その8:いい女には謎が多い……かどうかはよく知らない
にわかに外が騒がしくなってくると、俺は店から出た。
ザクロは既に気絶している。
多少ぼこぼこに殴り過ぎてしまったが、アリヤの受けた苦痛を思えばそれでも安いくらいだろう。
襲われかけた俺が腹いせにザクロをぼこぼこにしたとしても、衛兵は見逃してくれるはずだ。
衛兵が店の中に入っていく様子を見届けていると、突然、後ろから抱きしめられた。
一体、何事かと振り向くと、そこには泣きそうな顔になっているイルガの姿があった。
「……あの、何のおつもりでしょうか?」
「大丈夫かステラ! 何もされてないか!?」
「大丈夫ですから、離れてもらえますか?」
「複数の男たちに乱暴されかけたと聞いた。それも首謀者はザクロだと。心配になってすっとんできたんだ。まさかこんなことになるとは……俺の不徳の致すところだ」
「イルガ様に責任はないと思います。ていうか、離してくれますか?」
「す、すまない……」
イルガから離れると、乱れた衣服を軽く整える。
そして、俺は遠慮がちに口を開いた。
「イルガ様、お願いがあります」
「何だ?」
「辞めさせてください」
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次の日の朝、俺は荷物をまとめてテイドウ家の屋敷の前に立っていた。
メイドとしての業務を行う中で恨みを買い、危うく襲われかけた。
この事実がある以上、仕事に嫌気が差して辞職すると言ったところで誰にも引き留めることはできない。
執事のクリームランドも苦い顔をして同意してくれた。
どさくさに紛れてクィナも辞めることになったが、彼女は俺の親戚ということになっている。
俺と一緒に辞職したとして何の不思議もない。
イルガは俺の辞職に難色を示していたが、それでも、表立って反対することはできなかった。
事情が事情だ。
貞操を危険に晒してまで仕事を続けろなんてわがままは彼でも言えないだろう。
俺が襲われた原因の一端が彼にあるという理由もある。
ザクロは彼との婚約が当初の目的だったのだから。
そして、晴れて俺は任務を達成し、自由の身になったのだ。
「……本当に辞めるのか?」
「くどいですね。ていうか、もう辞めてますよ。格好を見てください」
俺はイルガの最後の抵抗にあっていた。
辞めるなとは直接的に言わずとも、残ってほしいという思いはありありと見てとれた。
それでも、俺がここに残る理由はない。
アマゾネスたちとの関係がなければそれもよかったかもしれないが、俺には属する集団というものがある。
ここで使用人をやりたいとは思えない。
「分かった。もう情けないことは言わない。ただ最後にもう一つだけ聞かせてくれ。使用人としてではなく、俺の妻として残る気はないか?」
「……」
告白を飛び越えてプロポーズが飛んできた。
一度、半ば振られておいてこの言葉が出るというのは、イルガもなかなかにタフだと言える。
「申し訳ありませんが、お断りさせていただきます。わたしにはその資格がありませんので」
「資格だと……それはどういう意味だ?」
「言葉通りですよ。テイドウ家の跡取りがわたしのような何の力も持たない小娘を妻に迎えるべきではないでしょう」
「そんなことはどうだっていい! 俺はお前が……」
ヒートアップするイルガの口に人差し指を立て、彼を黙らせる。
その仕草はまるでどこぞの物語のヒロインのようで、俺の求める美少女としての振る舞いそのものだった。
「少なくとも今はその誘いに応える資格すら私は持ちません。ですが、もしこの国がとある領地を取り戻すことがあれば、話は別です」
「とある領地……?」
「隣国に奪われたマリオン家の領地をこの国が取り戻し、そして、その時もまだイルガ様がわたしを想っていらっしゃるのであれば、お話を前向きに考えたいとそう思います」
イルガは目を瞬いて俺の顔を見ていた。
ここのところ彼が勉強していた政治に関する書物の中にも、マリオン家に関する情報は詳しく載っていた。
直近で他国に奪われた領土なのだからそれも当然だろう。
たとえイルガがこれまで政治と無縁に生きてきたお坊ちゃまでも、ここまで言えば俺が誰なのかくらい察しがつくだろう。
「ステラ……マリオン……まさかお前は」
俺はミステリアスに微笑むだけでその答えとした。
これもまた美少女の振る舞いだ。
そして、イルガは一人で納得して、決意に満ちた表情を浮かべた。
「分かった。俺が必ずお前の故郷を取り戻してみせる。だから、その時まで待っていてくれ」
「イルガ様のご活躍を楽しみにしております」
本当に取り戻せるとは思っていない。
ただ、俺は領地を取り戻せるのなら誰の嫁に行ったって構わないと思っているだけの話だ。
「それでは、さようなら」
優雅に一礼して、テイドウ家を去る。
「また会おう、ステラ」
再会を望むイルガのその言葉に、俺はただ淡い微笑みだけを返した。




