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追憶のタムナジア  作者: Aster/蝦夷菊
【2】劇場の演目記録
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艾のうたた寝2

「神の……導きですか」


「そう、導き。神は気まぐれと良く言われるけど、これは本当に神様の恩恵だぜ。最後の慈悲と言ってもいいけどさ」


 トゥーは剣をゆっくりと下ろし、わたしが手を離すと水面を弧を描いて斬る。水飛沫が彼の顔を反射し、数多の表情が垣間見え、わたしは目を伏せる。

 “疑わしきは罰せよ”──施設で教わり、自らもその言葉の意味を重く受け止めるに至った。


 わたしは鎌を形成し、それと同時に躊躇い無く水路に飛び込む。トゥーの脇下に足を置き、鎌の刃先を彼の首元に添える。仰向けに倒れ、その上にわたしが覆いかぶさる形だ。

 水浸しになりながらも、決して声を上げない。少なくとも、この反応から彼がトゥー本人であることはわかった。


「……あれ、怪しまれちゃった? ゼロ?」


 トゥーは横目でわたしを覗き込む。


「────残念ですが、わたしは現在どこにも所属していません。そも、この世界に入ることすら初めてですから。……そして」


「ゼロは“何よりも仲間を第一に考える”」


「…………」


 鎌を霧散させ、立ち上がる。トゥーは頭を掻きながら、「ひぃーっ」と音を上げながら体を起こした。


「まったく、敵わないね……。疑ってた訳じゃ無いんだぜ? でも、俺っぽくないこと言ったからって、この行動には了承できないよ?」


「……今の台詞、ロゼから?」


「まあ、そうだね。俺けっこう記憶力は良い方だからさ。良くシスターに報告行くとき、皆して俺に任せてた位じゃん」


「…………そう、ですね」


 トゥーは昔から誰にでも愛想が良かった。ロゼと会話をして居るのも、わたしはよく知っていた情報だ。


「相変わらず、ゼロはあんま笑わないな。でも、昔よか表情が柔くなった気がするぜ」


「────」


 ……そうなのだろうか。

 わたしは咳払いをして、トゥーに手を差し出す。彼を立ち上がらせ、水路から出て街路に戻る。


「それと、大分やり方が大胆になった」


「……わたしも、色々とありましたから。手口や人格に多少なりとも変化は生じるでしょうね」


「ははっ、なら俺も変わってんのかな?」


「どうでしょう。先程の発言を除けば、あまり変化は無いように思えます」


 トゥーは「そうかい」と短く返答して、わたしの手を握る。どうやら、どこか場所を移したいようだ。……確かに、この濡れた服では周囲の一般人に迷惑がかかるやもしれない。


「どこへ?」


「人気の無い場所。俺の野営地、みたいな?」


「了解です」


 ※ ※ ※


 人気の無い場所、と聞いていたから、予想していたのは何か地下街のようなものか、もしくは路地裏の先にある廃墟か何か。しかし結果として眼前にあるのは、ちょっとした洞窟に敷かれた布とランタン。

 なるほど野営地“みたいな”というこの不確定要素を産む原因は、この洞窟が然程広くもなく、言ってしまえば洞窟という名称さえあっているのかどうかが曖昧であるからか。


 なんというか、戦の際に使われる土を掘って戦車から身を隠す為の場所のような……。



「さてと。今日の所はそうだな、俺が知ったことの中でも、ゼロに関係がありそうなことを話そうか」


「……関係のあること、ですか」


 トゥーはニヤリと笑う。


「俺の知らない場所のことだけど、ゼロなら知ってるだろ? 確か……鈴の岬って言ったか。そこの話だぜ」


「たしかに、わたしはその場所を知っています」


「だと思った」


 指を鳴らし、トゥーは片目をつむる。

 岩肌の上、冷たい空気を吸いながらわたし達は向かい合い、暗くなっていく空の下、話を始める。


 それがどれだけ虚しいことか、知っていながら。




【最初の話︰鈴の岬】


 鈴の岬っていう名前の由来はどうやら、鈴が神を呼ぶ役割を担っていた伝説があったから、らしい。俺はよくわからないが、この空間──いや、宇宙全体として考えたとき、この宇宙は元々あったものでなく、一人の人間が考えて創り出した意識の中のものだっていうんだ。

 そして、今俺達が動けているのは、宇宙のバランスを保つコアが自動であれ何であれ稼働しているから。


 宇宙の中に漂っている空間は主に二つあって、それが鈴の岬ともう一つ、鎖の世って呼ばれているものだ。この二つは細い鎖で繋がっていて、鎖の長さは永続的に変わっていっているらしい。

 どうやら、その鎖の長さが無くなって空間と空間が接したとき、宇宙が終わるんだとさ。なんだか曖昧で、実感も沸かない不可思議な情報だよな。


 ケガレっていう存在が、鎖を短くする。これを消すと、鎖が長くなる。因果関係は謎だが、これは確かだぜ。


 鈴の岬には、俺達のこの世界も含まれてる。もちろん、そとに無数に広がっている世界もだが。



 宇宙は言い換えれば、創造元の人間が死の間際に見ている走馬灯のようなもので、自身の記憶を歪ませまくった結果が俺達の物語ってわけだ。

 とにかく俺が言いたいのは、走馬灯なら、過去の記憶が蘇っていってるわけだろ? つまり、なんの記憶が自分たちの世界に反映されているかと解読できれば、何が起こるのかも多少は推測できるんじゃないかと思ってな。


 ……まぁ、俺は頭が悪いし、こういうことはゼロが持ち帰って検討してくれよ。

 きっと、もう考えてもしょうがないだろうしさ、俺にとっては。だから、頼むぜ。何か分かって、俺がまだ生きてたら、教えてくれ。





【二日目の話︰ゴーストライター】


 そういや、ゼロはゴーストライター? ってやつなんだな。どんな職業なんだ? え、職業ではない、か。

 別名代筆者、なんだかカッコイイ名前だな。名前といや、俺達は番号で呼ばれてて、それがそのまま名前になってるわけだけど……ん、ゼロは名前を持ってるのか? 


 …………なんだよ、黙りこくって。教えてくれたっていいだろ? え? あとで?


 分かったよ。余計な詮索はしない。


 ゴーストライター、か。

 いや、少しひっかかることがあってさ。創造の力が個人個人で個性のある能力に変化していったのは分かるが、ちょっと変じゃないか?

 枯花参玉──つまりコアが、宇宙を保つために行っている作業を力と考えると……。一つ足りない気がするんだ。


 世界を鈴の岬につなぐ力『星つなぎ』。

 人を世界に繋ぎ止める力『整理』。

 人と人とを繋ぎ、縁を紡ぐ力『あやとり』。

 循環を回しバランスを保つ力『慈悲の葉』。

 過去と現在とを分かち理解する力『追憶』。

 事象と記憶を残す力『記録・記憶』。

 境界を作り溶解を防ぐ力『縁結び』。

 魂と同調しシナリオを紡ぐ資料を作る力『アドリブ』。

 人の心情を尊びくるむ力『花葬』。

 影を作り世界に陰影をもたせる力『影踏み』。


 でも、重要な部分が無い。

 物語自体がなけりゃ、この力は全部無意味なんだぜ。


 つまり、ゴーストライターはもう一人居るってことだ。

 『執筆』──世界を作り出す力を持った、誰かが。でも、その誰かを誰も見たことはないんだよな?


 もしかしたら、見えない場所に居るのかもな。重要な要になる存在が、命を脅かされるような場所に行ける権利を持てるとは考えにくい。


 ……なんだ、ゼロ?

 全然頭が良いって? …………いや、実は俺が話してるの、ほとんど調べものの成果そのまんまなんだよな。

 でも、……褒められんのは、悪くないぜ。


 ※ ※ ※


「今日はこれくらいだな。じゃ、俺は寝るぜ」


「はい。おやすみなさい、トゥー」







 ……わたしは立ち上がり、洞窟の外にでる。月の光に照らされ、わたしの影ができる。それを眺めていると、ライツェアが不意に顔を出した。


「…………お呼びなんでしょう?」


「怨穢には対処法も、対策も無い。そうですよね、ライツェア」


「えぇ、えぇそうですよ。それがどうかしましたか?」


 ライツェアはわざとらしく、わたしに自分から言うことを望んでいるのかとぼけている。


「……怨穢って、本当に────本当に、“自然発生する化物”なんですか?」


 そう問えど、ライツェアは顔色一つ変えず、細めた瞳をこちらに向けている。わたしは深くため息を吐いて、トゥーの方を見た。静かに寝息を立て始める彼の顔を見つめる。

 拳をギリギリと握りしめ、垂れる血に目もやらず、わたしは視線を戻した。


「…………介錯人はお辛いでしょう、さぞかし残酷だと、(わたくし)を否定するおつもりは無く、結局は自らを叱責する貴方は、とても優しいですね。蓬さん」


 いつまでも他人行儀なライツェアは、口を閉じる。目を伏せ、胸元に手を添えて、わたしの影から出る。足を地面に付け、月光に照らされたその長い髪をなびかせ、牡羊の角を柔く撫ぜた。


「しかしどうやっても、怨穢というものは無遠慮に人の魂を食らう。でも、安心してください」


「──?」


 ライツェアは暗い瞳に、初めて光を宿し、真剣な眼差しでわたしを見る。


「────貴方ならできますよ、大切なご友人を、仲間を、なくしたと思っていた同族の少年を」


「────」


「だからこそ、(わたくし)は貴方に提案したのですから!」

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