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追憶のタムナジア  作者: Aster/蝦夷菊
【2】劇場の演目記録
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艾のうたた寝3

 ──うたた寝をしていたようだ。

 わたしは身を起こし、横で眠っているはずのトゥーを見る。しかし、


「……居ないですね」


 そこには誰も居ない。

 どうやら、幾日か前の夜、ライツェアとの会話を聞かれていたらしい。勘付いていたのはとっくの前から気づいていたが、わたしには話を切り出すほどの決意は固まっていなかった。

 ただ、相手から行動を起こされたのであれば、話は別だ。


「仲間が道を外せば、その度仲間内で手を差し伸ばし、戻してきた。それがわたし達狛人の、定められた宿命であり、するべき同族への協力の志」


 正義感で行動しているなら、すぐにでも彼の首を切り落とすのが良策だ。


「それでも、わたしは──」


 たった一人、置き去りにされたときの悲しみを、寂しさを、わたしは知っている。わたしはわたしなりのやり方で、彼を救うしかない。

 いつまでも施設の掟に人格を引っ張られていても埒が明かないのだ。そんなこと、とうの昔からわかりきっていたことなのだ。だからこそ、わたしは鎌を握る。自身の右耳から垂れる葉の形をした魂石のイヤリングに触れる。

 それはわたしに蓬色の光を返し、勇気と決意を預けてくれた。


 ※ ※ ※


「トゥー」


 眼前で蹲っている彼の姿は、とうてい“トゥー”とは思えなかった。それでも、顔の半分がまだ出ていて、身体に巻き付く怨穢の本質、黒々としたそのモヤに、わたしは尖先を向ける。


「……はは、なんだ、ずっと前から、バレてたんじゃん。俺、かっこ悪いとこ見せないようにってさ、頑張ってたんだぜ?」


「…………」


「ホント、ズルいぜ、……ゼロ。俺が怨穢だって分かったなら、……最初から、切り伏せれば、良かったじゃんかよ」


「それができないこと、貴方はよくわかっているはずですよ」


 乾いた笑いをこぼして、脱力しきったトゥーは目を開き、わたしを見る。


「…………なぁ、頼まれてくれない?」


「お断りさせて頂きます。貴方はわたしについてまだ知らないことがあるようですし、一つお教えしましょう」


 得物を構え、ついに全てを淘汰したモヤへ向かって駆け出す。怨穢と化したトゥーはその自我を封じ、わたしに向かって彼の得意技であった剣の投擲を行ってくる。モヤで形成された刃はわたしへ容赦なく飛ばされるが、


「甘いですよ」


 一つもかすることなく、わたしは間合いを詰めた。間近に迫った剣を握りしめて破壊し、────モヤがわたしの足首に巻き付いて宙吊りにする。

 しかし、わたしは素早く身を回転させ、モヤから抜け出した。体勢を直し、素早く駆け、木を足蹴にして飛ぶ。それから葉を散らして、鎌を振り下ろす。


 再開したばかりのあのときのように、鎌を置き、仰向けに倒れ込んだ怨穢に手を突っ込んだ。

 中にある人の体であろう部位を掴みひったくると、予測したとおりトゥーの顔が浮き出る。


 息を吐くと同じ瞬間に、わたしは彼の頬を目一杯平手打ちした。


「──わたしは、貴方の言った力に少し語弊があると思いました。わたしの力は確かに怨穢を消すことですが、結果として残るものに違いがある」


 トゥーは濁った双眸をかろうじて開き、こちらを見る。


 手を伸ばされ、その一拍あとに、わたしの腹部めがけモヤが伸び、貫く。


「…………わたしの力は、魂石を破壊せず怨穢を消し、中に取り込まれた人型を残すことができるんですよ」


「────」


 トゥーが口を開く。わたしはその口に手を当て、言葉を紡ぐのを止める。モヤがまるで食虫植物のように牙を生成し、わたしを取り込もうと迫ってくる。


「良かったですよ、トゥー。一瞬でも、心臓目掛けて伸びたモヤの軌道をそらしたのは、確実に貴方の手柄です」


 言うと、トゥーは「へへ」とかぼそく笑った。


「……“心臓だったら”、終わっていましたからね」


 鎌を振り、トゥーが目を伏せたことを合図として受け取る。怨穢の中枢、モヤの中にある固体を切り落とし、即座に彼の魂石を拾い上げて────口づけをした。


 白く淡い光が辺りを包み、魂石からモヤが晴れていく。









 ※ ※ ※


「はぁ、全く。貴方がわたしの話をきちんと聞いてくれていて助かりました」


「“心臓は継承部位”、“継承した部位を壊されると消滅するが、それ以外では死ぬことすら無い”ってな。重要なことだと思ったし、この言葉で確信を持ったんだ。俺のことに気付いているって」


「まぁ、確かに警告の意味もありましたが」


 わたしは腹部の傷が消えていることを確認し、トゥーに微笑みかける。


「にしても、その仕事と頭の回転の速さには恐れ入るぜ。怨穢が実体化してすぐに終わらせやがって」


「おや、怨穢のままの方が良かったですか? 一応、時間経過と比例して、後遺症の可能性も上がっていくんですよ。場合によっては、わたしでも介錯を選んだかもしれませんし」


「おっかねぇ……」


 トゥーが身震いする。わたしは苦笑しながら、彼の手を握った。そして、歩き出す。


「どこ行くんだ?」


「ロゼと会いたいのでしょう。そして、他の世界も見てみたいのでしょう? 今となっては、とても簡単なことになりました。わたしもいます」


「……良いのかよ、話じゃ、呼ばれた人しか鈴の岬には行けないんだろ?」


「────十分、貴方は岬に行く条件に見合ったものを見せてくれました。それに、これは(わたくし)から蓬さんへ向けての、ささやかな報酬ですよ」


 と、ライツェアが星扉の裏から滑らかに出てくる。唖然とするトゥーに薄ら笑みを浮かべるライツェアは、特に言葉をそれ以上かけることもなく、扉を開けた。


「さあさ、お帰りくださいな」


「……とりあえず…………ゼロ、行くか。行ってから、長話をご所望するぜ」


「はい」


 わたしはトゥーの手を握ったまま、星扉をくぐり鈴の岬へと戻る。もちろん、ライツェアもそれに続いて入ってきた。


 しかし、彼はふっと影に消え、自室にすぐ戻っていってしまっていた。




 ※ ※ ※


「えぇ、えぇわかっていますとも。…………本当に、読者の皆様は、目が鋭いのですね?」


 雁鳴蓬の代償は変換された。


「もう“変換”の意味はお分かりでしょう。しかし、真相の公開はまだ先ですので、どうぞお楽しみに」

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