縫い合わせる糸1
星扉に背を預けながら、周囲を見渡す。この世界は賑やかな街の教会に扉があるようだ。
教会は繊細なタッチのステンドガラスから差す太陽光と、お洒落なシャンデリアで照らされている。全体的に白で統一されているが、信仰対象の印象を表す色なのか黄色の絨毯や小物があった。
僕は咳払いをして、ハサミがあることと、能力が扱えること、そして────、
「シロ、クロ、聞こえますか」
『聞こえてるよ、シア』
『ばっちり届いてますよ』
髪飾りに宿っている人工の霜光──シロとクロとのつながりの確認をする。そうしてから、扉から背を離し、人を探しはじめる。
幸運なことに、人はすぐに見つかった。身なりからして、教会の人物なのだろう。僕の気配に気付いた男性は長椅子の一つに座っていたがそこから立ち上がる。そして僕を見ると、微笑みかけた。
深い緑の髪、目を刺すような琥珀色の瞳。双眸の色はちょうど、絨毯と同じ色だ。色々な予測や思考は飛び交っているが、まずは観察と現状の確認をするための情報が先だ。突っ走っては救えるものも救えなくなる可能性がある。
「おや、旅人さんですかな。珍しいものだ、神の創りたもうた神聖な扉からここへ来た者は。歓迎致しますよ」
「……僕はシア・ホムンクルスと申します。貴方はここの神父様、ですか」
目を細めるが、出来る限り感情が表に出ないように最小限に留める。
神父と思われる男性は目を伏せた。…………“伏せた”、“目線を反らしながら”。
「えぇ、まだなってまもないですがね。わたくしはダンテ」
嘘を吐いた。胸中が掻き混ぜられるような感覚を覚える。
「如何致しました? 何やら顔色が…………」
「いえ、大丈夫です。それよりも、少し伺いたいことが」
「えぇ、えぇ。シア様、何でもお聞きくださいな」
ダンテは胸元に手を添えて、穏やかに頷いている。僕は深呼吸をして、体の前で手を組み、彼の顔を見つめた。
────嘘。嘘は、嫌いだ。それでも、ライツェアは嘘を受け入れ、嘘を吐くことにも目を向けろと言った。ライツェアのことは半信半疑ではあるが、発した言葉の一つ一つが、どうも引っかかる。まるで我が子を見るような、諭すような目で僕を、代筆者を見ている。
※ ※ ※ ※ ※
「ダンテさん、ありがとうございました」
「いいえ。わたくしも、シアさんとお話が出来て良かったです。またいつでも、会いに来てください。……ここは、静かで寂しい場所ですから」
「…………わかりました」
背を向け、教会の大きな扉から外に出た。
────瞬間、辺りの風景や静けさ、五感の全てが違和感に警鐘を鳴らす。
振り返る。そこには────、
「今のはまさか、念視? それとも、幻影……」
廃れた教会があった。賑やかな人々の足音や声は無く、ただ緑に囲まれて風化しているそれは、先程とは絶対に様子が違う。僕は目を凝らし、崩れてしまっている扉とその周り、そして教会の奥を覗く。
あるのは、神父が教典を読むような机に、長椅子が幾つか。その机には神父の黒い、破けてしまっている服がかけられているのが見えた。
『シア。────シア』
「クロ? どうしたんです」
『どうやら、この教会地下があるみたいだ。そこから、何人かの気配を感じるよ』
『もっと言うと、その内一人は大人、あとは子供が数人です』
ダンテ、だろうか。
『ダンテさんが吐いていた嘘は、暖かかったですよ。多分、彼はいい人型です』
『自分もそう思うよ。シア、確かめなきゃ』
「分かった」
古びた教会の中を、足場を探しながら歩き、奥に進む。
『シア、机の下』
クロに言われて下を見ると、微かに冷たい空気の流れを感じる。机を退かし、床に亀裂が入っているのを見て、僕は糸を間に滑り込ませた。
それから向かいの亀裂に伸ばし、そこから出す。糸を結んで、上に軽く引っ張ってみる。と、隠し通路が現れた。
「……ふぅ」
『嘘への苦手意識というか、恨みというか……そう考えてるかもしれないけど、俺達としては“トラウマ”っていうのが一番近い表現だよ』
「分かってます。吐かないのが一番ですが、もしもの時はきちんと言葉を選ばなくては」
『それに……もしかしたら、大人の方じゃなくて、子供にも嘘を吐かなきゃいけないかもしれませんね。でも、私達はきちんと分かっていますから。シアなら大丈夫ですよ』
「…………ありがとうございます。行きましょう」
梯子を下り、視界が暗闇で蓋をされる。
※ ※ ※ ※ ※
『ん、地面についたね』
地上への距離は、大体八メートルくらいか。ただ、天井は高い。薄ぼんやりと、壁に掛けられた灯りが暗闇を照らしてくれている。
僕は壁寄りを歩いて、警戒しながら進む。クロとシロが感じ取ってくれた気配──その内ライツェアの言っていた“子供を誘拐し傷つける”人物だろう、その人型がいつ襲ってくるかも、ヒョッコリと子供が出てくるかも、可能性だけで見ればいくらでもパターンは考えつく。
階段が見えてくる。僕は早足でそこに近付き、下の様子を確認しようと、前屈みになって階段の先を覗きこんだ。
『────シア!』
「…………! しまっ──────」
ゴツン。強い衝撃が後頭部左側に走る。もともと暗闇だったからか、聴覚や触覚、嗅覚でしか自分の意識の有無がわからない。
どうやら、僕は気絶させられたようだった。




