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追憶のタムナジア  作者: Aster/蝦夷菊
【2】劇場の演目記録
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艾のうたた寝1

 目的は“怨穢の浄化”。しかし、提示された内容に“対話”が入ってくるとなれば、警戒せざるを得ない。元々素性の知れないライツェアからの提案であり、情報を得た方法も未だ説明されていないのだから、信用に値するかどうか吟味するのは避けて通れないのだ。

 だからといって提案を断ることも自分の性分でない。


 思考を巡らす内、枯花之道で止まっていたわたしの肩を、優しく叩く。ライツェアは横から顔を出し、「行かないんですか」と囁いてきた。


「……今、行きますよ」


 微笑みを浮かべるライツェアをよそに、わたしは扉を開き、その先に踏み出す。


 ※ ※ ※


「────」


 広がっていたのは、小さな広場だ。街並みの中にある星扉の周りに、庭園の様な植物や草花が植えられていて、色鮮やかなその広場の中心に、星扉はある。

 後ろ手にライツェアが扉を閉め、周囲を見渡してから、私を見て小首を傾げる。


「……どうしました?」


「いいえ。何でも」


 そう言うが、ライツェアは何かぼんやりとしていて、周囲の人の流れを目だけで追っていた。わたしは心配になり、ライツェアの手首を軽く掴み、近くの裏路地に入る。


「あの、蓬さん?」


 なぜ引っ張られているのか理解できずにいるのか、彼は裏路地の一歩手前で止まり自分を見つめるわたしに、怪訝な顔をする。わたしは短く息を吐いて、彼の華奢な身体を下から上へと見る。しかし、得に外側から見て異常は無い。とすれば、


「能力に何らかの障害が起きましたか? それとも、件の怨穢の場所が分からなくなったり、もしくは────」


「あの、待って下さい」


「…………」


 ライツェアは手を前に出し、上下に軽く揺らす。それから顎に左手を添え、少しの間考えて、今度は右手の人差し指をこめかみに当てた。


「……やっぱり」


 手を下ろし、影に溶け込む。ライツェアはそのままわたしの影を踏み、真後ろに回り込んだ。


「どうやら時間が戻っているようです。この時間帯なら────怨穢はまだ居ませんね」


「成程」


「どうしましょうか? 普通に戻っても、ここで待っていても、怨穢はどちらにしろ生まれますが」


「止めるという選択肢は?」


 聞くと、ライツェアは影にまた溶け、そのまま答えずに黙りこくる。返答を促そうと口を開きかけて、わたしは彼の真意を察し、閉じた。 それから、顔を覗き込んでこちらと目が合った少年に、わたしは息を飲む。

 真っ白な髪に薄赤のグラデーションがかかっていて、蓬色の双眸がキラリと光る。


「──あれ、『ゼロ』か?」


「────トゥー?」


 それは見間違えようがない。何も変わらず、成長したかつての仲間であり同族であるトゥーが、眼前でこちらに手を振っていた。


「やっぱりゼロじゃんか! ……って、デカっ。最年少のはずなのに、背越されるとかびっくりだぜ」


「トゥー、貴方……」


 駆け寄ってきたトゥーはわたしを見上げ、目を丸くして言う。が、そんな話よりも確認したい事項がわたしに影響する感情の振り幅が大きく、わたしは言葉を探して口元に手を添える。目を泳がせ、伏せ、しばらく逡巡してから、わたしはトゥーの肩に手を置いた。

 トゥーは小首をかしげ、懐かしい声でわたしの旧名を呼ぶ。


「どうして、ここに」


「……? あぁ、そっか。あの時、俺はあそこに居なかった……そうだよな?」


「え、えぇ」


「実はさ。俺、あの施設が怪しいって感じて、ちょっと調べ物しにここに来てたんだ」


 わたしの問に、あの頃と変わらず気さくに説明するトゥーは、はっとしてわたしの方を見た。


「──そうだ、ゼロ達は無事にやれてるか? あれからずっとあってないし、こっちに派遣されてるところも見ないしで……。ん? ちょっと身なり変わってるよな。ゼロ、何かあった────」


 トゥーの声が途切れる。わたしを見る双眸のすぐそば、眉がハの字に垂れた。

 何も説明できず、息を吸いも吐きもせず、わたしはただトゥーの顔を眺めて口をつぐんでいる。わたしと彼しか、もう同族この世界には居ないのだと、他の世界には居ても、まだ生命を維持しているのかは分からないのだと、……どう言ったって傷つけてしまう。加えて、もう彼は感づいているのだろう。気付いてしまったのだろう。

 隠しとおすこともできず、赤裸々に語ることもできない。それでもわたしは、愚かにも“生きていてくれて良かった”だなんて、“あの時に獣の影響を受けていなくて良かった”だなんて、安堵しているのだ。


 トゥーは寂しそうな、それでも優しい微笑みを浮かべて、わたしを抱きしめた。


「そ、っか。皆……死んじまったんだな」


「……トゥーは、トゥー、は…………悪く、ありません」


「いいや。俺のせいだよ。ゼロはきっと、最後まで諦めなかったんだろ? 俺の調査がすぐ終わってたら、間に合ってたんだ。……きっと」


 鼻を鳴らし、トゥーは目を伏せる。


 ※ ※ ※


「────そんなことが、あったんだな」


 要約された過去の説明を終えると、トゥーは街並の中、水路にかかった橋の柵に腰掛けて周囲の光景を眺めた。


「世界が崩落し消滅する前、俺は相棒を見たよ。だから、間違い無く何かが起こったのはわかってた。でも……みんな俺よりも強かったし、過信しすぎたんだ」


「…………」


「でも、ゼロが生きててくれて良かった」


 何も言えないまま、わたしは柵に手をかける。


「なぁ、ゼロ」


 トゥーはわたしの方を見て、薄ら笑みを浮かべた。


「──実はさ」


 飛んで身を翻し、水路の小石に着地する。振り返って、トゥーはわたしにむけて自慢の剣先を向けた。


「俺達以外の事でなら、有用な情報を知れたんだ。そして、絶好の機会にゼロが訪れた──これは」


 トゥーの足元で、水面に反射する光を遮る彼の影の中で、揺らめくライツェアの瞳が細待った気がする。

 それに酷く不安を覚えながら、わたしはトゥーの剣の側面に手を触れる。


「────まさに神の導きだ」

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