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追憶のタムナジア  作者: Aster/蝦夷菊
【1】愚か者の子供達
10/38

ep.10

【忌むべき憎悪】


「こんにちは、お客さん」


 貴方は後退りする。冷や汗が流れ、背筋に悪寒が走っていく。息が上がる。眼前の知らない影に、貴方は恐怖している。


「どうしてそんなに震えているんです? (わたくし)、嫌われてしまったんでしょうか……しかも初対面から」


 何も答えない。答えられない。口の端が震える。何もかもが。


「いえいえ、怒っているんじゃないんです。ただ(わたくし)、あまり体がよくありませんので、存在が不安定でして。このように、貴方のような方であると、よくある反応ではあります」


 貴方は歯をガチガチと鳴らしながらも、一歩、ゆっくりと踏み出す。目の前の存在はグニャリ、と曲がった。それも、人間ではありえないくらいに。


 渦を巻き、空間にぽつんと、異形がそこにある。


(わたくし)、ライツェアと申します。貴方はどうやら、(わたくし)達ゴーストライターに興味があるようでございま────」


「ライツェア────ッ!」


「ふぐっ」


 途端、ライツェアと名乗った異形が倒れ込む。

 暗い廊下の電気が点けられ、その容貌が明らかになった。


「お客様、怪我は!」


 ライツェアの後ろで刀の鞘を持ち肩で息をしている想華と目が合う。彼女はすぐさまライツェアを引きずりながら、貴方についてくるよう言った。


 ※ ※ ※ ※ ※


 想華がライツェアと貴方を入れたのは、知らない部屋だ。ゴーストライターの部屋と違う場所だが、想華はライツェアも同じ代筆者なのだと説明する。


「忌むべき憎悪……肩書の通り、ライツェアは作者から憎悪のみを継承し、逆に言えば憎悪だけで生まれた不安定なゴーストライターです。影のようで、実体があったり無かったり……さっきの、見ましたよね」


 貴方は先程の想華が鞘でライツェアを殴りつけたことを思い出す。そして、おもむろにその指先へと手を伸ばした。


「……む」


 ぱし、と伸ばした手が捕まえられる。ライツェアは長い髪の合間から目を覗かせ、貴方を見つめた。驚いた想華がまた鞘を振りかぶったが、


「あぁ、おやめください。部屋が荒れるのは好みませんので」


「…………自分には無関心なの、本当に理解が出来ません。ライツェア、お客様を困らせるのはいけないと、事前にイオさんから忠告されていたはずですが?」


 立ち上がり、ライツェアは咳払いをする。耳の代わりについている牡羊の角にそって髪がするりと落ちる。


「故意ではありませんでしたが……(わたくし)に非があるのは事実。申し訳ありませんでした」


 深くお辞儀をしたライツェアに、貴方は苦笑した。

 想華は鞘を腰に戻し、息を吐いてから貴方の方を見てくる。どうやら、貴方の判断と行動を待っているらしい。


 貴方はライツェアに話を聞くことにした。



「ライツェア、まずは貴方の危険性について説明しなければならないと思いますよ」


「はあ、確かにそうですね」


 ライツェアの病的に白い腕が黒く染まっていき、背から突き出すようにして左右三つずつ六つの翼が開かれる。そして頭から黒い液体が垂れ、頸動脈から花が一輪咲いた。


「どうも(わたくし)には、“影踏み”という能力が備わっているようです。詳細はまだよく分かっていませんが……」


「だからこそ、下手に動かせないとスピカさんが判断して、館内の限られた場所でのみ行動を許されてるんです」


 想華が腰に手を添えて頬をふくらませる。


 ※ ※ ※ ※ ※


【星書庫担当司書】


「あら、ライツェア」


 スピカが赤黒い瞳を細め、眼前の精神体を見つめる。ライツェアは照れ臭そうに自身の頭に巻いている包帯を上から掻いた。


「……まだ、三つ編みはやめないんだ」


「何を言っているのかよくわからないわ。いつも思うけれど、貴方はもう少し比喩を噛み砕いて伝えて欲しいわね」


「願掛けは強い想いの一つ。スピカがヴァダに向ける想いが、スピカ自身を縛り付けてる──これでいい?」


「……………………なるほど」


 星書庫の机を挟み、スピカは頬杖をついて自身の三つ編みを触る。それを眺めながら、指で切るような仕草をした。ライツェアが小さなナイフを差し出したが、彼女は首を横に振って立ち上がった。


「時機が来たら、ね。貴方はよくミー達を見ているのか、何においても知識の多さが目立つわ。もしかして、作者本人だったりするのかしら」


「…………そこはノーコメントで」


 目をそらすライツェアに、満足そうに顎を引くスピカ。


「ふうん?」




 牡羊の角に手を添え、ライツェアはスピカを睨む付ける。しかし、彼女は物怖じせずただ口端を歪めて微笑んでいる。


「天照大御神様の神化者だか何だか知らないけれど、貴方にあんまり好き勝手させるのも嫌なの」


「生かされてるのは知ってるよ。余計なことはしないように、だろ。……うーん、やっぱりちょっと虚しい」


 「ね」とこぼしつつ、ライツェアは剣先をスピカの髪と首の合間にさしこんだ。


「このまま左に引くよ」


「その前に貴方の首が吹き飛ぶわ」


「あらら。(わたくし)のような異物を殺せると。流石知識の全てで引導を渡す夢の神様だね」


「…………」


 ライツェアは溜息をこぼす。剣──草薙剣を霧散させて、手を上にやる。暫く見ていたスピカは「ああ」と短く反応すると、額にデコピンした。


「あだっ」


「………………神様は気まぐれ」


「そりゃお互い様に……だよ」


 ライツェアは真っ暗な双眸を静かに閉じる。


「名も無き赤子の死後、自由無き石の中の神、人間の女との交流、神子としての狂乱、人々の死、女の死、小説家からの提案、神の力と逃走、ある筈も無い世界の崩落、名前の継承、自分の代償、知っている解決法、好奇心、狂気的な知識」


「────」



 満面の笑みで、スピカはライツェアの首を掴み、人程もの大きさの鋏で挟み込んで切り落とした。

 落ちた首はジュワリと溶け、黒い液体になって床に広がり、やがて体もそれに同化する。ライツェアはモヤモヤとした異形になり、人の形を取るとまた元の姿になっていた。


「……ははっ」

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