13:レティシアの聖魔法講座
※人名に関して間違いがありましたので訂正しました。
ヴォルフスタン皇帝とヴィクトル様が手を取り合っている姿に皆さん大盛り上がりだったのですが、その騒ぎを聞きつけた赤熊や森林狼が乱入して来たので大混乱に陥ってしまいました。
「迎撃だ!陛下に近づかせるな!!」
「「「「「おおぉぉおおおおっ!!」」」」」
たちまち怒号が飛び交う乱戦状態になってしまったのですが、実物を食べた事で魔物肉の有効性を認識してくれた人達のやる気が有り余っていまして……撃退した後は解体についての助言を求められたり浄化作業における細かなアドバイスをする事になったのですが、野営地に戻って来た時には別方向の支援に向かっていたマリアンさんが難しい顔をしながら私の帰りを待っていました。
「申し訳ありません、少々話し込んでいまして…何か御用でした?」
最初は帰りが遅かった事を咎められるのかと思っていたのですが、なんでも私が使わせてもらっていた荷馬車にもお肉を積み込んでしまったので今日寝る所が無くなってしまったのだそうです。
「そういう訳でして、今日は別の場所で寝てもらう事になりました」
申し訳なさそうに切り出すマリアンさんの思いがけない提案に対して年甲斐もなくワクワクしてしまい……私は雑魚寝用のテントをチラリと見てしまいました。
「それは…今日から私もテント生活という事ですか?」
というのも寄宿舎時代はサクッと上のクラスに移動してしまったので同年代の友達と呼べる人達がおらず、代わりに可愛がってくれた年上の聖女達から教えられた夜中に行われるというお菓子パーティーや恋バナ大会とかいうものに憧れていたのですが、私が巡回聖女になった時は治癒魔法をかけながらの強行軍の繰り返しだったので願望と大きく違う日々を過ごす事になりました。
そういう訳でマリアンさんの「寝る所が無い」という説明でようやく雑魚寝でワイワイが実現できるのかと期待してしまったのですが、その辺りの感性がよくわからないという顔で首を振られてしまいました。
「流石にそれは…レティシア様に雑魚寝をしてもらうという訳にもいかないので別の馬車を用意させていただきましたので、その説明に来ました」
「そう…ですか」
アインザルフ帝国は徹底的に聖女を温存する方針のようでして……魔物の数が1匹2匹程度ならわざわざ出る必要がないと言われているくらいで、聖女の力が必要になれば誰かが呼びに来るのでそれまでは出来るだけ体力を温存しておいてくださいと言われているほどでした。
その代りに数か月単位での連続した活動が求められているのですが、その程度の事で良いのなら治癒魔法のゴリ押しで何とでもなりますし、本当に聖女の事が大切にされているのでしょう。
「違う馬車という事はもしかして…マリアンさんとご一緒出来るのですか?」
今までは危機管理上の問題で別々の馬車で就寝していたのですが、同じ馬車で寝る事が出来たら夜中のお喋りを楽しむ事が出来るのかもしれません。
「いえ、私はエレン達と寝ますので、レティシア様とは別の馬車になります」
「エレンさん達と…ですか?」
「はい」
何事もないように頷くマリアンさんなのですが、このエレンさんというのは第一騎士団に4人しかいないという女性騎士の内の1人でして……ブリギッドさんという別の女性騎士と共に私の護衛についてくれていたのですが、所属している女性騎士の数が少なすぎるので日中は男性騎士に任せてエレンさん達には夜間帯の護衛をお願いしていました。
「ああ、もしかして…身の回りの雑務は別の女性騎士がつきますので安心してください」
私が難しい顔をしていたからなのでしょう、マリアンさんが体が不自由な私の事を気遣ってくれていたのですが……とにかく客人に近い立場の私はマリアンさんの判断に従うだけなのですが、慣れ始めた護衛騎士を交代する理由というのはどういう意図があるのでしょう?
(なんていう事を考えていても仕方がありませんね)
もしかしたら単純な輪番制の問題なのかもしれませんし、クレーデン子爵家のご令嬢というれっきとした貴族であるエレンさんに対して何かご不快な思いをさせてしまっていたのかもしれません。
因みにそんな人を「さん」付けで呼んでいる理由は本人から「私自身は爵位を継がぬ一介の騎士ですので畏まらないでください」と言われている事や「気軽に呼んで頂いて結構ですので」と言われていたからなのですが、もしかしてそれがご不快だったという可能性もありまして……というよりもこの辺りは流石第一騎士団といえばいいのかもしれませんが、マリアンさんもロッシュフォール女男爵ですし、ヴォルフスタン皇帝の相談役みたいな立場かと思っていたヴィクトル様は騎士団の総長という立場でパージファル侯爵領を賜ったれっきとした侯爵様でした。
第一騎士団団長のザイン様はエスター子爵様ですし、細々とした身の回りの雑務をしてくれているテファンさんも男爵家の長子で、ブリギッドさんもダンケン男爵家を継ぐ予定の女男爵様と貴族階級の人が多くてその爵位や国内での立ち位置を聞いた時には驚いたものです。
因みに騎馬隊隊長のロルフさんは純然たる平民だと笑っていたのですが、逆に平民ながら第一騎士団に入って来るような人達はアインザルフ帝国の中でも選りすぐりの精鋭となりまして……だからといって貴族階級の人達が駄目駄目かというとそういう訳でもないのですが、身分的なものよりも女性でありながら第一騎士団に入団して来ている人達の方がレアケースようでして、この辺りは編成的な諸々が関係してきているのだそうです。
「今日は寝る前に着替えと体を拭かせてもらい…?」
なんて事を考えていると着替えと清拭をおこなおうと言い出したマリアンさんの手が止まったのですが、それから顔を近づけて来たかと思うとスンスンと匂いを嗅がれてしまい……。
「申し訳ありません、レティシア様はその…着替えをしたのは何時頃なのでしょう?」
マリアンさんは聞いてもいいのかというように言葉を詰まらせていたのですが、確認をしなければ余計に不味い事になりそうだというように訊ねてきました。
まあ……出発した日から数えて5日間、皆は川や水源を見つけた時に体を拭いたり水浴びをしたりと身綺麗にしていたのですが、体が不自由な私は着の身着のままなのですよね。
「臭いますか?」
とはいえ流石にその辺りは魔法でちょちょいっと綺麗にしていたのですが、ずっと同じ服を着ているので多少は臭うのかもしれません。
「いえ、それは大丈夫なのですが…」
因みにアインザルフ帝国の人達は汚れたり汗臭くなったりしてくると「そろそろ洗うか」みたいになってくるのですが、私の体臭を感じなかったのでエレンさん達に体を拭いてもらったり着替えをしてもらったりしているのだと思い込んでいたのだそうです。
この辺りのお風呂事情が大雑把なのはアインザルフ帝国ではお風呂に入るという習慣が乏しい事が関係してきておりまして……寒冷な荒れ地が広がる帝国の水は冷たくお湯にするための薪があるのなら冬の寒さに備える為の備蓄に回さないといけないというお国柄が関係しているのだそうです。
「定期的にクリーンの奇跡を使っているので大丈夫だと思うのですが」
私としては出来るだけ清潔を保っていた方が衛生的にも良いと思いますし気分的にもサッパリすると思っているのですが、アインザルフ帝国だとそれはなかなか豪勢な無駄遣いになるようで……「着替えも水浴びもしていないのに何故?」と臭いの薄さに首を傾げているマリアンさんに「魔法で何とかしている」と説明しておくのですが、アインザルフ帝国にはクリーン系の魔法がないのか驚かれてしまいました。
「そのような奇跡があるのですね」
「はい、こういう感じの…ものなのですが」
試しに使ってみせると見る見るうちにマリアンさんの汗や埃の汚れが綺麗になっていくのですが、サッパリとしていく感覚に驚いたもののすぐにその表情が曇っていってしまい……難しい顔をしているマリアンさんの方がこういう系統の魔法が得意そうなのですが、なんでもアインザルフ帝国の魔法は戦闘に特化しすぎているのでこの手の魔法が存在しないのだそうです。
「お恥ずかしい事に、私達が使える奇跡は4つだけでして」
マリアンさんが言うには“マナの付与”と“身体強化”と”治療”と“瘴気の浄化”の4つしか使えないとの事でして、どれか1つ以上使えるようになったら見習い聖女となり、4つの魔法を習得してからようやく一人前の聖女を名乗る事が出来るようになるのだそうです。
この辺りはアインザルフ帝国に流れ着いたという最初の聖女が得意だった魔法が関係しているのですが、それ以外の魔法を覚えようにも知識もなければ研究をしている余裕もないようでして、状況の如何によっては見習い聖女が戦線に投入されているような状況では後身の教育すら芳しくありませんでした。
勿論なんとか時間を作り出して魔法の研究をしようとしている人達もいますし、中には初歩的な光魔法が使える人もいるのですが、今のところは個人技の範疇に収まった補助的な使い方が多いようで……言われてみると森林狼戦でホーリーアローを放った時も驚かれてしまいましたし、彼らからすると予想外で変則的な戦い方をしてしまったのかもしれません。
因みにこれは余談となるのですが、ラークジェアリー聖王国ではマナが扱えるようになると見習聖女となり、一通りの技術を習得した後に受ける事が出来る試験に合格したら聖女と呼ばれるようになりました。
それからは本人の資質や希望を考慮しつつ治癒・巡回・寄宿舎・教会の4つの分野に別れて専門的な技能を学ぶという流れなのですが、実務についた数年後に再度学び直す機会があったりと徹底した教育体制が敷かれているのが特徴でした。
(ああ、その辺りの諸々も関係してきているのでしょうか?)
マリアンさんの浄化魔法が物凄く丁寧すぎるのが気になっていたのですが、アインザルフ帝国の短期詰込み式の厳格すぎる教育事情や生真面目すぎる国民性が出てしまっているのかもしれません。
というのもアインザルフ帝国ではこの4つの魔法には厳格な手順が存在していまして、しかも得手不得手に関係なく誰でも確実に効果を発揮するための冗長性が付け足されていたのですが、冗長性を持たせすぎているせいで無駄が多すぎる仕様になっていました。
それらと比べると私の簡易魔法なんて邪道も邪道な手抜きすぎる魔法なのですが、マリアンさんはマリアンさんで手順を守りすぎているせいで非効率な術式になっていますし、そもそも覚えている4つの魔法に縛られすぎているせいでマリアンさんの強みが生かされていないというのも問題だと思います。
「奇跡については色々と言いたい事があるのですが、まずはもう少しだけ力を抜きませんか?」
「気になった事は出来るだけ教えてあげなさい」というのがリヴェイル先生の教えですし、術式の話をしている流れでマリアンさんがしっかりとしすぎている事を指摘してみる事にしました。
「力を…ですか?」
私としては使う魔法なんていうものは状況に応じて調整していったら良いと思っているのですが、常に全力全開のマリアンさんは「手を抜いても大丈夫なんですか?」というような怪訝そうな顔をしていまして……。
「術式なんて要点を押さえておけば手順を飛ばしても何とかなるものですし、意外と何とかなるものですよ?」
私の放言に対して「そんな事は無いと思いますが」と言いたげなマリアンさんなのですが、試しに103画あるハイニッシュティアーズを5画まで減らして左手にかけてみせると目を見開いて固まってしまいました。
因みにこの“画数”というのはラークジェアリー聖王国での基準なのですが、魔法を使う時に描く術式……聖印と呼ばれているものの画数といいますか、具体的な数字を言い表したものです。
それでいて描く手数は“~手”と言われておりまして……最初は利き手の指先にマナを灯して聖印を描くのですが、聖女と認められるには両手を使った2手以上で描く事が求められていました。
つまり103画ある魔法を1手で描いた場合の画数は103画なのですが、2手で描いた場合は52画と51画になり……慣れてくるとマナの光球を浮かべて描く事になるのですが、そうなってくると20手30手と制御能力に応じた手数となっていきますし、こうなってくると正規の手順なんてあってないようなものなので描かれている聖印も平坦なものから立体的なものへと変わって独自性が出てきたりしています。
最終的には“どういう結果を紡ぎ出したいか”というところから逆算していく事になるのですが、そういうところが教えられた術式を丁寧に描こうとするアインザルフ式の魔法とは大きく違うところなのかもしれません。
とにかく術式を自分の都合のいい形に変えていくという発想に至らなかったマリアンさんが信じられないものを見たというような顔をしていたのですが、これくらいの術式ならマリアンさんも出来る筈です。
「省けば省くだけ制御が難しくなるのが欠点なのですが…その辺りは腕で補えますし、省いた分の消費が押さえられるのが利点ですね」
5画で発動させたハイニッシュティアーズの効果はマリアンさんが使う魔法と同じですし、それでいて画数が20分の1なのでマナの消費量もだいたい20分の1程度に抑えられています。
こうして消費量を減らす事が出来れば効果範囲は20倍となりますし、強化できる人数が増えた方が戦闘での時短となり……最終的には被害もマナの消費も抑える事が出来るといった感じです。
「皆は奇跡だなんだとお為ごかして仰々しく言っていますが、突き詰めていけば魔法技術の内の一つですし…というのを元大聖女が言っては駄目なのですが」
マナの付与を解除しながら言ってのけたのですが、ラークジェアリー聖王国では魔を滅する事が出来る奇跡の御業なんて言われているのでこんな事を言っているのがバレたら怒られてしまうのかもしれません。
それでも聖女が扱える奇跡と魔法の違いなんていうものは術式に通す力がマナか魔力かという違いでしかないですし、どれだけ重い病気の人や欠損が治せたり瘴気に塗れた魔物を滅ぼせたり出来たとしてもそれは脈々と受け継ぎながら研鑽を続けて来た先人達の努力の賜物なだけで……血のにじむような努力の結果を「奇跡」なんていう陳腐な一言で言い表して良いものではないと考えています。
(もし奇跡なんていうものがあるのでしたら…どれだけの人が幸せになるのでしょう)
多少皮肉気な気持ちになってしまうのが私の駄目なところなのですが、そんな事を考えていた事を誤魔化すように唖然とした表情を浮かべているマリアンさんに向かってへらりと笑ってみせました。
※レティシアは聖女が使う奇跡の事を魔法と言っていますしそういうモノだと認識しているのですが、人に説明する時は一々説明するのが面倒なので「奇跡」と言う事があったりと名称が混在しています。
因みにこういう考えはラークジェアリー聖王国でも異端寄りの考えではあるのですが、大聖女になるような素質のある聖女が研鑽を重ねていくと自分達が振るう力が奇跡なんていう仰々しいものではないという事に気が付いていくと言いますか、技術的な研鑽と学術的な研究によって効果が上がっていく魔法の一種であるという事がわかってきてしまいます。
なので「奇跡なんて偉そうに言えるようなものではなくただただ魔法の一種である」という考えは一部の聖女からは苦笑いと共に首肯される類の話でした。
ただ補足しておくとこの世界にはレティシアが認識していないだけの本物の奇跡が存在していますし、奇跡を目撃した人がチラホラいますし、何なら食べた人もいます。
※アインザルフ帝国の第一騎士団に貴族が多いのは生活に余裕があって子供の頃から鍛える事が出来るからですし、業務内容的に皇帝陛下の補佐があるので国家運営にも口を出す事が出来るレベルの学力が求められているので平民が入るには少しばかり難しい団となっていました。
特に女性が入りづらいのは女性騎士の到達点ともいえる第二騎士団が解隊されているからなのですが、わざわざ異性を入れるという欠点(女性に対する配慮)を考慮しても戦力になると思われているレベルの人材でなければ入団が許されていませんでした。
※レティシアは画数を省いたり使いやすく改良していく事をごくごくあたり前の事のように言っているのですが、実はごく一部の大聖女が使えるようになる奥義とか秘儀に近いものだったりします。
これはレティシアがとんでもなく教え上手なのとリヴェイル先生などの才能が溢れまくっている聖女に教えたらサクッと覚えてしまったという成功体験から教えたら出来るようになる程度の技術だと思い込んでいるだけだったりします。




