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追憶のタムナジア  作者: Aster/蝦夷菊
【2】劇場の演目記録
12/38

枯れゆく枝葉1

 当初、私には人間というものが良く分かっていなかった。親しい者の死が、どれほど自分の心に深く落ちるものなのかだなんて、その時にならなきゃ分からなかった。

 だから、今度こそ恩を返さなきゃいけない。


 間違えちゃいけない。

 救うんだ。私の手で、(セイカ)を。


 星扉に手を掛ける。


 嘘を嫌って、本気で怒れるシアさんみたいに強い意志だって持ってこなかった。

 恋した少年に救われて、今までの辛かったことを乗り越えてゆけるイオさんみたいに強い心だってない。

 周囲をよく見てフォローできる蓬さんみたいな落ち着きもない。いつだって自分のことで精一杯だった。

 素早く動いて、皆に平等に接せるハーヴェさんみたいな余裕だってなかった。

 怪我しても命が危なくても、周囲のために体を張れる絵斗さんみたいな意地だって張れない。

 純粋な気持ちで私達を慕ってくれているカルミアさんに、見せている背中が心配で仕方がない。


 足りないものばっかりで、チャンスを逃したくないのに。私には、どうしてこんなにも何もないんだろうか。


 ……それでも。


「私が助けなくちゃ、駄目なんだ!」


 扉を開き、空気の流れに身を任せる。


 ※ ※ ※ ※ ※


「うわっ、何?」


 扉の先に段差があるとは思わなくて、私は思いっきりずっこける。

 そして、向こうから聞こえてきた声にハッとして急いで立ち上がった。


 ここは。


 どうやら、小屋みたいな所らしい。湿気っていて、あまり長居したいとは思わない。けれど、休憩地としては良いんだと思う。多分。

 椅子だってたくさん置いてあるし、近くから川の音も聞こえてくる。


「取り敢えず、外に────」


 玄関の方を見ると、写真で見たあの子と同じ姿の少女が、扉の隙間からこちらを見ていた。


「へっ?」「あ」


 慌てて少女は扉から離れる。そのまま逃げてしまいそうで、私は急いで扉を開けた。

 まだ居てくれている。何だ今の、と言いかけて少女はこちらに丸くした瞳を再度向けている。何か、何か言わなきゃ。


「こ、こんにちは!」


「…………」


「えぇ……えーと、私、小枝想華です! ここって何処なんでしょうか!」


 なんだか声が大きくなってしまった。


 アワアワしている私を見て、少女は急に笑い出す。


「ぷっ、あはは、ははははっ! なんだ、ビックリした。幽霊かなんかかと思っちゃった」


「……あの」


「ごめんごめん。君……えと、想華ちゃん? そっか。アタシは──」


「セイカちゃん、ですよね」


 私がそう聞くと、セイカの開いていた口がすっと閉じる。何かしてしまったか、いや、更に怪しまれることをしてしまっただろうか、と思う。

 まぁ、突然知らない人なのに自分の名前当てられたら、ちょっと怖いかもしれない。


「……あたしのこと、知ってるの?」


「えぇーと、はい、まあ」


「なんだ。同級生? でも見たことない気がする。ね、想華ちゃんは何学部?」


 そして、私も突然の質問攻めにアタフタする。新手の意趣返しか。


 なんとか、何かを話そうとして口が固まってしまう。……嘘は吐きたくない。できるだけ、ありのままの私でセイカを救いたいんだ。シアさんにも怒られてしまうし。


「ここの世界の人じゃなくて……セイカちゃんの情報を聞いて、手助けするために来た一等星の人型、ゴーストライターです」


「ごーすとらいたー? あ、小説を代わりに書いてる人ってこと? しかも精霊──いや、霜光の人型と来たか……」


「んー、言葉の意味としてはあってますけど、そういうんじゃなくてですね。……とりあえず、セイカちゃんのお手伝いさん、っていう認識でいってください」


「ほぉ。んじゃま、了解」


 案外ちゃんと信じてくれたことにホッとする。コノハの雰囲気も引き継いでいるような感じがするけど、前世の記憶が残っている訳ではなさそうだ。

 と、セイカが私の手首を掴む。


「よろしく、お手伝いの想華ちゃん。ってな訳で、早速手伝って貰いたいんだけど……説明いる?」


「いえ。人食い鴉の調査ですよね。きちんと守りますから、一人で突っ走らないでください」


「んふふ、頼もしいねー」


 ※ ※ ※ ※ ※


 まずは情報整理。この世界には来たことがないから、事前にスピカさんに言われていたことを思い出してみよう。


 たしか世界の名前は“奇々怪々の世”。一言で言えば何でもアリな世界だ。都市伝説、噂話、伝説上の生物──それらが纏めて異形、という形で各地に出没し人を襲ったり恩恵を与えたりしているらしい。

 まぁ、悪いのもいれば良いのもいる、ってことなんだろう。そして、人食い鴉は字面からしてももうアウトだ。


「異形には特性として、物理的な攻撃を無効化するってのがあってね。想華ちゃんってどんなので戦うの?」


「私は基本的に戦線に出たことが無いです……。一応、この刀はありますが」


「ほーほー。え、戦闘経験ナッシング?」


「ナッシングですね」


 セイカが唸る。


「駄目じゃん、さっきの格好いい威勢が……おじゃんだよおじゃんぅ」


「う……ぐうの音も出ません」


 次に、人食い鴉。こちら側で調べて出てきた情報は……。人の声を真似して獲物をおびき寄せる。そして頭に見える口を大きく開けて捕食する。鴉の生息している森は基本的に暗く日光が殆ど入らないため、視界に頼った警戒は意味をなさない。

 森自体にも毒性のある植物や敵対してくる異形も紛れ込んでいる可能性があるらしい。


「でも、それで信用を無くすって訳にもいかないんだなぁ」


 セイカは私の方をじっと見つめてくる。


「どうしてですか?」


「貫禄、っていうか。オーラ的なものが、君は強い、ってのを感じるんだよ。こう……ビビビッと」


「ビビビッ、っと……?」


 鴉。大きな口、恐らく爪や嘴は尖っているだろうし、口と表現されるなら歯も生えているかもしれない。翼で飛ぶことが可能なら、音と狭い視界で攻撃を捌くことも困難だろう。

 となると……。


「というか、本当に行くんですか? 今から諦めて帰った方が良いと、私は思いますが」


「いんや、駄目駄目。異形をほったらかしにしてたら、アタシじゃなくても誰かが殺されちゃう。人食い鴉が危ない異形っていうのは、アタシもちゃんと分かってるから」


「…………では、一つ。人食い鴉の元になっている生物は恐らく“ハルピュイア”です」


 ハルピュイア、とセイカが繰り返す。


「別名ハーピー。上半身は女性、下半身が鳥の姿をした怪物で、死者の魂を持っていくとされています。最低でも二人、最大で四人。多ければ多い程、戦況は不利になる」


「暗い森の中なら尚更、ってことだよね。その情報も、想華ちゃんが来た所から?」


「はい」


 人食い鴉(ハルピュイア)の調査。


 もし、危うい状況になっても…………、抜刀一回で終わる。この刀には、世界の秒針を止める力があるから。


「それと、もう一つ」


 代筆者に背負わされた人間との違い(大きな欠点)、それだけ気を付ければ。


「私はセイカちゃんを守りますが、足を失えばそこまでです。私が死んだなら、刀を鞘から抜いて“スピカ”と叫んでください」


「…………わかった」

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