2.座敷牢
かごめ かごめ
かごの中の鳥は
いついつ出やる
夜明けの晩に
鶴と亀が滑った
後ろの正面だあれ
ハッと目が覚める。頭の痛みに悶えながらもどうにか起き上がる。私はどのくらい意識を手放していたのだろうか。頭以外にも背中や腰も悲鳴を上げている。
そこは先ほどの廊下ではなく、薄暗い部屋の中だった。小窓から差し込むわずかな光がなければ、暗闇に包まれていただろう。少しずつ意識がはっきりしてくる。
「なんだ?ここは?」
目の前に木製の太い格子があった。
「牢屋?」
顔から血の気が引いた。
気絶している間に何が起こった?私は監禁されたのか?
何にせよ異常事態には変わりない。私はとにかく行動しなければと思った。幸い目が暗闇に慣れてきている。ハッと気づく。格子の向こうに赤い着物が見えた。
「君は!ここはどこだ!?どうして私は檻の中にいる!?」
返事はなくピクリとも動かない。暗いので顔に影がかかり、表情も見えなかった。先ほどの追いかけっこが嘘のように静かに座っている。私の声が虚しく暗闇に消えていった。
静寂を破ったのは部屋の外から聞こえる足音だった。廊下の床がギシギシと鳴る。足音は一つ。その音は迷いなくこの部屋に近づいている。私の背筋に冷たいものが走った。
(やばいやばいやばい!運が悪いにも程がある!)
私は暗い中を懸命に見渡した。牢の扉は一つ。光が差し込む小窓は、人が通れる大きさではない。私は格子の間から手を伸ばす。
「頼む。助けてくれ」
足音が止まる。私の後ろで扉が開く音がした。……後ろ?
影はしばらく止まり、手を壁に沿わせた。電気が点く。
「ここで何をしている?」
封筒を持った家の主人がこちらを睨んでいた。その発言から察するに、主人は私がこの部屋にいることを知らなかったようだ。そのまま大男がすごい剣幕でこちらに迫る。
「ひっ」
情けない声を上げ縮こまる。私はこの後、一体どうなるのか。主人はもうすぐそこだ。
うまい話には裏がある。欲に目が眩んで、こんなところ来るべきじゃなかった。
(稲荷!化けて出てやるからな!)
後悔する私を主人は無視した。
「あれ?」
座敷牢の扉を開け、中に入って行く。最初から扉に鍵はかけられていなかったらしい。私は最初から牢の外にいたことをようやく理解した。
私はもう一度、格子を覗く。
「人形?」
それは人間ではなく、子供の背丈くらいある日本人形だった。その前には膳も置かれている。
「この人形に触っていないでしょうね」
「触ってません!」
訳がわからない。私は聞かずにはいられなかった。
「あの、その人形は一体なんですか?この場所は?」
「座敷童子様です」
「はい?」
予想外の回答に私は眉をひそめた。
ほっとした様子の主人は、封筒の中から一枚の紙を取り出した。見たことのない文字のようなものと、何やら模様まで描かれている。ふわりと墨の匂いがした。稲荷堂でしたあの匂いだ。
主人は客間で見せたあの表情になる。あのときもこれを見ていたのか。
(何をしているんだろう?)
覗き込んでみると、格子の上の方には札立てがあった。主人はそれを丁寧に立てる。封筒の中身は御札だったのか。主人が手を合わせて拝み始めた。その奇妙な光景を見ていたら違和感に気づいた。
「……っ!」
私は声にならない悲鳴を上げた。
主人の真上に手があった。厳密にいえば、天井から腕が伸びている最中だった。男性ではなく女性。いや、もっと小さい。
主人は全く気付かない。警告しなければと思った。
「ぶへ!?」
しかし、私の顔に何かがぶつかりそれを阻んだ。私はそのまま床に倒れた。丸いものが部屋から廊下の方に転がっていく。
鞠?なんで?いや、今はそんなこと気にしている場合ではない。慌てて起き上がる。
手は天井に消えていくところだった。手の主は私に気づいているらしい。最後は私に向かって手を振っていた。
食い入るように牢を覗き込み、天井を端から端まで見た。もう何もない。なんだったんだ?
その間に、主人は拝み終わった。最初の剣幕は消え、心なしか人相も穏やかになった気がした。
「当家には言い伝えがありまして。大丈夫ですか?」
主人は牢から出てくる。へたり込む私に気遣いの言葉をかけてくれた。
「大丈夫です」
主人も何事もなかったようだ。あれは幻だったのか。でも、この顔の痛みと鞠が……鞠はどこに行った?
「先祖は細々と暮らしていました。暮らしはかなり苦しかったそうです。ある日のこと。人のいない部屋から足音がしたり、勝手に物が動くようになった」
「それは……不気味ですね」
「ところが、それを境にどんどん商売が上手くいくようになった。初代は家に座敷童子様が住みついたと大いに喜んだ」
「もしかして、住みついた家に幸運をもたらすとかいうあれですか?」
「その通り。全ては座敷童子様のおかげです。それから代々祀ってきました」
「祀っているのなら、なぜ?」
「もう一つ有名な話をご存知ですか?座敷童子様が家を出て行くと、今までの幸運が嘘のように無くなり最後には潰れてしまう」
「ここは座敷童子を閉じ込めるための牢屋?」
「そうです。三代目の時に危機が訪れた。何をやってもうまくいかない」
「そういう時もありますよね」
今の私のように。
「当主は焦りました。元々あった神棚では足りないと、座敷童子様用の部屋を用意しました。それから、人形を座敷童子様に見立て、御供え物をして祈る日々が続いた」
主人は、まるで自分のことのように苦しそうな表情をする。
「家はなんとか持ち直した。ですが、三代目の胸に不安が残ります。またいつか座敷童子様が出て行くかもしれない。考え抜いた末に格子をつけることにしました。」
「余計に出ていきそうですが」
「ええ。ですから、牢を作る手筈を整えた後、すぐに家督を息子に譲りました」
「え?それはありなんですか?」
「大丈夫でした。四代目は当家の全盛期を築いた。それ以降、歴代当主はこの家を大事に守ってきました」
「失礼な質問だと思うのですが、この家は嫌じゃありませんか?別の場所に住みたくなったりは?」
私の脳裏にあの手がこびりついている。
「この家を離れる方が落ち着きません。父もこの家を離れるのを嫌がってました。当家の歴史については以上です。他にご質問は?」
「じゃあ、あの御札はなんですか?稲荷が用意したものですよね?」
「ええ。先生には本当に感謝しています」
先生!?稲荷のことをそう呼称したことに驚いた。
「御札も人形と同じく受け継いできたものです」
ますます稲荷に任せて大丈夫だったのだろうか。
「先日、前の御札が剥がれて落ちてしまいました。しっかり貼り付けても次の日にはまた剥がれてしまう。私は不吉な予感がしました」
「御札が落ちただけで?」
「これは私にしかわからないでしょう。連想せずにはいられないんです。三代目の恐怖が今ならわかります」
「それであんなにピリピリしていたんですね」
「申し訳ありませんでした。失礼な態度をとってしまいました」
頭を下げてから主人は話を続ける。
「私は慌てて新しい御札を手に入れようとしました。ところが、どこを探しても同じものは見つからなかった。正直、諦めかけていました。稲荷堂を紹介していただけたのは本当に幸運だと思います」
主人の安堵した顔を見て罪悪感がチクリと胸を刺した。
「強迫観念というのは馬鹿にできませんね。本当にありがとうございました。稲荷先生にもよろしくお伝えください」
「ええっと、はい。わかりました。……伝えます」
私は歯切れの悪い返事しか返せなかった。主人は満足そうに頷いている。勝手に気まずさを感じた私は別の質問をした。
「あっ、そうだ。お嬢さんに赤い着物を着せているのも何か理由が?」
主人が不思議そうに首を傾げた。
「私に娘はおりませんが」




