【幕間】:半生(ヴォルフスタン視点)後編
※やっぱり吹き飛ぶ人が居ます。苦手な人はご注意ください。
「アインザルフはその成り立ちから糞みたいな国だ。辺境の地で耕作地は少ねえし、土地柄も厳しい。魔物の脅威は他国と比較にならんほど危険だ。だがそこに住む人はどうだ?素朴で純粋で気の良い奴らばかりだ。困難に無手で挑みたがる愛すべき馬鹿ばかりなのがアインザルフだ」
アルスウェイ叔父はまるで自慢の息子を紹介するような顔をしてから、苦々し気な、苦しそうな表情を浮かべる。
「だが残念な事に、今日食べるパンすら無い奴らが大勢いるのも今のアインザルフだ。何かの拍子に村が1つ2つ滅ぶというのもザラだ。全員に配れるくらい豊かなら再分配するなりなんなりすればいい。だがそうじゃないよな?それならどうする?……間引くしかないよな?削るしかないよな?」
それは自分でも苦渋の決断だという様に言葉を切ってから、アルスウェイ叔父は俺の顔を見る。
「腹の中に小金を蓄えている悪党一人死ねば、善良な国民が数十人は助かる。簡単な道理だ。そんで、お前には悪いんだが、俺の独断と偏見でその糞みたいな奴らを集めておいた。出来るだけ民衆から反感を買われる形でな。後はお前がそいつらを断罪して富を皆に配ってやるだけだ、簡単な話だろ?」
「それは……」
気軽に言うアルスゥエイ叔父の顔をマジマジと見てしまい、その視線によって叔父の持つ護符からギシリと嫌な音がしたので、俺は慌てて視線を下げた。
「…アインザルフは良くも悪くも弱肉強食だ。強い奴には従う。そうやって纏め上げる必要があるのは分かるな?」
その言葉には渋々ながら、俺も首肯した。
アインザルフ帝国と一言で言っても、そこに住む民がこの土地にやって来た経緯や時期もバラバラだ。ラークジェアリー聖王国の様な王侯貴族の様な暮らしをする人がいる一方で、腰蓑を付けて狩りに勤しむ部族もいるような国だ。そんなアインザルフをまとめ上げるには、時には父の様な剛腕が必要な事も理解は出来る。
「問題は中だけじゃねえ、外の世界はどうだ?ピエニモンタは不干渉で排他的、バーハはこっちの足元ばかり見やがり貿易に支障が出ている。ドヌビスの野郎なんてもっと酷いぞ、どうやら技術革新か何かあったみたいでな、あの恒例行事の魔物の追いたてだが、そのうちもっと酷くなるぞ」
今は国境に騎士団を派遣する程度で押さえられている魔物の襲撃も、アルスウェイ叔父の予想ではそのうち手の付けられない大規模なスンタピードとなり、いくつもの町が呑み込まれる可能性があるという。
「そうなる前に俺達は一致団結する必要がある。こんな糞みたいな内輪もめなんて一刻も早く止めて、だ」
そこまで言うと、アルスウェイ叔父は何も言い返せないでいる俺を安心させるように、人の悪い笑みを浮かべた。
「見所のある奴はお前のもとに行くように仕向けたから何とかなるだろう。事実何とかなっているだろ?そこから先はまあ、お前が何とかしてくれ」
行き成りそこで問題を丸投げされて、俺は反射的に思った事を口にする。
「叔父上が…これからのアインザルフを率いていくのでは駄目なのですか?」
俺なんかより実行力があり、人を纏める力のある叔父がこれからのアインザルフを率いればいいと思う。むしろ泥を被る役を俺がすればこれほど苦悩する事も無かったというように、変な恨み節の一つも言いたくなってしまった。
「あー…それは、な」
ここまで饒舌だったアルスウェイ叔父は何故か言葉を詰まらせると、少し考えるような素振りをみせてから、短く息を吐く。
「一番手っ取り早い落とし前っていうのが、俺達のどちらかが居なくなる事だ。それは分かるな?どっちかが死んじまえば担ぎ上げる神輿も何もねえからな。それで、なんだ…お前がどう思っているかわからんが、俺はお前の事を本当の息子だと思っている。そう接してきたつもりだ。お前は俺に大事な息子を犠牲にして生き延びろって言うのか?嫌だぞ、それは。俺達の愛情がお前に届いていないんだとすれば、俺としてはそっちの方がショックなんだが」
それほど長い時間共に居たのだと、アルスウェイ叔父は言う。照れたように笑う叔父の言葉に俺は顔を上げるのだが、その期待は重い。
「ですが、俺は…」
まともに事態を収束させる事も、人心を纏める事も出来ず問題を大きくしていっているだけの存在だ。人並みの事すらその膨大な魔力で出来ないのだ、そんな男が国を率いていける訳がない。何故聡明なアルスウェイ叔父がその程度の男をここまで信用するのか本気で分からず、俺は首を振る。
「自信が無いのならこれからつけていけばいい。その為にヴィクトルやマ…まあ色々だ。それにお前は寂しがり屋だが、力があり、義理堅く、馬鹿がつくほど真面目だ。それに俺が適任だと思うからこうしてお前に託すんだ…自慢の息子に後を託せるんだ。これほど嬉しい事は無い……アインザルフを強い国にしてくれ」
アルスウェイ叔父は椅子から立ち上がると、気さくな笑顔を浮かべながらポンと俺の肩を叩こうとした。その動作があまりにも自然だったので反応が遅れたのだが、バチリという閃光、そして俺の発する魔力の作用で弾け飛んだ叔父の左腕と血飛沫が目に映る。
「……なに、を?」
唖然としすぎてしまい、反応が遅れる。いくら俺が魔力を抑えているからといって、アルスウェイ叔父が色々なアミュレットや護符を付けているからといって、今と比べて魔力の弱かった赤子の時ならいざ知らず、直接触れようとすれば魔力の影響を受けざるをえない。そんな事は当然叔父も分かっていた筈だ。
「ぐっっぉ…これだけ、つけてても無理か。糞ッ、夢の一つは叶わず…か……」
右肘から先が弾け飛んだアルスウェイ叔父はそんな事を毒づきながら、片腕を抑えながら蹲る。
「お、叔父上、い、今、聖女か医者を……」
アルスウェイ叔父の右肘から先が弾け飛び、そこから盛大に血を噴き出している状態だ。一刻を争うどころか完全な致命傷で、これほどの怪我を治せる力を持った聖女は帝都中探してもいないだろう。ただ何とかしなければと慌てて席を立ったのだが、そんな俺を諫めるように、叔父は残った手を俺に向ける。
「いや、いい……最初から、こうするつもり…だった。反、ヴォルフスタン派の、首魁が死ななければ、格好、つかない、だろ?それに、俺が死ねば、後継者、は、実質、おま、え、一人…もう、ころ…そうと、する奴も、いなく、なる……」
それがただ一つの望みだというように、アルスウェイ叔父は安らかな表情を浮かべていた。
急速に血の気と力を失っていくアルスウェイ叔父に駆け寄りたくても、先ほどの接触で叔父の持つ護符が破壊されたのか、部屋に充満していた魔力によって叔父の体に影響が出始めている。
何とか魔力を制御しようにも、俺には何ともならない。精神の均衡が崩れ、ただ荒れ狂う力の渦が部屋の中を満たしていく。
それを見ながら、どこか可笑しそうにアルスウェイ叔父は人の悪い笑みを浮かべると、最後に一言こう言った。
「たのんだ」
空白。
俺は絶叫していたらしい。
吹き飛んだ部屋。アルスウェイ叔父が俺に面会を申し込んでいた事を知ったヴィクトルが駆けつけてきた時には荒れ狂う魔力の渦も落ち着いており、爆心地ともいえる部屋の中で無事だったのは無傷の俺と、右肘から先は比較的軽症なアルスウェイ叔父の亡骸と、彼の残した資料だけだったらしい。
ヴォルフスタン皇帝が目障りとなった叔父を自室に招き入れ殺した。そう言われる事となるのだが、もう俺にはどうでも良い事だった。俺は叔父の遺言に突き動かされるまま反ヴォルフスタン派を一掃し、本格的に国政に口を出すようになった。
逆らう奴は殺した。これほど俺の事を、そして帝国の事を考えてくれていたアルスウェイ叔父ですら死んだのだ。小金や権力が欲しいだけの寄生虫を生かしておく必要性が俺には分からなくなっていた。
反乱を起こそうとしていた連中を滅ぼし、叔父の資料をもとに反ヴォルフスタン派を一掃した頃にはもう、俺を廃そうとする奴は居なくなっていた。
そもそも俺を廃して誰を立てるのだ?この機を逃さず帝位を狙っていた遠縁の公爵は殺した。他国の手によって祭り上げられそうになっていた親戚も殺した。唯一の血縁となった腹違いの妹が恭順の意を示す頃には、俺に反抗する勢力と呼べる物は帝国中を探しても居なくなっていた。
彼らの代々蓄えた富を使い幾つかの国営事業を立ち上げ、救済措置を打ち出し、俺はただひたすらにアインザルフを強くするための改革を推し進めていった。
駆け抜けるようにして過ぎていった10年間。大を取るために小を切り捨てた事は数えきれない。
俺が食料を送らず滅んだ村がある。その村に食料を送れば他の村々が滅ぶからだ。
俺は魔物の襲撃を受けている村を見捨てた事がある。他の重要な町に騎士を派遣しなければいけなかったからだ。
騎士や聖女に「死ね」と命じた事もある。北方の氷山に住む古竜が活動期に入った際には、近隣住民を避難させるために時間を稼ぐ必要があったのだ。ああ本当に、叔父の言うとおり彼らは愛すべき馬鹿なのだろう。捨て石とわかりきった任務を告げられた彼らは皆揃って笑顔で出撃していき、貴重な時間を稼いでくれた。
命の取捨選択を続けたその10年間。俺の精神は擦り切れかけていた。
一番の理解者であったアルスウェイ叔父が俺の事を「寂しがり屋」と言っていたように、俺は本質的に理解者と呼べる誰かが居ないと駄目なのだろう。だが敵を滅ぼし続けた結果、俺と対等に並び立つ存在は居なくなっていた。
父はこの寂しさを紛らわせるために色々な女性に手を出していたのだという事を今更知ったのだが、息子の俺はそれに倣う事は出来なかった。漁色に対して単純な嫌悪感があるという以前に、近づくだけで人を傷をつけてしまう魔力があるからだ。
手でも握ろうものならその腕が弾け飛ぶ。そんな男の伴侶になりたいと思う奴は居ないだろう。そう思っていたのだが、意外な事に、こんな弱小帝国の皇妃といえどその座は美味しそうに見えるらしい。
内政がひと段落したあたりから、時折俺の寝室に女が送られてくるようになったのだ。
送られて来る方も送られて来る方だが、送る方も送る方だ。やって来る女は皆、俺とまともに視線すら合わせられないといった体たらくで、追い払おうと近づこうものなら泣いて逃げ出す始末。どうやってこれで手を出せと言うのだ。
無駄な努力はやめろと言いたいのだが、裏で手を引く者の中で一番執拗に送り続けてきていたのが妹だったのだから始末におえない。
俺が子供を作らなければ次期皇帝となるのは妹か、その夫となる人物だ。単純に妹を担ぎ上げたいだけなのか、その夫の座を狙っているのかは分からないが、下手な派閥に取り込まれようものなら次の瞬間俺に殺されるというのが妹の立場だ。自分の母親と静かに暮らしたいと思っているだけの妹からすれば、周囲の貴族達の猛アプローチはさぞかし鬱陶しいものだろう。妹からすれば全て無視したいところだが、アインザルフの聖女は問答無用に帝国軍の一員扱いとなるため、聖女として頭角を現してきていた妹は国の中枢と切っては切れない立場となっていったのだ。
「皇籍から抜いて頂いてくれてもかまいません。こうして陛下のもとに来たのはただ、まだ死にたくないからです」
母親譲りの濃い茶色の髪と、皇室の血を引くことを示す黄金の瞳。妹はもとより皇妃になりたいとは露とも思っていないようで、俺と初めて対面した時の彼女は疲れた表情をみせながらもどこか吹っ切れたというようにニヤリと笑っていた。その表情のまま恭しく頭を下げるという器用な事をしてのけた妹は、本当ならこんな場所に1秒も居たくないという態度だったのだが、自分の役割を投げ出せないでいるあたり、妙に義理堅い所が俺との血縁を感じさせるものだった。確かに彼女は俺の妹なのだろう。
対面するまではもしかしたら妹となら対等に話せるかと思ったのだが、どうやら向こうにその気はないようで、そしてなにより、筆頭聖女候補にまで上り詰めていた妹ですら、俺の魔力には耐えられないと知った時の絶望感は筆舌に尽くし難い。
余程俺はこの世界に嫌われているのだろう。俺とまともに触れ合える人間などいない事を悟った時、俺は人並みの幸せという物を捨てる事にした。ただアインザルフが良い国になるように、強い国になるようにと改革を続ける歯車となった。
俺亡き後のアインザルフはその時居る奴らで考えればいい。実力のある誰かが代わりに皇帝になるもよし、妹が皇妃として立つもよしだ。
そんな折、ドヌビスの魔物によって国境沿いの村々が滅ぶという事件があった。恒例行事となりつつあったことに加え、例年より魔物の量が多い事を察して十分な人数の騎士達を派遣していたのにも関わらず出た被害に、周囲の者達は騒然となった。
前線に立っていた俺の目に映ったのは地面を埋め尽くさんばかりの魔物の群れであり、まるでドヌビス中の魔物が押し寄せてきたような有様だった。
国境沿いで被害を止められたのが奇跡だと、皆は口を揃えて言った。そう称えられるほど、騎士達や聖女達が奮戦し、その命を散らしていったのだ。
これがきっと、アルスウェイ叔父が危惧していた事だろう。
魔物の死骸の山に立ちながら、俺は内心「やっとか」と思い、皮肉気な笑いが零れた。これほどの時間があると分かっていれば、アルスウェイ叔父と手を取り合う未来もあったかもしれない。いや、それとも、緩やかな改革では間に合わず、ドヌビスの魔物達によってアインザルフが蹂躙される事になっていたのかもしれない。まあ今となっては考えても詮無き事だ。
一面の焼け野原。魔物に引き裂かれ、食い破られ、バラバラになったまま故郷へ戻る事となった騎士達や、聖女達。焼け出され両親を失った子供達。子供を失った大人達。瘴気や魔物の被害にもめげず、苦労して耕した土地が一瞬でドヌビスの魔物達に蹂躙されていき、生まれ育った土地から離れなければならなくなった者達。
もとからアインザルフとドヌビスは犬猿の仲ともいえたのだが、被害の全容が分かるたびに、反ドヌビス感情が高まっていくのを俺は感じていた。
交渉を持ちたい旨を綴った書簡を持った特使をドヌビスに派遣するも、例年通り「知らぬ存ぜぬ」を決め込まれ、あまつさえ「魔物の被害はどの国でも発生している。何故その補償を我が国がしなければならんのだ。そもそも魔物の被害というが、本当に被害が出たのか?アインザルフのでっち上げではないのか?」とまで返され、俺の腹は決まった。
調査の結果、『魔物使い』という魔物を操る兵がドヌビスに居る事を掴んだのだ。ここでドヌビスへ一定の抑え付け行わなければ、毎年このような事が繰り返されるのだろう。それは到底許容できる事ではない。
俺は何とか復興に一区切りつけると、主要な人物をかき集め、全員に向けて宣言する。
「ドヌビスへ宣戦を布告する」
ある意味それは、引き返せない決断ではあった。だがアルスウェイ叔父の危惧していた事態を解決する事が、この時の俺にとっての至上命題となっていてた。苦難は多いだろう。だがもうここまで来たのだ、引き返すわけにもいかず、その先に何が待ち受けているのか知らないまま、俺はドヌビスに軍を進める決断を下した。




