演目︰繰り返す虚無、静けさの中に銃声
■■■■、エンプティ、依嗚、僕。
三度の死を経て、僕は何を得た?
答えは単純だ。僕は命を失い、魂を削り、人格を絞られ、記憶は溢れていくばかり。何も考えたくは無い、何も起こすべきでは無い。何にも干渉してはいけないのだ。
自室の中、隅でただ一人蹲っているだけだった僕を、引きずり出して光を溢し掬ってくれた彼女達に、僕はまだ何も返せていないのだ。
「──イオ・デンプテンプさん」
「…………」
それでも、眼前で頬杖をつくこの中性的な人型だけは、相容れずにいた。
「一体何のようだ、ライツェア」
「嫌だなぁ、顔を見ただけでこうも睨まれるのは……私も流石に傷付きますよ」
「知ったことか。僕は今、とてもじゃないが君に無理難題をふっかけられそうで鳥肌が立ってるんだ」
そう、ゴーストライター達を巡って何かしら成し遂げさせる、という行為は既に認知している。想華とシア、そして蓬はライツェアに何かを吹き込まれ、世界に入っていった。その詳細までは知らないが、今まで星巡りをしようとしなかった想華が動いたのなら、それ相応の何かをライツェアに提示されたのだろう。
だから、僕は彼が一体何を取引に差し出すのかが怖かった。
予想は幾らでもできる、ただそれが、ライツェアの基準に則るのかが分からない。彼の何を知っているのだ、僕は何も彼について知っていることは無い。いや、強いていうなら、館の外に出ることを禁じられていることだけ、か。
「……ふむ。ではこうしましょう」
ライツェアは小首をかしげ、頬に添えていた手を広げて指を鳴らす。
「私の真意を暴いてみてください。その回答次第で、代償の変換を報酬にお出しします」
「真意……」
「質問には幾らかお答えしますよ、無論、情報がゼロの状態から推察できるものでは無いでしょうから。人間の心というものは、繊細で緻密で、とても趣のあるものです」
彼のことを知るにも良い機会だろう。話すだけであれば、特に何かをされる心配は無い、はずだ。僕はおもむろに頷いた。
「真意、といっても……どの行動に関しての、という決まりはあるのか?」
「そうですね…………ふむ。“貴方達に向ける心情”とか、どうです?」
「…………どういう意味だ」
「貴方も薄々感じて、それを気味悪がっているかと思いまして。……違いました?」
確かに、暖かな視線は暗いその双眸から感じられている。それは母性に近く、しかし親という確立したものの持つそれには遠い。見守る意思、僕等を見つめ、感情の機微を確かめる意思。すべてを受け入れるでも無く、突き飛ばすでもなく、ただそこに居る。
この感覚は、一体何なのだろうか。
「シアさんも、想華さんも、蓬さんも……この感覚を、“母”に近く遠い何かと形容していましたが。その点、心当たりは」
「……ありは、するが」
返すと、ライツェアは目を細める。
「取り敢えず、質問を始めよう。……第一に、君はゴーストライターという枠に嵌まるには異質だ。生まれた直後から代筆者であるのは、君だけな筈だよな」
「えぇ、えぇ。良く覚えていらっしゃいますね。確かに、皆さん揃って死や死に近い状態を乗り越えてから、枯花参玉より意志と何かを継承しています。スピカでさえ、一度は死んでいるのですから」
「……命の石を持っていないことも、他とは違う」
「ご明察。持ち歩いていないのでは無く、もともと所持しておりません」
「どうして、君はそれでもここに居られている?」
少しだけ動きを止めて、ライツェアは目を見開いた。息を吐き、また頬杖をつく。
「魂石が水鏡面之世に居るための証になっていること、良くご存知ですね。貴方は、前例を見たことがありましたか……?」
「スピカに、魂石が破壊された人型がその場で消滅してしまう理由を聞いたら、そういうふうに説明されたんだよ」
「そうでしたか」
「……君はいつも、人の行動や感情を見透かしているような態度を取るな。どうして、そうも観察がうまいんだ? 考えすぎかもしれないが、杞憂ならそう言ってくれ。僕には君がまるで────」
「まるで?」と、ライツェアが薄ら笑みを浮かべて続きを促す。その声音に、僕はゾッとして後退する。何が変わったのか、何が彼の心の機微をわずかでも染み出させたのかは、分からないが。
「まるで……僕らの全てを知り尽くしているように感じるんだ」
「────」
ライツェアは黙りこくる。そして、意外そうに語尾を上げて喉を鳴らした。目を伏せ、立ち上がり、
「ふふっ」
不気味に笑う。
「残念ですが、その質問にはお答えできかねますね。私が答えてもらいたいのは、正にその“全てを知っている”という所にあるのですから」
「…………ぁ」
わかった、かもしれない。
それでも、まだもう少し、話したい。確信を持っても、まだ知るべきことが、彼の中にある気がする。僕は溜息を長く、深く吐いて彼の顔を見た。
何も考えていないような、感じていないような、それでもなぜだか、スピカと似たようなものを感じる。彼は一体、何者なのだ。
懐かしいような、淋しげな、あの双眸が。
悲鳴を上げているように見えて、僕は口を開く。
「ゴーストライターというのは、職業とするとどういう意味になるんだ? 文学とかそういうのには、あまり携わってきてないんだ」
「まぁ、貴方達は魔物と戦ったり、人の汚い側面を突き付けられたりと、あまり趣味や娯楽という方向に向かないことが殆どだったでしょうからね。想華さんも、読み書きの練習には絵本や詩集を使っていたと聞きますし」
「…………」
「あぁすいません。話の腰を折ってまで話すことでもありませんでしたね」
ライツェアはうなずきながら、牡羊の角を撫ぜる。
「ゴーストライターというものは、著者に代わり文章を書いている人物のことを指します。シンプルでしょう?」
「……僕等に付けられたその名前と、答えには関係あるか?」
「…………どうでしょう。あぁ……そう、ですね。多少はあるかもしれません」
「そうか」
ゴーストライター、代筆者。作者に変わる存在。代わりに物語を書く。考えられ、敷かれたレールを変わりになぞる。
僕等という存在の、骨組みともいえるその言葉。
その言葉で表すには、違和感の残る彼は。
すべてを知っていて、それでも尚、正史に手を出すこともしない。いや、違うのか。
────今行っているこの行為こそ、元々連ねられていたものから背く行為ではないのだろうか。
ライツェア。ライツェーア────ライタアー────ライター?
確か、ライターはWriterと書くんだったか。どこかの世界で、この言語を知っている人物が居た。
多少無理やりだが、ライツェアと読むことも出来る。
僕は深呼吸をして、ライツェアにナイフを向ける。
※ ※ ※
転生者
名前︰イオ・デンプテンプ
能力︰追憶
→過去の自分の能力を扱う
代償︰左目の濁り
Code︰b7282d 茜色
人称︰僕 君
武器︰ナイフ “cauda acuti” 弾幕
継承︰血




