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第6話 ルナの記憶

第六話 ルナの記憶


「何であんたがそこにいるの?」


その言葉が頭から離れなかった。


交流会からの帰り道。


イナンナはずっと黙っていた。


いや。


元々喋れない。


でも今日は違った。


ノートすら開かない。


ただ窓の外を見ている。


僕も何も言えなかった。


天城ルナ。


あの反応。


明らかに何か知っている。


それも。


僕達が知らないイナンナを。


アパートへ戻る。


夜。


イナンナはソファに座ったまま。


猫のぬいぐるみを抱えていた。


いつもならノートを書く。


今日は書かない。


「なあ」


イナンナが顔を上げる。


「ルナってどんな人だったんだ」


しばらく考える。


そして。


ノートを開いた。


『優しかった』


即答だった。


『怖かった』


次の言葉。


『でも』


『好きだった』


僕は少し驚く。


イナンナはゆっくり書いていく。


『一緒にいた』


『ご飯食べた』


『勉強した』


『怒られた』


文字を見る。


まるで姉妹だ。


『いつも前を歩いてた』


そこでペンが止まる。


『憧れだった』


僕は黙る。


なるほど。


イナンナから見たルナは。


お姉ちゃんだった。


でも。


ルナから見たイナンナは違う。


それが問題だった。


その夜。


僕は天城ルナについて調べていた。


十六歳で芸能界入り。


十八歳でソロデビュー。


二十歳で国民的アイドル。


現在。


アイドルゲーム優勝候補。


完璧だった。


だが。


ある記事で手が止まる。


【幼少期は児童養護施設で生活】


僕は目を細める。


施設。


イナンナ。


繋がった。


その時。


スマホが震えた。


知らない番号。


出る。


「もしもし」


『話がある』


女性の声。


すぐ分かった。


天城ルナだった。


「何だ」


『一人で来なさい』


「嫌だ」


『イナンナの話よ』


卑怯だな。


そう思った。


翌日。


指定された場所へ向かう。


都内のカフェ。


個室。


ルナは先に来ていた。


帽子。


サングラス。


変装。


なのに目立つ。


「来たのね」


「話って何だ」


ルナはコーヒーを飲む。


そして。


突然聞いてきた。


「イナンナって幸せそう?」


予想外だった。


「何だそれ」


「質問よ」


僕は少し考える。


そして答えた。


「分からない」


ルナが笑う。


「正直ね」


「でも前よりは笑う」


その瞬間。


ルナの表情が少し崩れた。


ほんの少しだけ。


安心した顔。


「そう」


それだけだった。


沈黙。


やがて。


ルナが窓の外を見る。


「昔ね」


初めてだった。


ルナが自分から話し始めたのは。


「施設にいた頃」


「私はアイドルになるって決めてた」


真っ直ぐな声だった。


「テレビの中に入りたかった」


「有名になりたかった」


「みんなに見てもらいたかった」


ルナらしい。


「だから努力した」


「歌も」


「ダンスも」


「勉強も」


そして。


少し笑う。


「なのに」


その笑顔は寂しかった。


「気付いたら」


「みんなイナンナを見てた」


僕は黙る。


ルナは続ける。


「喋れない」


「聞こえない」


「放っておけない」


「みんなあの子を心配する」


「先生も」


「大人も」


「施設の子も」


ルナはコーヒーを見つめる。


「私は必死だったのに」


その言葉は重かった。


「だから嫌いだった」


初めて出た本音。


「でも」


ルナは笑う。


「もっと嫌だったのは」


「それでも放っておけなかった自分」


僕は理解した。


ルナは善人じゃない。


でも悪人でもない。


ただ。


人間だった。


嫉妬して。


羨んで。


見捨てられなくて。


そんな人間。


「今も嫌いか?」


僕は聞く。


ルナは少し考える。


長く。


本当に長く。


そして。


小さく呟いた。


「分からない」


その答えは。


どこか僕達に似ていた。


帰り際。


ルナは最後に言った。


「でも」


僕を見る。


真っ直ぐ。


「イナンナを泣かせたら許さない」


「何でお前が」


「私の方が付き合い長いもの」


そう言って笑った。


初めて見た。


天城ルナの。


本当の笑顔だった。


そしてその頃。


イナンナは一人。


アパートで古いアルバムを見つけていた。


そこには。


幼い自分と。


幼いルナが写っていた。


そして写真の裏には。


たった一言だけ。


『また会おうね』


と書かれていた。

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