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裏表座敷牢  作者: 蛾道
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3/4

2.座敷牢

かごめ かごめ


かごの中の鳥は


いついつ出やる


夜明けの晩に


鶴と亀が滑った


後ろの正面だあれ


 ハッと目が覚める。頭の痛みに悶えながらもどうにか起き上がる。私はどのくらい意識を手放していたのだろうか。頭以外にも背中や腰も悲鳴を上げている。


 そこは先ほどの廊下ではなく、薄暗い部屋の中だった。小窓から差し込むわずかな光がなければ、暗闇に包まれていただろう。少しずつ意識がはっきりしてくる。


「なんだ?ここは?」


 目の前に木製の太い格子があった。


「牢屋?」


 顔から血の気が引いた。


 気絶している間に何が起こった?私は監禁されたのか?


 何にせよ異常事態には変わりない。私はとにかく行動しなければと思った。幸い目が暗闇に慣れてきている。ハッと気づく。格子の向こうに赤い着物が見えた。


「君は!ここはどこだ!?どうして私は檻の中にいる!?」


 返事はなくピクリとも動かない。暗いので顔に影がかかり、表情も見えなかった。先ほどの追いかけっこが嘘のように静かに座っている。私の声が虚しく暗闇に消えていった。


 静寂を破ったのは部屋の外から聞こえる足音だった。廊下の床がギシギシと鳴る。足音は一つ。その音は迷いなくこの部屋に近づいている。私の背筋に冷たいものが走った。


(やばいやばいやばい!運が悪いにも程がある!)


 私は暗い中を懸命に見渡した。牢の扉は一つ。光が差し込む小窓は、人が通れる大きさではない。私は格子の間から手を伸ばす。


「頼む。助けてくれ」


 足音が止まる。私の後ろで扉が開く音がした。……後ろ?


 影はしばらく止まり、手を壁に沿わせた。電気が点く。


「ここで何をしている?」


 封筒を持った家の主人がこちらを睨んでいた。その発言から察するに、主人は私がこの部屋にいることを知らなかったようだ。そのまま大男がすごい剣幕でこちらに迫る。


「ひっ」


 情けない声を上げ縮こまる。私はこの後、一体どうなるのか。主人はもうすぐそこだ。


 うまい話には裏がある。欲に目が眩んで、こんなところ来るべきじゃなかった。


(稲荷!化けて出てやるからな!)


 後悔する私を主人は無視した。


「あれ?」


 座敷牢の扉を開け、中に入って行く。最初から扉に鍵はかけられていなかったらしい。私は最初から牢の外にいたことをようやく理解した。


 私はもう一度、格子を覗く。


「人形?」


 それは人間ではなく、子供の背丈くらいある日本人形だった。その前には膳も置かれている。


「この人形に触っていないでしょうね」


「触ってません!」


 訳がわからない。私は聞かずにはいられなかった。


「あの、その人形は一体なんですか?この場所は?」


「座敷童子様です」


「はい?」


 予想外の回答に私は眉をひそめた。


 ほっとした様子の主人は、封筒の中から一枚の紙を取り出した。見たことのない文字のようなものと、何やら模様まで描かれている。ふわりと墨の匂いがした。稲荷堂でしたあの匂いだ。


 主人は客間で見せたあの表情になる。あのときもこれを見ていたのか。


(何をしているんだろう?)


 覗き込んでみると、格子の上の方には札立てがあった。主人はそれを丁寧に立てる。封筒の中身は御札だったのか。主人が手を合わせて拝み始めた。その奇妙な光景を見ていたら違和感に気づいた。


「……っ!」


 私は声にならない悲鳴を上げた。


 主人の真上に手があった。厳密にいえば、天井から腕が伸びている最中だった。男性ではなく女性。いや、もっと小さい。


 主人は全く気付かない。警告しなければと思った。


「ぶへ!?」


 しかし、私の顔に何かがぶつかりそれを阻んだ。私はそのまま床に倒れた。丸いものが部屋から廊下の方に転がっていく。


 鞠?なんで?いや、今はそんなこと気にしている場合ではない。慌てて起き上がる。


 手は天井に消えていくところだった。手の主は私に気づいているらしい。最後は私に向かって手を振っていた。


 食い入るように牢を覗き込み、天井を端から端まで見た。もう何もない。なんだったんだ?


 その間に、主人は拝み終わった。最初の剣幕は消え、心なしか人相も穏やかになった気がした。


「当家には言い伝えがありまして。大丈夫ですか?」


 主人は牢から出てくる。へたり込む私に気遣いの言葉をかけてくれた。


「大丈夫です」


 主人も何事もなかったようだ。あれは幻だったのか。でも、この顔の痛みと鞠が……鞠はどこに行った?


「先祖は細々と暮らしていました。暮らしはかなり苦しかったそうです。ある日のこと。人のいない部屋から足音がしたり、勝手に物が動くようになった」


「それは……不気味ですね」


「ところが、それを境にどんどん商売が上手くいくようになった。初代は家に座敷童子様が住みついたと大いに喜んだ」


「もしかして、住みついた家に幸運をもたらすとかいうあれですか?」


「その通り。全ては座敷童子様のおかげです。それから代々祀ってきました」


「祀っているのなら、なぜ?」


「もう一つ有名な話をご存知ですか?座敷童子様が家を出て行くと、今までの幸運が嘘のように無くなり最後には潰れてしまう」


「ここは座敷童子を閉じ込めるための牢屋?」


「そうです。三代目の時に危機が訪れた。何をやってもうまくいかない」


「そういう時もありますよね」


 今の私のように。 


「当主は焦りました。元々あった神棚では足りないと、座敷童子様用の部屋を用意しました。それから、人形を座敷童子様に見立て、御供え物をして祈る日々が続いた」


 主人は、まるで自分のことのように苦しそうな表情をする。


「家はなんとか持ち直した。ですが、三代目の胸に不安が残ります。またいつか座敷童子様が出て行くかもしれない。考え抜いた末に格子をつけることにしました。」


「余計に出ていきそうですが」


「ええ。ですから、牢を作る手筈を整えた後、すぐに家督を息子に譲りました」


「え?それはありなんですか?」


「大丈夫でした。四代目は当家の全盛期を築いた。それ以降、歴代当主はこの家を大事に守ってきました」


「失礼な質問だと思うのですが、この家は嫌じゃありませんか?別の場所に住みたくなったりは?」


 私の脳裏にあの手がこびりついている。


「この家を離れる方が落ち着きません。父もこの家を離れるのを嫌がってました。当家の歴史については以上です。他にご質問は?」


「じゃあ、あの御札はなんですか?稲荷が用意したものですよね?」


「ええ。先生には本当に感謝しています」


 先生!?稲荷のことをそう呼称したことに驚いた。


「御札も人形と同じく受け継いできたものです」


 ますます稲荷に任せて大丈夫だったのだろうか。


「先日、前の御札が剥がれて落ちてしまいました。しっかり貼り付けても次の日にはまた剥がれてしまう。私は不吉な予感がしました」


「御札が落ちただけで?」


「これは私にしかわからないでしょう。連想せずにはいられないんです。三代目の恐怖が今ならわかります」


「それであんなにピリピリしていたんですね」


「申し訳ありませんでした。失礼な態度をとってしまいました」


 頭を下げてから主人は話を続ける。


「私は慌てて新しい御札を手に入れようとしました。ところが、どこを探しても同じものは見つからなかった。正直、諦めかけていました。稲荷堂を紹介していただけたのは本当に幸運だと思います」


 主人の安堵した顔を見て罪悪感がチクリと胸を刺した。


「強迫観念というのは馬鹿にできませんね。本当にありがとうございました。稲荷先生にもよろしくお伝えください」


「ええっと、はい。わかりました。……伝えます」


 私は歯切れの悪い返事しか返せなかった。主人は満足そうに頷いている。勝手に気まずさを感じた私は別の質問をした。


「あっ、そうだ。お嬢さんに赤い着物を着せているのも何か理由が?」


 主人が不思議そうに首を傾げた。


「私に娘はおりませんが」

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