第4話 優勝候補
「手話がお前の武器だ」
そう言った瞬間。
イナンナはぽかんとした顔をした。
まるで。
そんな発想はなかったと言いたげに。
翌日。
僕達は動画撮影を始めていた。
アイドルゲーム予選。
その第一歩。
だが。
問題があった。
「何を撮るんだ」
イナンナが首を傾げる。
それを僕が見ている。
それだけ。
五分経過。
何も進まない。
「終わってるな」
イナンナがノートを書く。
『ごめん』
「そこじゃない」
問題は。
僕も分からないことだった。
アイドル動画。
普通なら。
歌う。
踊る。
喋る。
だがイナンナにはできない。
なら何を見せる?
考える。
考える。
考える。
そして。
ふと。
昨日の光景を思い出した。
鳩。
ぬいぐるみ。
店員。
イナンナ。
「なあ」
イナンナが顔を上げる。
「お前」
「そのままでいいかもしれない」
『?』
当然だ。
意味が分からない顔をしている。
撮影開始。
場所は公園。
カメラを回す。
イナンナは緊張している。
表情が固い。
当たり前だ。
人生で初めてだから。
僕はため息を吐く。
「好きにしろ」
『好きに?』
「そう」
「いつも通り」
イナンナは少し考える。
そして。
鳩の群れへ向かった。
十分後。
撮影終了。
僕は映像を見る。
言葉を失った。
何もしていない。
本当に何もしていない。
鳩と遊ぶ。
犬を撫でる。
子供に手を振る。
転びそうになる。
笑う。
ただそれだけ。
だが。
不思議だった。
目が離せない。
「何なんだお前」
思わず呟く。
イナンナは首を傾げる。
『?』
本人は分かっていない。
そこがまた厄介だった。
動画を投稿する。
タイトル。
『イナンナです』
それだけ。
説明文も短い。
何もない。
本当に何もない。
翌朝。
僕は通知音で目を覚ました。
スマホを見る。
固まる。
再生回数。
十二万。
「は?」
思わず声が出た。
昨日投稿したばかりだぞ。
コメント欄を開く。
そこには。
誰この子
可愛い
癒される
何か見ちゃう
守りたい
意味が分からない。
歌ってない。
踊ってない。
何もしていない。
なのに。
人気が出ている。
その時だった。
父から電話が来る。
「何だ」
『見たぞ』
「何を」
『再生数だ』
声が少し楽しそうだった。
腹立たしい。
「偶然だろ」
『そうか?』
父は笑う。
『海夢も最初はそうだった』
僕は黙る。
また海夢だ。
電話を切る。
すると。
新しい通知。
アイドルゲームランキング。
現在順位。
百位以内が表示される。
僕は開く。
そして。
再び固まった。
九十八位。
イナンナ。
「嘘だろ」
参加者三十七万人。
その中で九十八位。
意味が分からない。
だが。
もっと意味が分からないものがあった。
ランキング一位。
天城ルナ。
再生回数。
二千三百万。
フォロワー。
八百万人。
動画再生。
一億超え。
「何だこれ」
怪物だった。
完全に。
その日の夜。
僕はルナの動画を見る。
歌。
ダンス。
表情。
全部が完璧だった。
才能。
努力。
経験。
全部ある。
そして。
最後のインタビュー。
ルナはカメラを真っ直ぐ見て言った。
「私は優勝する」
迷いがなかった。
絶対的な自信。
王者の顔だった。
その頃。
イナンナは。
猫のぬいぐるみに名前を付けていた。
『にゃん』
「そのままじゃねえか」
イナンナは満足そうに頷く。
僕は頭を抱えた。
本当に同じ大会か?
ランキング一位。
天城ルナ。
ランキング九十八位。
イナンナ。
差は圧倒的だった。
普通なら。
勝負にならない。
だが。
なぜだろう。
僕は少しだけ思っていた。
もしかしたら。
この声のない少女は。
天城ルナですら予想できない何かを持っているのかもしれない。
そして。
その数日後。
僕達は初めて。
天城ルナ本人と出会うことになる。




