よくぞここまで辿り着いた。……だが、ここが貴様の墓場だ!」


 ——うおおおッ!!


 勇者たちの全身全霊をかけた最後の戦いが始まった。


 激しい攻防戦が繰り広げる勇者たち。


 魔王ガルダスを取り巻く上級クラスの魔物たちを蹴散らし、魔王との直接対決まで歩を進め、まさに一進一退の死闘が行われた。


 しかし、そんな善戦も虚しく、魔王ガルダスの圧倒的な魔力を前に、勇者たちは敗北を(きっ)する……。


「ふはははッ! 伝説の勇者もこの程度か!」


 高笑いをあげる魔王ガルダス。


 勇者たちは互いの体を支えあい「すいませんでした」と言いながら敗走。そのまま正界(せいかい)に帰還することになった。


 そんな様子を、玉座の後ろに隠れて見ていたのは、魔王の一人娘でまだ幼い頃のリゼルだった。


「パパ、怪我してる……大丈夫?」


 魔王ガルダスは振り返り、娘のリゼルを抱き上げた。


「なあに、この程度のキズ、明日には治るさ。もう勇者どもは返り討ちにしたから、安心して遊んでおいで」


 実際、ほんのかすり傷程度であり、魔王ガルダスはぴんぴんしていた。


 リゼルはその言葉を聞いて安心し、勇者たちの去った城の廊下に駆け出した。


 廊下に出ると、そこらじゅうの壁や床が破壊されていた。勇者たちが破壊したものだ。


 倒れたゴブリン兵やスケルトン兵が、担架(たんか)に乗せられて医務室へと運ばれている。


 すぐに建材の修理を行うオークたちも駆けつけ、先ほどリゼルが目にした壁や床の補修を開始していた。


 魔王軍の軍資金が潤沢(じゅんたく)で、すぐにまた別の勇者がやってきても対応できる状態にあった。


 リゼルはそのまま城下町へと出てみた。


 あの勇者たちも、この町を抜けて魔王城へやってきた。その証拠に、町の中も勇者が通ったであろう中央の大通りに火の手が上がり、通り沿いの建物がいくつか損壊している。


 どうやら一般の魔物たちにも被害も出たようで、瓦礫(がれき)に横たわっている魔物たちの姿もあった。


「くっそー! なんで俺たちまで攻撃されなきゃいけねぇんだ!」


 頭から血を流したゴブリンの男性が、魔王城のほうへ向けて路上の石を投げていた。


 ——ヒュッ ゴロゴロ


 その石が、偶然にもリゼルの足元に転がってきた。


 隣で付き添っていた女性のゴブリンが慌てて謝る。


「ああッ! 申し訳ありませんッ! ちょっとあんた、リゼルお嬢様に何てことを……!」


「あ……リ、リゼル様?!」


 リゼルは、その石をそっと拾い上げ、ゴブリン夫妻のほうを見る。


 夫妻はもう“死”を覚悟した。


 魔王様の一人娘であるリゼルに対し、当たっていないとは言え、石を投げつけるような行為が許されるはずもない。


 だが、リゼルはその石を握りつぶし、砂にしただけだった。


 そして、夫妻に近づいてこう言った。


「大丈夫?」


 震えて何も言えないゴブリン夫妻。


 見かねたリゼルは、肩にかけていたポーチから1万ギランを取り出し、夫妻に手渡そうとした。しかし、夫のゴブリンはこう言った。


「そ、そんなに金があるなら、町の修繕に使ってくれよ……。それに、もっと城下町の守りを固めてくれや」


 この時、まだ城下町を取り囲む外壁もなく、住宅エリアと中央部の区切りもあいまいだった。そのため、こうして勇者たちの襲撃によって、一般の魔物たちが被害を受けることがしばしばあった。


「ごめんなさい……」


 リゼルはそう言い残し、その場を去った。


 そして、次に訪れたのは魔王城の裏手にある“墓地”だった。


 そこには、これまで勇者たちの襲撃を防ぐために散っていった、魔王軍の兵士たちが眠っている。


 そして、今回の襲撃によって命を落とした兵士たちの埋葬が行われていた。


「あっ!」


 リゼルは思わず声を上げた。その視線の先には、リゼルがいつも世話になっていた家臣(かしん)がいたからだ。……ただし、担架に乗せられて運ばれている最中だった。


 慌ててその場に走り寄るリゼル。


「ジョセフ! ねえッ、返事をしてジョセフ!」


 その家臣は、犬の顔を持つコボルト種族。魔王一族への厚い忠心を持つ男だった。


 しかし、ジョセフはもう、いくら呼んでも返事をすることはなかった。


 リゼルは悲しみに暮れた。


 魔王城の自室に閉じこもり、何日もジョセフとの別れに涙を流し続けた。


 その間、幾たびも新たな勇者たちが魔王城へ攻め入っては、魔王ガルダスによって返り討ちのされた。


 自室で泣き続けるリゼルにも、その情報だけは扉の外から家臣たちに聞かされていた。


 だが、悲しい出来事というのは続くもの……


「リゼル様! 魔王様が……お父上が倒れました!!」


 魔王の側近を務めるスケルトン兵、シェーデルの声がリゼルの耳に飛び込んできた。


 数か月ぶりに自室を飛び出し、シェーデルと共に魔王の寝室へと急ぐリゼル。


「パパ!!」


 ベッドに横たわる父、魔王ガルダス。


 その横には、回復魔法を当て続ける魔導士スケルトンが2名。しかし、魔王ガルダスの容体は芳しくない。


 するとシェーデルが低いトーンで状況の説明を始めた。


「おそらく、あの()()()()()が持っていた“伝説の剣”による感染症のようなものでしょう」


 グランセル王国の王家に代々伝わる“伝説の剣”には、魔を封じる力が込められていた。


 あの戦いで魔王が受けた傷は、どんなに回復魔法を照射しても癒されず、感染症のように全身を蝕んでいったのだ。


 リゼルが自室に閉じこもっていた数日の間に、一気に容体は悪化し、もはや命の危機に瀕していた。


 すると、辛うじて意識を取り戻した魔王ガルダスが、リゼルに気づいて声を出す。


「おお……リゼルよ……」


 息も絶え絶えに娘の名を呼ぶ魔王ガルダス。


 そして、配下の家臣たちも集め、こう言った。


「よく聞け、皆の者……この場で宣言する……」


 そう言って、右手の小指につけていた指輪を、震える手で自ら取り外し、リゼルに手渡しながらこう言った。


「今、この瞬間……娘のリゼルに“魔王”の座を譲り渡す。リゼルよ……魔王リゼルとして、この国を統治せよ……」


「えっ……?!」


 この時、リゼルはまだ成人すらしていない年齢で、政治のいろはも知らない子供だった。


 また、母親もリゼルが生まれてすぐに命を絶っており、ガルダスには世継ぎとなる子孫がリゼルしかいなかったのだ。


 ——そして、ガルダスはそのまま息を引き取った……


 身近な者を立て続けに失い、リゼルは失意のどん底にいた。しかし、なぜだか不思議と涙が流れない。


 あまりのショックによるものか、あるいは魔王の娘であるためか、それは誰にも分らない。


「リゼルお嬢様……いえ、魔王様。私シェーデルめが今後、魔王様を全力でサポートいたします。何なりとお申し付けください」


 そっとリゼルの横で魔導士のスケルトン、シェーデルが声をかける。


 父ガルダスの亡骸を前に、すっと立ち上がり、リゼルはこう言った。


「……パパを超える」


 こうして魔界には、魔王リゼルが統治する新体制の時代が訪れた。


 リゼルの右手の人差し指には、父から譲り受けた“魔力の指輪”が禍々(まがまが)しく光っていた——

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