枯れゆく枝葉2
暗い森。視界は狭く、音も木々の揺れる音くらいしかまだ聞こえない。気配も無い。
「懐中電灯……じゃ、あんまり変わらないか」
セイカの点けた懐中電灯の光は心もとなく、広がった明かりが暗闇にすっと吸い込まれるように消えていった。
「…………マズイなぁ」
「ふむ」
私は瞑目し、自身の魂の形をしっかりと脳内でつかんだ。瞬間体の感覚がシンプルなものに変わり、目に見えて視界の下側が空く。後ろでセイカが驚きの声を上げているのが聞こえる。
「霜光にも成れるんだね。そこは他の一等星の人型と差は無いんだ」
「こういう黒霧には、精霊術や精霊の力が良く効くと聞いたことがありましたので。どうでしょう、見えますか?」
体から出る私の光が、黒霧の先を照らした。
「おーっ、見える見える! ありがとう、想華ちゃん」
「いえ、お役に立てて嬉しいです」
「んふ。……さてさて、人食い鴉はどこに────」
瞬間、枝葉が揺れてセイカの腕を掴んだ。パシン、という音と共に、枝は萎縮してセイカを引きずろうとする。私は唇を噛みながら、懐の小さなトランプカードを飛ばした。
カードはクルクルと回転して宙を舞い、弧を描いてセイカを持ち上げる枝を切り刻んだ。
駆け出し、セイカの着地点に腕を伸ばす。すぐに腕へセイカの体が落ち、体中に衝撃が走る。予備動作無しの人型への変化は、少し目が眩んでしまう。
「おっとと……」
セイカを立ち上がれるよう支えながら、私は周囲を見渡した。
────厄介だ、コレは。
木々自体が怪物。この森は怪物の集る、言ってしまえば怪物の腹の中だ。……早急に調査を終わらせて、帰るときには時を止めてでも安全性を確保しなければならないだろう。
「ビッ……クリしたぁ」
セイカは目を見張り、掴まれた腕に刺さっている木の破片をはたき落とす。怪我はしていない。布の繊維に引っかかって表面が削れただけのようだ。
深呼吸を挟んでまた霜光になり、私は先を照らしながら警戒する。私の力がどれだけハルピュイアに効くのかはともかく、どんな手を使ってでもセイカの命には手を出させない。それだけは譲れない、私の執着────悲願だから。
「想華ちゃん、あそこ」
「────」
私は人型に戻り、セイカが指をさした先、木の上から、一瞬光るものを見る。鋭い光、少しの風、いや違う、これは────、
「──想華ちゃん!」
強い衝撃と共に意識が途切れた。
※ ※ ※ ※ ※
「────待っ、アタシは──駄目! ──は、────!!」
「…………ん」
目を開く。片腕が折れてしまっている。足は──無事だ。なら良い。私の継承した部位が無事なら、命さえあればどうやったって──。
立ち上がる。鼻血が垂れて顎から地面に垂れた。痛みが遅れてやってきたが、気にする余裕も無い。離れた位置にある刀を持ち、ふらつく足取りを憎みながら顔を上げる。
その先に、首元に手をかけられ、地面に倒れて必死に叫ぶセイカが居る。
「────」
「想華ちゃんは駄目ッ! アタシだけにして────アタシは、死んだって良いから!」
聞こえてきた言葉が、酷く胸を突き刺す感覚に溺れさせた。私は息が詰まるのを覚えながら、考える間も無く駆け出す。
黒々とした身体、翼についている鋭い爪がセイカの首に添えられている。足の爪も長く、地面に突き刺さっているのが見えた。私は懐からまたカードを取り出し、それをちょうど真ん中を射るようにしてナイフと共に飛ばす。
怪物────ハルピュイアの翼の付け根に刺さったそれは、すぐさま爆発する。
その隙に、私はセイカを抱えて走った。セイカの手に刀を無理やり持たせ、折れた腕から骨の白色が見えているのに気付きながら息を荒らげる。
「想華ちゃっ、アタシのことなんて良いから────」
「ふざけないでくださいよッ──!!」
私は精一杯腹の底から出た声と一緒に力を入れ、地面を滑りながら振り返る。いつの間にか怪物の姿は三つに増えているが、移動する音も他に待機していた気配も無かったのだから、幻術か分身なのだ。一体一体の力は無い、と思う。
私はセイカを後ろにして立ち、血を吐いた。
「ゲホッ…………はぁ、はぁっ」
「ごめ、もう……良いから、逃げてよ」
「逃げたら、私は貴方を二度も見殺しにすることになる! それだけは認められません、受け入れ難い選択なんですっ!!」
セイカが私の声量と気迫に押し黙る。
腕が最初に木に当たったのだろうが、この状態じゃ頭も少なからず打っているだろう。私だって、ぜんぶの損傷がなんてこと無いものにならない。
「…………だから、逃げるんなら貴方が逃げてください、コノ────……セイカちゃん」
「は」
「その刀は、鞘から抜くと時間を止める力があります。……私の魔力を消費して、時間を止める力が。その間に貴方は、行けるところまで逃げて、大きな声で“スピカ”と叫んでください」
「んなの、できる訳──」
セイカが、私の折れている腕を見て瞠目した。
ハルピュイアが、爪をカチカチと鳴らしている音が聞こえている。
私は奥歯を噛み締めて、セイカの方へ振り向いた。
「────想華ちゃん。アタシ、学校で上手く行けてなくて……だから、死んでやろうって。この森に来る理由、……それ」
セイカは涙を目に一杯貯めて、立ち上がる。色々な所にかすり傷や切り傷が見られる。それでも、口を歪めて私の隣に立った。そして、刀を前に出す。
「ホント、ごめんね。変な事に巻き込んじゃってさ……」
「…………セイカちゃん」
「ねぇ、これ終わったらさ。アタシの事呼び捨てで呼んでよ。アタシも呼ぶから。何となく、そうするのが懐かしく感じる気がして」
「なんですか、それ」
ほんの少し、セイカが全部覚えていたんじゃないかと、そんな考えがよぎる。でもそれはきっと、セイカの────コノハの自意識がのっている魂が、セイカにあるからなのだろう。
でも本当に、今言うことなのかと苦笑する。
「逃げないんですか」
「逃げれるわけない、さっき言ったよ」
「なら、如何するんです」
「決まってる」
何となく、セイカの言おうとしたことがわかった気がした。
「守ってくれるんでしょ、想華ちゃん──!」
「守ってやりますよ、セイカちゃん──!」
同時、私はセイカの持っている鞘から刀を抜いた。




