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第8話 声のない歌

第八話 声のない歌


『声のない歌』


動画を投稿したのは深夜だった。


正直。


期待はしていなかった。


歌でもない。


ダンスでもない。


ただ。


音楽に合わせてイナンナが手話をするだけ。


そんな動画だ。


翌朝。


僕はスマホの通知音で目を覚ました。


嫌な予感がした。


通知が多すぎる。


画面を見る。


固まる。


再生回数。


百二十万。


「は?」


思わず声が出た。


昨日の夜投稿したばかりだぞ。


コメント欄を開く。


泣いた


手話ってこんなに綺麗なんだ


歌ってないのに歌が聞こえる


この子すごい


何で泣いてるか分からないけど泣いた


意味が分からなかった。


そして。


もっと意味が分からないものがあった。


ランキング。


イナンナ。


三十六位。


「上がり過ぎだろ」


参加者三十七万人。


その中で三十六位。


完全に異常だった。


その時だった。


スマホが震える。


父。


出る。


「何」


『見たぞ』


またそれか。


「見たよ」


『面白い』


「珍しく褒めるんだな」


父は少し黙る。


そして。


『海夢以来だ』


僕は言葉を失った。


海夢以来。


それがどれだけ重い言葉か。


僕にも分かった。


電話を切る。


すると。


イナンナがこちらを見ていた。


『怒られた?』


「違う」


『褒められた?』


「多分な」


イナンナは首を傾げる。


そして。


『嬉しい?』


僕は少し考える。


「悔しい」


『?』


「お前が褒められたのに」


「何か俺まで嬉しいのが悔しい」


イナンナは数秒固まる。


それから。


声は出ない。


だけど確かに。


笑った。


その時だった。


スマホがもう一度震える。


知らない番号。


嫌な予感しかしない。


出る。


「もしもし」


『やっと出た』


聞き覚えのある声。


天城ルナだった。


「何だ」


『動画見た』


「そうか」


『気に入らない』


即答だった。


「知ってる」


『でも』


少しだけ間が空く。


『悔しいけど良かった』


僕は黙る。


ルナも黙る。


そして。


『イナンナに伝えて』


「何を」


『ちゃんと見つけてもらえたのね』


その言葉だけ残して。


電話は切れた。


僕はスマホを見る。


窓の外を見る。


イナンナを見る。


イナンナは相変わらず。


猫のぬいぐるみを抱いている。


なのに。


世界は少しずつ。


この少女を見始めていた。


その夜。


アイドルゲーム公式チャンネルが動画を投稿する。


タイトル。


【大注目の新人 イナンナとは何者か】


再生回数。


一時間で五百万。


そして。


その動画の最後。


一枚の写真が映し出される。


白いドレス。


黒髪。


笑顔。


海夢だった。


ナレーションが流れる。


「彼女は海夢の再来なのか」


僕は舌打ちする。


違う。


違うんだ。


でも。


世界はまだ。


海夢を探していた。


そしてその頃。


海夢本人は。


テレビの前で静かに笑っていた。


「似てないわよ」


そう呟きながら。


どこか嬉しそうに。


イナンナの動画を何度も見返していた。

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