縫い合わせる糸2
「ん…………」
「お。……起きたか」
頭が重い。額に手を当てながら、目を開ける。出来るだけ体を動かさないようにしながら、自分の現状を確認しよう。
髪飾り────外されてないし壊れてもいない。体、頭重感以外に特出すべき異常も何も起きていない。感覚──異変なし。記憶や意識、確認せずとも自分のままだ。だが、
「頭を強く打っていたみたいだ。階段から転げ落ちてしまったんだろう。頭の傷は手当したけど、他に痛むところはないか」
「…………」
慎重に見極めろ。もしかしたらコレは、意外にも使える状況を作り出せるかもしれない。いや、それは嘘になり得──、
『嘘を吐いても良いと、俺は思うよ。シア。ライツェアも言っていたし。上手く状況を利用してみたら?』
『相手もこちら側に確認しようとしていることがある、ということに重点を置いてください。嘘を吐くかどうかは任せますが、記憶をきちんと失ったていで進めるのも悪くないと思います』
「…………大丈夫です」
「そうか。……聞くけど、ここまでどうやって来たんだ? 君みたいな若い人でも、ここの森は危険だと思うんだけど」
「……森?」
──僕、は。
「どうした」
「…………森って、なんの事ですか? ここ、森の中、なんですか? その、僕は……」
精一杯、演じてみる。シロとクロが感心したのか「おお」と声を出すが、僕の胸は苦しいのと緊張しているのとでそれを気に留める余裕がない。
冷や汗が出る。バレていないだろうか。嘘を吐く側は、ここまでになるものなのか。
意識的に行うとなると、平静が崩れてしまうのだろう。
「記憶、ないのか」
眼前の人型は表情に少し出てしまっている。僕であれば見逃さない筈の、人を欺こうとする、瞳が許せない。
それでも、僕は目を伏せて、腕に手を当てる。
そして、手袋をひらりと少し上げ、その爛れた皮膚を見て驚いてみる。すぐに戻し、隠そうとする仕草を見せてから、彼の反応を見た。
「…………本当、みたいだな」
小さくそうこぼした声が聞こえる。が、僕は聞こえないフリをした。
『シア、足動かせるか』
クロの問い掛けに、僕は身を起こそうとする。しかし、男は慌てて僕の肩を掴み寝かせた。動かないでほしいらしい。
ゴーストライターである以上、継承した部位以外ならば人間と比べられない程の治癒速度を持っているが、僕は警戒されないよう、代筆者になったときから細かく肉眼では見えない程の糸を傷口に広がらせるように細工している。それで自然治癒を遅くさせていた。
「……俺はここで孤児院を営んでる。森に捨てられたり、迷ったりする子供が居てな。可哀想だし、街に帰そうにも魔物が居て送るに送れなくてさ」
頭を掻きながら言うが、その声色は“嘘を吐くのに慣れている”ものだ。僕は奥歯を噛み締めながら、手袋を擦った。
「なあ、さっきその内側見てビックリしてたけど、何かあったのか」
「…………えっと、見ないほうが良いと思います」
「一応、確認させてくれ。俺からすれば、君は年下に見えるし……年齢は聞かないけど。それに、頭部の損傷は命に関わる場合が多いからね」
それが理由として適切なのかはともかく、僕は頷いて腕を差し出した。
男は手袋を外し、少し目を見開いてから袖も捲くる。片方だけ見て、あとは手を止めた。
「……両方こうなのか?」
頷く。
「そうか。そりゃびっくりしたな。……なぁ、これじゃ君も帰るに帰れないだろ……ここで暫く過ごさないか」
「暫く……って、帰れないんだったら──」
「いや、実はあるんだよ。帰らせる方法が。森を偶に巡回しに来る、強い奴等が居てさ。その人たちに頼んで、来るたびに少しずつ子供達を任せて街に送らせてもらってるんだよ」
また嘘を吐く。
つまり、この人型は子供達に家に帰れる安心感を抱かせながら、誰もいない森を見せて呆然としているところを、酷く殺していくのだ。
それによって感じられる感情も、それをする理由も、理解したくもないが。
だとしたら、子供達が抱くこの男への信頼を、どうにか真実を見させて崩すしかない。
「そうだ、子供達に君のことを紹介してくるよ。まだ傷は塞がってないから動かないでくれ」
僕は静かに顎を引いた。
※ ※ ※ ※ ※
男が部屋から出ていくのを見てから体を起こす。
『足、確認してくれ』
……動くが、少し重い。
『呪術の一端だな。体の一部機能を低下させたり、部位の感覚を麻痺させる』
『……そうだ、能力は? まだ使えるんですか?』
手をかざし、糸を出そうと力を込める。
───────。
──────────。
────────────。
「……能力の使用禁止ですか。ハサミは…………出せますね。梯子を降りる前に霧散させといていて良かったです」
『問題は、ライターの能力が使えないなら、ライターの定義である“継承した部位の破壊でしか消滅しない”というのが、真偽が不確かになって迂闊に命を投げ出せないってところですね』
『命を投げうって欲しいわけでもないが、この場合は何が起こるか分からないしな……』
「そう、ですね」
僕は横たわり、先程と同じ体勢になる。
『…………やっぱり、痛いものは痛いよな』
「出来れば、傷一つ負うことなく終わらせたかったんですけれどね」
こればかりは自分の注意力が散漫だった。髪飾りを撫ぜながら、溜息を吐く。
シロとクロはまた気配の探知をしていて、僕はゆっくりと呼吸しながら逡巡した。
──まず第一に、男との正面からの衝突は避ける。能力がない以上、どれだけ対抗できるのかが分からない。そして、不確定要素があるなら、それを運頼みにして突っ込んでいくような度胸は無い。
そして、子供達に真実を伝える。これは、口頭で一度男へ疑問を持たせてみる。その次に、男の目を盗んで外に出て、子供達に男の残酷な行為を目にしてもらう。その際に殺されるのは、私の幻影だ。
クロには幻影を見せる魔術を扱う力がある。シロとクロとのつながりが絶たれていない以上、彼女等の力は行使する事が出来る筈だ。
「お姉さん、大丈夫?」
「へっ?」
思わず声が漏れる。部屋の扉から身を半分出してこちらを見ている男の子が居た。
「……はい、大丈夫ですよ。貴方は?」
「“ワトソン”。お姉さんは、ぼく達のこと助けてくれるの?」




