第3話 アイドルゲーム
百日。
その数字が頭から離れなかった。
百日後。
世界最大のアイドルオーディション。
アイドルゲームが始まる。
そして。
イナンナはその舞台に立つ。
父は本気だった。
残念ながら。
冗談ではなかった。
翌朝。
僕は父に呼び出された。
またか。
そう思いながら屋敷の会議室へ向かう。
中へ入る。
そして。
言葉を失った。
巨大スクリーン。
長机。
スーツ姿の大人達。
ざっと見ただけでも数十人。
テレビ局。
芸能事務所。
スポンサー。
誰もが名前を聞いたことのある企業ばかりだった。
そして中央。
父が座っている。
王様みたいに。
「来たか」
「帰っていいか」
「駄目だ」
即答だった。
知ってた。
スクリーンが点灯する。
そこには。
大きく一つのロゴ。
『IDOL GAME』
アイドルゲーム。
父が作った企画。
いや。
海夢を終わらせるために作られた企画。
「参加者数は現在三十七万人」
会場がざわつく。
僕も少し驚く。
三十七万人。
頭がおかしい。
「予選通過者三百人」
「本選進出五十人」
「決勝進出五人」
父は淡々と続ける。
「そして優勝者は」
スクリーンに海夢が映る。
眩しい笑顔。
圧倒的な存在感。
「次の海夢となる」
僕は思わず舌打ちした。
次の海夢。
その言葉が嫌いだった。
会議が終わる。
父は僕を呼び止めた。
「イナンナはどうだ」
「どうもこうもない」
僕は即答する。
「歌えない」
「喋れない」
「アイドルになりたい訳でもない」
「終わってる」
父は少しだけ笑った。
腹が立つ。
「だから面白い」
「何がだ」
「海夢も最初はそうだった」
僕は眉をひそめる。
海夢が?
世界一のアイドルが?
想像できない。
父は窓の外を見る。
どこか遠くを見るように。
「海夢も何者でもなかった」
「ただの少女だった」
その顔は少しだけ優しかった。
会議室を出る。
廊下を歩く。
途中。
中庭が見えた。
そこに。
イナンナがいた。
一人で。
噴水の前に座っている。
何をしているのかと思った。
近づく。
そして気付く。
鳩だ。
鳩と遊んでいる。
正確には。
鳩がイナンナの周りに集まっていた。
意味が分からない。
「お前何してるんだ」
イナンナが振り返る。
ノートを書く。
『友達』
「鳩が?」
頷く。
「終わってるな」
イナンナは少し笑った。
その日の午後。
僕はイナンナを街へ連れ出した。
アイドルにするなら。
まずは外を知らなきゃ話にならない。
「うわ……」
思わず声が漏れる。
イナンナが。
全部に反応する。
コンビニ。
自販機。
ゲームセンター。
信号機。
全部だ。
まるで異世界から来た人間だった。
「お前本当に外出たことないのか」
『ほとんどない』
そう書かれていた。
閉じ込められていた。
ゲームセンター。
イナンナは UFO キャッチャーの前で立ち止まる。
ぬいぐるみ。
猫。
犬。
クマ。
目を輝かせている。
子供みたいだった。
「やりたいのか」
猛烈に頷く。
分かりやすい。
十分後。
結果。
五千円消えた。
「お前な……」
イナンナはしょんぼりしている。
すると。
近くにいた店員が見かねたのか。
ぬいぐるみを取ってくれた。
イナンナは驚く。
そして。
深々と頭を下げた。
店員は少し照れていた。
帰り道。
イナンナは猫のぬいぐるみを抱えている。
嬉しそうだった。
その顔を見ながら思う。
本当にアイドルか?
普通の女の子じゃないか。
むしろ。
普通の女の子ですらない。
世界から切り離された少女。
それがイナンナだった。
夕方。
家へ戻る。
すると。
一通のメールが届いていた。
差出人。
アイドルゲーム運営。
件名。
『予選ルールについて』
開く。
そして。
僕は固まった。
予選内容。
動画投稿。
SNS 評価。
再生回数。
人気投票。
その総合点。
つまり。
百日後ではない。
今から始まっている。
「最悪だ」
思わず呟く。
イナンナが首を傾げる。
僕はスマホを見せる。
「お前」
「今日からアイドルだ」
イナンナは画面を見る。
しばらく固まる。
そして。
ノートを開く。
『何をすればいい?』
僕は考える。
歌は無理。
トークも無理。
ダンスも未知数。
何もない。
本当に何もない。
だが。
一つだけあった。
初めて会った時。
あの手。
あの動き。
あの言葉。
僕はイナンナを見る。
「手話」
イナンナが瞬きをする。
「お前の武器はそれだ」
世界はまだ知らない。
声のない少女が。
これからアイドルゲームをひっくり返すことを。




