ep.9
【指揮者】
“既に居なくなってしまった”ゴーストライターの魂は、どこへ行くのだろう? 貴方はまだこの世界について知らないことが多い。それと同じように、無知蒙昧とまではいかないがよく知らないまま代筆者に憧れを抱く者が居る。
──カルミア・アインエッシェルング。指揮者の肩書で知られる、迅速果断たる判断力の持ち主だ。
橙色の髪は三つ編みのハーフアップをしており、短いが右の方で結んでいる。顔の左半分に、足や腕に咲き乱れた真っ白な花が特徴的で、紺色を基調とした騎士服を着ている。
カルミアは貴方の部屋に入ると、素早く敬礼して一声断ってから椅子に座った。
「繁華の隊所属、カルミア・アインエッシェルングです。今回はよろしくお願いいたします」
貴方はカルミアに「かしこまらなくていい」と伝える。立場上、敬うべきは自分なのだ、とも。騎士団に所属彼女は、人々の安全と国の栄光を文字通り命をかけて守っているのだ。
直接自分と関わりが無くとも、世界が違くとも、貴方は尊敬の念を抱くだろう。
「そう……ですか。なら、お言葉に甘えて」
一つ咳払いをする。
「私の過去を記録するんですよね。どこから話すべきか、どうするべきか、指定はありますか?」
※ ※ ※ ※ ※
繁華の隊というのは、王家直属に結成された騎士団の中でも力の大きい隊。カルミアはそれに姉と共に所属している。
アインエッシェルング家は昔から魔物との戦いに出ると血液から花の咲く“パラサイツ”という奇病の症状が出る特徴があった。彼女の姉、ダフネもカルミアより先に騎士として任務に赴き、腕を怪我して帰ってくると、血が出るはずの傷口には花が咲いていた。
しかし、カルミアには家族と違う点が一つある。
──パラサイツの症状が、生まれた頃から出ていたのだ。
理由は一つ。彼女はアインエッシェルング家の中でも秀でた力の持ち主である。アインエッシェルング家はアインシュトルツ家というものの分家──というより、アインシュトルツ家の生き残りが世界を変えたことによる力の変化、それに伴って家名を変えたものだ。
カルミアは、アインシュトルツ家の始祖である星の神の血を強く引き継いでいる。つまり、貴方の知るアインシュトルツ家──それに養子として入ったメリーベルと、過程は違うが血は繋がっていることになる。
カルミアは繁華の隊に所属した。姉の役に少しでも立ちたかった。
ハロルドゥーラという旗の形状をした武器を扱い、不可視の剣を持ち、魔物と戦う。彼女は隊のサポート役でもあり、姉と背中を預け合える強力な刃でもある。
しかし、姉は深手を負い、花に身体を蝕まれていく。カルミアには、もう一つ違う点があった。
パラサイツは、血が出ない代わりに花が咲く。それは肌の下に引っ込んでもくれず、いつまでもそこにある。しかし、カルミアの花は普通の肌に戻るのだ。加えて、傷も完治する。
治る部位も花の気まぐれなのかバラバラであり、治らないこともあるが、それでも戦いには有利だ。
姉と違って。
姉を尊敬するカルミアは、姉に過保護だ。
姉は戦線を離脱した。
暫く経って、隊員のラーランドと姉のダフネが、一人の少女を連れて自分の館に戻って来た。
少女は自分たちと同じパラサイツに罹っていて、その治療法を探したいのだという。姉が治療薬を作ろうと試んでいたのを知っていたカルミアは、繁華の隊を呼んで、少女と共にとある骨董品店に向かう。
骨董品店でであった機械生命体、店長の男性から渡された薬。
道中での魔物との戦いで、少女はカルミアに深く尊敬を抱く。そして、魔法学校の生徒として魔法術での支援を試みた。
結果として、治療薬は完成した。少女にダフネが飲ませ、カルミアは静かにそれを見守っていた。
そして、カルミアは知る。ゴーストライターという、運命をも捻じ曲げる存在が居ることを。その存在に、彼女は魅入ってしまった。
カルミアは自死した。パラサイツの花に抗いながら、血を流すことに成功し死んだ。
代筆者に選ばれるかも分からない、狂っていると言われても仕様の無い行為。
大きな魔物が彼女を狙ってくる。
カルミアにはそれが誰かよく分かっている。自分の館に、母親とメイドや執事達しか居ない理由と同じなのだと。
ダフネは、真っ直ぐに愛すべき妹の顔を覗く。血に飢えた彼女の視線が、荒くなる息が、カルミアに最後のトドメを刺した。
立ち上がり、剣を構えて、カルミアは深く目を閉じる。血が垂れ流され続けている。気絶したらそのまま死ぬことも、ここで殺せなければ姉がどうなるかも、分かっていたからこそ、彼女は──判断だけは間違えないのだ。
※ ※ ※ ※ ※
「パラサイツというのは、血が花になる、つまり血が流せないことに問題があった」
貴方は逡巡して、続きを促す。
「血は新しく作り変わる、そして循環する。これが普通の生物の血液で、パラサイツの症状が出た人は血が古いままだから、体が動作しなくなって最悪死んでしまう」
カルミアは目を伏せる。
「姉も父も、そのまた前の人達も──神のご加護の代償とか言うけど、死んだんだろうね。死んだら元も子もないのに」
貴方は魔物になった姉について聞いた。カルミアは辛そうに目を開けて、片目を覆う花に手をかけ、強く引っ張る。
すると、花がまるで生きているかのように暴れ、蔓のようなものが突き出し、彼女の手を刺した。カルミアは小さく貴方に謝ってから、
「花には意志がある。パラサイツは寄生、という意味の外国語から来たらしい。…………だから、私も死んだら魔物になるんでしょう」
いろいろな感情の入り混じった顔で微笑んだ。机上で組まれた手に力を込めながら。




