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その7:悪は死すべし、慈悲はない


「ザクロさん、少しよろしいでしょうか?」


 ザクロの部屋をノックし、中に声をかける。

 少しして私服のザクロが出てきた。


「ステラさん。どうかしたのかしら?」

「実はご相談がありまして」

「……もしかしてイルガ様のことで?」

「はい」

「……」


 軽く悩む素振りを見せた彼女はおもむろに切り出した。


「場所を変えないかしら。屋敷の中でする話でもないでしょう?」

「……そうですね。どちらでいたしましょうか?」

「いい店を知っているわよ」

「本当ですか」

「小さな酒場なんだけれど、店長が私の知り合いなのよ。言えばすぐに個室を用意してくれるわ。そこで飲みながら話をしましょうか」


 店長が知り合いの、小さな酒場で、個室を用意してくれる。

 俺が色眼鏡で見ているだけかもしれないが、何かやたらと怪しい雰囲気を感じるのは気のせいだろうか。

 だからと言って、断ったところで情報は得られない。

 飛び込んでみるしかないのだ。


「はい、お願いします」

「じゃあ、私も準備するから、半刻後にまたこの部屋に来てくれるかしら?」

「分かりました」


 酒場に行くだけでそんな準備がいるのだろうかと思ったが、直接聞くことはしなかった。

 それから俺も部屋に戻って私服に着替え、クィナと軽く打ち合わせを行った後、時間を待ち、ザクロと合流した。


「行きましょうか」

「はい」


 部屋から出てきたザクロの服は多少華美なものに変わっていたが、準備に半刻――つまりは一時間もかけるものとは思えない。

 酒場の店主に連絡するだけなら二十分もあれば済む。

 準備と言っていたが、一体、何を準備したというのだろうか。

 そして、その右手の人差し指にはきれいな銀細工の指輪がはまっていた。


「……その指輪きれいですね」

「ああ、これ? 父の形見なのよ。さすがに仕事中は付けていないけど、こうして外に出かけるときはいつも付けてるわ」

「そうですか……」


 父親の形見の指輪、どこかで聞いた話だ。

 ザクロに案内された店は、ドシュハンメイの繁華街から裏路地に入ったこじんまりとした場所。

 周囲に人気は少なく、落ち着いているとも、周りの助けが期待できないとも言える場所だ。

 小川に面しており、雰囲気だけはいい。

 小さな看板の掛かった入口から中に入る。

 カウンターには一組のカップルとさらに女性が一人。


「マスター、奥の部屋を借りるわね」


 ザクロはカウンターにいる男の返事も聞かず、奥に進んだ。

 その後ろに続く。

 ザクロとともに入った部屋は小川のすぐそばのようで、窓から川の様子がよく見えた。

 席に着くと、川のせせらぎの音が心地よく感じる。


「いいお部屋ですね」

「でしょう? 私もここで飲むのを気に入っているのよ」


 それから、特に注文したわけでもないのに酒と料理が運ばれてきた。


「それで相談って何かしら」

「実は……」


 今日起きたことを包み隠さずザクロに話した。

 脚立を踏み外し、イルガに抱き留められ、好きだと告白された。

 話しているうちにザクロの表情は徐々に険しいものになっていった。


「それはまたイルガ様も大胆な行動に出たものね……」

「わたしはどうすればいいでしょうか?」


 一応、相談という体(てい)なので、対応策を尋ねる。

 しかし、ザクロはそのまま席を立った。


「ごめんなさい。お酒を飲むとちょっと……お手洗いに行ってくるわね」


 そう言い残し、部屋を出て行く。

 俺は酒と料理に目を落とした。

 ザクロが真っ先に手を付けたので、薬のたぐいは何も入っていないことは確かだが、俺はほとんど口にしていない。

 酒で軽く唇を湿らせた程度。

 アリヤとの意思疎通が困難だったのも、何らかの薬の副作用ではないか、という話をホームで聞いていたため、それを警戒している。

 戻ってきたザクロは一杯のグラスを持っていた。


「マスターおすすめのお酒よ。ステラさん、あまりそのお酒に口を付けていなかったから苦手なのかと思って、甘くて飲みやすいものを用意してもらったわ。どうぞ」


 ザクロからグラスを受け取る。


「さ、飲んでみて」


 優しい微笑みで勧めるザクロ。


「あまりお酒は好きではないもので……ザクロさんが飲まれてはどうですか?」

「私? 私はほら、こっちで十分よ」


 そう言って、さっきから飲んでいた酒の入ったグラスをザクロはあおった。

 そっちは飲むが、こっちは飲まないと。

 ますます怪しい。

 怪しいが、俺が飲まなければザクロも行動を起こそうとはしないだろう。


「そうですか。じゃあ、少しだけ」


 俺は袖で隠すようにして腕を覆っているエグゾウルを起動した。

 グラスに口を付けるふりをして、袖に隠したエグゾウルをストローのような形状に変化させ、その中に酒を注ぐ。

 グラスに入った酒の量はそう多くない。

 これくらいの量ならエグゾウルの中に密封してしまえる。

 これが物的証拠にもなるはずだ。


「ほんとだ。これ、おいしいですね」


 天使のような笑顔でそういう感想も述べておく。


「よかったわ。口に合ったみたいで」


 ザクロはしたり顔でうれしそうにしていた。

 やはり薬を盛ったのだろうか。

 先ほどまでは少し作り物めいていた表情が今は心からのものに変わっている気がする。

 薬を飲ませたことで安堵し、緊張がほどけたというような顔だ。

 しかし、ここから難しいのは俺が薬を盛られた演技をしなければならないということだ。

 アリヤの状態は知っているが、同じ薬かどうかも分からないわけだし。

 とりあえず俺は十分ほど経過し、ザクロが俺の表情をちらちらと伺い始めたところで演技を始めた。


「あれ? なにか力が……」


 全身の力を抜き、テーブルに勢いよく突っ伏する。

 その衝撃でグラスが床に落ち、甲高い破砕音を響かせた。

 もしザクロがシロなら、酒に酔ったということでこの状況も言い訳はできるはずだ。

 さあ、どうするザクロ。


「ステラさん? 大丈夫?」


 ザクロは心配そうな声をかけてくる。

 肩に手を置いて、俺の体をゆすってきた。

 アリヤの例から言って、多分、意識を失うものではないはずなので、返答は返す必要がある。


「……す、みません。な、んだか、体の力が……」

「あらあら。随分酔っちゃったみたいね、ステラさん。大変だわ。少し人を呼んでくるから待っていて」


 ザクロはそう言い残してまた部屋を出て行く。

 俺は扉が閉まるのを確認すると、ポケットから取り出したナイフを窓の外に投げた。

 エグゾウルで作ったものではなく、本物のナイフだ。

 鏡面のように磨かれた刃はよく光を反射し、目立つ。

 これは合図だ。

 ほどなくしてザクロが帰ってきた。

 首を動かすのも難儀だという感じでゆっくりと入口に顔を向けると、彼女の後ろから男が三人、ぞろぞろと部屋に入ってくるところだった。


「みんな、彼女を二階に運んであげて」

「おいおい、こんな上玉いいのかよ!」

「うひょー、こいつもいい女じゃねえか!」

「やべえ、顔だけでイケる」


 明らかに言動がもうアウトの連中だった。

 それでも、俺は一縷の望みにかけて、息も絶え絶えな演技をしながら、ザクロに聞く。


「ざ、くろ……さん。この人たちは……?」

「……」


 しかし、彼女は答えない。

 冷たい目で俺を見下ろすだけだ。

 ザクロの性根が見えた瞬間だった。

 それから、俺は男たちに運ばれて二階に連れていかれた。

 その際、一度カウンターのある部屋に戻ったのだが、既に客は誰もいなくなっていた。

 マスターはいるが、俺には目もくれずに淡々とグラスを拭いている。

 やはり店主もグルだったということだろう。

 二階の部屋は大体五メートル四方くらいで、その中央に大きなベッドが置かれている。

 そのそばにあるテーブルや小棚には、薬の瓶らしきものや大人のおもちゃ的なものが置かれていて、いろいろと生々しくて気分が悪くなった。

 中には血が付いているものもあったりして、反吐が出そうだった。

 俺はベッドの上に乱暴に寝かされる。

 その際、下ろした男がさらっと胸を揉んできて、思わず腕を切り落としてやろうかと思った。

 だが、相手の力量が分からないうちに、いきなり三人と正面戦闘は避けるべきだと理性が判断していたので、ぎりぎり踏みとどまった。

 男がベッドから下りた代わりにザクロが乗ってきて、俺に覆いかぶさるような形でこちらを見下ろしてくる。


「ねえ、ステラさん。今からあなた、自分がどうなるか分かる?」

「……どう、なるんですか?」

「動けない体をあいつらに蹂躙されて、心も体もぼろぼろにされちゃうのよ。ああ、かわいそう……」

「わた、しに何を……のませた、んですか……?」

「体がしびれちゃって動けなくなる薬。あとめちゃくちゃ敏感にもしてくれるんだって。よかったわね。三人に責められて天にも昇れる気になれるわよ。まあ、その代わりにちょーっとばかり頭がおかしくなっちゃう副作用もあるみたいだけどね」


 ザクロは頭の横で指をくるくると回し、それから勢いよく手のひらを開くジェスチャーをする。

 頭がパーになるを表しているのだろう。

 所作に性格の悪さがにじみ出ている。


「でも、いいわよね? 終わった後、頭がいっちゃっても。なんせ最中は最っ高に気持ちいいらしいわよ。誰も彼もいろんな液でどろどろになるぐらいにね。あなたのその澄ました顔が快楽に歪むのが楽しみだわ」


 そう言って、ザクロは俺の頬を舐める。

 生あたたかい舌の感触に俺は頬を歪ませた。

 さっきの男に胸を揉まれたのよりも気色が悪いかもしれない。

 行動というよりこの女の精神性が気持ち悪い。


「さあ、始めてみんな。こいつ、壊しちゃって」


 ザクロのその冷たい宣言とともに三人の男がベッドに近づいてくる。

 俺は袖の下のエグゾウルを変形させ始めた。

 さて、そろそろ来るだろう。


「どーん!」


 その瞬間、鍵のかかっていたはずの扉は外側から蹴破られて、ものすごい勢いで反対側に飛んでいった。


「なんだ!?」


 驚く暇もなく、入口にもっとも近い場所に立っていた男は、ものすごいスピードで突っ込んできた少女に顔面を殴り飛ばされた。


「がはっ!」

「悪は死ねえ!」


 その少女とは当然クィナ。

 俺が投げたナイフの合図でこの店に潜入し、この部屋に突入する頃合いを見計らっていたのだ。

 事前の打ち合わせでは、指輪の在処を探すためにも、ザクロにしゃべるだけしゃべらせようという話になっていたから、このタイミングになったが、既に指輪の在処は明白な以上、結果的にはもっと早いタイミングでもよかったかもしれない。

 何はともあれ、クィナの言った言葉が全てだ。

 悪は死すべし、慈悲はない。

 俺はベッドから飛び起きて、俺の胸を揉んできた男の股間を思い切り蹴り上げた。


「あっ……がっ……ぐぅ!」


 哀れ、男は悶絶。

 泡を吹いて気絶。

 胸を揉んだ代償に男の子孫は断絶。

 ちなみに足先をエグゾウルでコーティングしているので、金属バットで殴られた程度の衝撃はあるはずだ。

 それがどれほどの痛みなのかは俺には分からない。


「なんで動けるの!?」


 ザクロが驚愕に目を見開く。

 アホみたいなその顔に少しだけ溜飲が下がった。

 一人はクィナに殴られて気絶。

 もう一人は俺に蹴られて悶絶。

 残るは一人。

 その一人にはクィナが向かって行ったので、俺は代わりに部屋の外に逃げようとしたザクロの進路を塞いだ。


「くっ……!」

「逃げないでくださいね。ザクロさん。大人しくしていれば、少なくとも足の骨を折られることはありませんよ?」

「ち、ちがうのよ、ステラさん。私はあいつらに脅されただけで……っ!」」

「はあ……」


 あれだけノリノリで俺をいたぶろうとしていたのに、自分の形勢が悪くなったと見るやこんな言い訳を述べ連ねる。

 その人間性に侮蔑を覚えた。

 この女は俺が嫌いな、見た目の良さを性根で台無しにする美少女そのものだ。


「片づけたよ、ステラー! あ、そいつも一発いっとく?」


 気づくと、クィナが最後の一人をのしていた。

 そして、ザクロを指差して、笑顔で怖いことを言っていた。


「ううん。ザクロさんにはまだ話があるから。その人たち縛り上げて、それから、衛兵を呼んできてくれる?」

「あいあいさー!」

「あ、そうだ。下のマスターはどうしたの?」

「殴ったら気絶したよ。弱かった!」

「そ、そう」


 さすがクィナだ。

 返答にも迷いがない。

 戦闘スタイルも腕にエグゾウルをまとって殴るという単純明快なもので、そこにも彼女の性格が表れている。

 シンプルイズベスト。

 素直さこそ彼女の力なのだ。

 それから、クィナは持参した縄でせっせと男三人を縛り上げ、飛ぶように部屋を出て行った。


「さて、と」


 俺はクィナにもらった縄でザクロの手足を縛り上げる。

 それから、彼女をベッドに放り投げた。

 女の細腕でも、エグゾウルを外付けの筋肉みたいに使えば、こうした膂力を発揮することもできる。


「な、なにするのっ!?」

「黙れ」


 俺の剣幕にザクロは青い顔で口を閉じた。

 まず俺は彼女の指にはまっていた指輪を外した。

 それから、彼女の体をまさぐって、ポケットに入っていた薬瓶を見つける。


「俺の質問に正直に答えろ。これがさっきお前の言ってた薬?」

「お、おれ……?」

「うるさい。質問に答えろ」

「そ、そうよ。あなたに飲ませたのもそれ」

「じゃあ、次の質問。この指輪は誰のもの?」


 俺はザクロの指から外した指輪を彼女の目の前に示す。


「……私のものよ」

「本当に?」


 俺は薬瓶の蓋を外した。

 それをザクロの口元に近づける。


「ま、待って! なにするの、やめて!」

「もう一度聞く。この指輪は誰のもの?」

「……アリヤのよ」

「はあ……」


 この期に及んで嘘をついて逃れようというその根性があまりにも醜い。


「次の質問。どうして俺にこんなことをしようとした?」

「……あなたがイルガに気に入られたからよ!」

「もっと詳しく話して」


 そこからのザクロの話は、身勝手な都合にまみれたひどい戯言の山だった。

 俺の想像通り、ザクロはイルガとの婚約目的で使用人に出された。

 最初こそ見た目のよさからお付きのメイドに選ばれたものの、過激なアプローチによりすぐにその任を解かれる。

 代わりに選ばれる他のメイド。

 イルガが他の女に取られるのはではないかと、ザクロは焦燥に駆られた。

 そして、他の女とくっつくことがないようにと、ザクロはイルガのネガティブな噂を流し始める。

 彼は女を喰いまくっているとか、その手段も問わないとか、俺がここに来る原因になった噂だ。

 ザクロはそうした噂を流すことで、他の女がイルガに好意を持つのを妨害しようとした。

 その甲斐あってか、だんだんとメイドはイルガを怖がるようになり、イルガもまたメイドを怖がるようになる。

 自分が選ばれることはなくとも、他人がイルガとくっつくことはない。

 その状況に安堵を覚えていたザクロだったが、次々と代わっていくメイドの中で、アリヤから聞き捨てならない話を聞かされる。

 イルガに無理やり抱きしめられたという例の勘違い。

 だが、アリヤが切に訴える様子から、ザクロはそれを事実だと誤認した。

 そして、自分と違い、何もせずとも迫られるアリヤに嫉妬し、焦り、以前から自分の家とつながりのあった犯罪組織に連絡を取り、蛮行に及んだ。

 貴族の家も決して清廉潔白な家ばかりというわけではない。

 マリオン家にはなかったが、そうした裏のつながりを持つ家もあるのだろう。


「……こんなところよ。これで満足したかしら?」

「事情は大体分かった。一切同情の余地のない事情だけど。いくらイルガのことが好きだからってこれは……」

「は? 何言ってるのよ。あんなヘタレ野郎、好きになるわけないじゃない!」

「じゃあ、なんで……」

「お金に決まってるでしょう。テイドウに嫁げば将来安泰だからよ。あんなヘタレでも当主の一人息子、一生豪華な生活を送れるのなら、そのチャンスを逃さない手はないわ」

「……はあ」


 結婚をどう捉えるのも個人の自由だが、その自由が他人に害を及ぼしている以上、放っておけるものではなくなる。

 金のためだろうが、愛のためだろうが、非合法な手段を取った時点で人間おしまいだ。

 法を犯してまで得る価値のあるものなんてそうそうないだろうに。

 時には妥協も必要なのだよ。

 俺だって貴族の美少女を諦めて、アマゾネスやってるぐらいだし。


「ザクロ」

「なによ」

「残念だけど、これからのお前に待ってるのは豪華な生活なんかじゃないよ。みんなに後ろ指を指される惨めな生活だ」


 そして、手段を選ばなかったがゆえに、この女は全てを失う。

 文明レベルが中世のこの世界に刑務所のたぐいは存在しない。

 ゆえに、この女が投獄されることはなく、貴族の娘であるがゆえに刑罰も精々罰金程度だろう。

 実行犯の男たちは恐らく処刑されるだろうが、この女は生き残る。

 それでも、自分の利益のためにライバルの女を非合法な手段で蹴落としたという醜聞は消えない。

 そんな相手と婚儀を結ぼうという貴族なんて存在しない。

 領地に送り返されたとして、待っているのは針の筵のようなつらい毎日だろう。


「お前の自分勝手なわがままのせいで心身ともに傷ついたアリヤと、そして、利己的な噂の結果、自尊心を傷つけられたイルガに対して、犯した過ちを反省しながら、精々惨めな毎日を送るんだな」

「は……」


 ザクロは諦めたように、馬鹿にするように、小さく息を吐いた。

 俺はそんな彼女の美しい顔に渾身の右拳を振り下ろした。

 何度も。

 何度も。

 アリヤが感じた恐怖をこの女にも味わわせるために。

ドシュハンメイ→シュハンメイド→主犯メイド

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