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第5話 天城ルナ

第五話 天城ルナ


天城ルナと初めて会ったのは。


予想よりずっと最悪な形だった。


アイドルゲーム運営主催。


予選参加者向け交流イベント。


参加は自由。


僕は行きたくなかった。


イナンナも行きたくなさそうだった。


だが。


父が許さなかった。


「顔を売ってこい」


以上。


終了。


相変わらず説明不足だった。


会場は都内の大型ホールだった。


参加者だけでも数百人いる。


歌手。


配信者。


モデル。


地下アイドル。


有名人までいる。


みんな華やかだった。


イナンナ以外。


イナンナは壁際にいた。


完全に保護色だった。


「お前も少しは前出ろ」


イナンナは首を横に振る。


『怖い』


「素直だな」


『うん』


少しだけ笑う。


こういう時だけ正直だった。


その時だった。


会場がざわつく。


人が動く。


視線が一方向へ集まる。


僕も振り返る。


そして。


すぐに分かった。


天城ルナだった。


写真より綺麗だった。


テレビより存在感があった。


黒髪。


整った顔立ち。


堂々とした歩き方。


何より。


自信があった。


負けることを知らない人間の顔だった。


参加者達が集まる。


話しかける。


写真を撮る。


サインを求める。


ルナは慣れた様子で対応している。


王様だった。


アイドルゲームの。


「別世界だな」


僕が呟く。


イナンナも見ている。


すると。


ルナの視線がこちらへ向いた。


一瞬。


本当に一瞬だけ。


目が合った。


そして。


ルナが歩いてくる。


真っ直ぐ。


こちらへ。


「嘘だろ」


思わず呟いた。


ルナは僕達の前で立ち止まった。


しばらく。


イナンナを見る。


ずっと。


見ている。


何かを確認するように。


何かを探すように。


「……へぇ」


最初の言葉はそれだった。


意味が分からない。


「あなたがイナンナ?」


イナンナは頷く。


ルナは少しだけ眉をひそめた。


「本当に?」


今度は僕が眉をひそめる。


何だその言い方。


ルナはさらに近付く。


イナンナを見る。


本当にじっと。


不躾なくらい。


そして。


小さく笑った。


「何であんたがここにいるの?」


空気が変わる。


僕にも分かった。


歓迎じゃない。


イナンナも気付いたらしい。


少しだけ困った顔をする。


「知り合いか?」


僕が聞く。


ルナは答えない。


代わりに。


イナンナを見る。


「覚えてない?」


イナンナが首を傾げる。


ルナは少しだけ苛立った顔をした。


「そっか」


「覚えてないんだ」


その笑顔は。


全然笑っていなかった。


その時。


イナンナの目が大きく開く。


何か思い出したらしい。


慌ててノートを書く。


『ルナお姉ちゃん?』


ルナの表情が止まる。


周囲もざわつく。


僕だけが置いていかれる。


「お姉ちゃん?」


思わず聞く。


イナンナは慌てて文字を書く。


『昔』


『一緒だった』


『優しかった』


その瞬間。


ルナが笑った。


「優しかった?」


笑っているのに。


怖かった。


「そう見えてたんだ」


イナンナが固まる。


ルナは視線を逸らす。


そして。


吐き捨てるように言った。


「別に優しくなんかなかった」


沈黙。


「喋れなくて」


「聞こえなくて」


「何もできなくて」


ルナは笑う。


自嘲するみたいに。


「だから面倒見てただけ」


イナンナが言葉を失う。


僕はルナを見る。


この人。


怒っている。


イナンナに。


いや。


違う。


自分自身に。


ルナは最後に言った。


「それに」


少しだけ。


本当に少しだけ。


寂しそうな顔をした。


「私の夢だったのに」


会場が静まる。


「アイドルは」


ルナはイナンナを見る。


「何であんたがそこにいるの?」


そう言い残して。


去って行った。


残されたイナンナは。


しばらく動かなかった。


『怒ってた』


ノートにそう書く。


「ああ」


『嫌われた?』


僕は少し考える。


そして首を横に振った。


「違うと思う」


ルナの最後の顔を思い出す。


あれは憎しみじゃない。


もっと面倒な感情だ。


嫉妬。


後悔。


寂しさ。


執着。


色んなものが混ざった顔だった。


そして僕はまだ知らない。


天城ルナが。


イナンナの過去を知る数少ない人間だということを。


そして。


彼女の感情が。


アイドルゲームそのものを大きく揺らすことになることを。

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