その6:困るんだよねーそういうの
二日目の仕事を終えた深夜、俺とクィナは密かに宿舎を抜け出し、アマゾネスへの報告場所に走った。
連絡役の女戦士に報告を行ったが、特に目立った成果があるわけではないので、数分で済む。
女戦士の方からもホームの森にいるアリヤの様子について教えてもらったが、少しは落ち着いてきたものの、依然としてまともな会話は難しい状態らしい。
本人から情報を得るのが一番簡単だが、数日程度ではまだ難しいということだろう。
報告はそれで終わり、俺とクィナはすぐにベッドに戻った。
三日目の朝、俺はまたイルガのお付きを続ける。
「イルガ様はザクロさんのことをどう思われますか?」
例によって絵のモデルをしながら、雑談半分にイルガに話を振る。
真剣にキャンバスに向き合っていたイルガは手を止め、顔を上げた。
「怖い」
そして、端的にそれだけを告げると、また作業に戻った。
「怖い、ですか。どの辺りがでしょう」
「勢いだ。あいつも一年前、俺のお付きのメイドだったんだが」
「ああ、やっぱりそうなんですか」
彼女は整った造作をしているので、イルガが見た目を重視しているというのなら、なぜ彼女をお付きにしないのだろうと疑問に思っていたのだが、既に過去に付けたことがあるというのなら納得だ。
「ことあるごとにボディタッチしてきたり、頼んでもないのにマッサージをすると言ってきたり、とにかく勢いが怖かったんだ。俺が病気で寝込んでいるときには、ベッドに潜り込んで、添い寝いたしましょうかと提案してきたこともあったな」
「……うわ」
それは確かに怖いだろう。
身の回りの世話をするお付きのメイドがその様子では、落ち着いて生活できないだろうし。
童貞はぐいぐい来られるのが苦手だという話もある。
それも人によるかもしれないが、少なくともイルガは苦手だった。
しかし、その話を聞いていると、やはりザクロはイルガと結ばれることを目的としてこの屋敷の使用人になったことが分かる。
そして、お付きのメイドとなったのをいいことに、積極的にアプローチをしたと。
結果は芳しくなかったようだが。
「度重なる過激な行動に俺は嫌気が差し、メイドを代えてもらったというわけだ」
「まあ、そうなるでしょうね」
「もっとも代わったメイドは皆一様に俺を避けるようになったんだから、どっちがよかったんだが分かりゃしないが」
自嘲気味にイルガが言う。
実際、彼には女難の相でも出ているのではないだろうか。
迫られたり、避けられたり、いろいろとかわいそうだ。
俺は迫ることも避けることもしないが、別の目的でここに来ているわけだし、まともなメイドとは言い難い。
用事を終えたらすぐ去ることにもなるだろうし。
せめてここにいる間は理想的なメイドとして立ち振る舞おう。
「わたしは避けたりしませんので、安心なさってください」
「……そうだな。お前は別だ。正直、お前が来てくれてから心が穏やかになった気がするんだ。本当に助かっている」
「どういたしまして」
三日目でここまで言われるのは正直うれしかった。
俺が今までやってきたことが認められた気持ちになった。
見た目だけでなく、言動にも美しさを求めてやってきたことが無駄ではなかったと思えた。
「昨日お前に言われたことも正直心に突き刺さった」
「昨日というと、その……」
「貴族の義務の話だ」
「……あれは忘れてくださって結構ですよ」
俺としては余計なことを言ったという認識でしかない。
「忘れられるものか。ああも堂々と正面から叱られたのはオヤジ以外では初めてだったからな。それがかなり身に染みたんだ」
「叱るなんてそんなつもりは……」
「お前自身はそうだろうな。だが、俺は叱られている気分だったんだ。あの後、俺はお前の言ったことを自分なりに考えてみた。お前の言ったことは全て正しかったと思う。俺は自分の恵まれた生まれに甘えてたんだ」
イルガは神妙な様子だった。
本当に反省したらしい。
「だから、オヤジに仕事を手伝わせてほしいと文を送っておいた。今まで散々オヤジにそう言われては無視し続けていたのに勝手な話だが、それでも、何かしなければいけないと思ったんだ」
「……ご立派だと思います」
「立派というか、当たり前のことなんじゃないか、お前の話によれば。何せ俺は今まで義務を果たしていなかったんだからな」
「すみません」
「あ、いや、違う。お前を責めてるんじゃないんだ。ただ、俺はお前の言ったことが正しかったと言いたかっただけで」
昨日は我慢できずに言いたかったことを言っただけだが、それがもしイルガにいい影響を与えたのだとしたら、言ってよかったのかもしれないと思った。
それからのイルガの様子は昨日までとは少し違っていた。
空いた時間に絵を描いているのは同じだが、それ以外に政治関係の書物に目を通している姿が見られた。
「勉強されているんですね」
「ああ。それが貴族の在り方なんだろう?」
「……すみません」
「だから、責めているわけじゃないんだ。ただこれで正しいのかとお前に聞きたくなっただけで」
「わたしの意見は気にしないでください。イルガ様の思う通りになされればいいかと思います」
「それはそうかもしれないが……あれだけ言ったんだから、いいと思うかぐらい言ってくれてもいいだろう」
「……いいと思います」
俺がそう言うと、イルガは満足そうに笑い、書物に目を戻した。
しかし、ふと思い出したというようにすぐに顔を上げて、こちらを見る。
「そういえば、貴族についてあれだけしっかりとした信念を持っているということは、お前もザクロと同じように辺境の貴族だったりするのか?」
「……いえ、わたしはただの一般市民ですよ。田舎から出稼ぎに来ただけです」
「そうなのか? なら、どうしてああもしっかりとした考えを持つようになったんだ?」
「親戚に貴族の屋敷で働いていた者がいまして、その人から話を聞くうちにそうした考えを持つようになっただけです」
口から出まかせがするりと出た。
下手に真実を言ったところで面倒事は目に見えている。
イルガには悪いが、ここは嘘で押し通すしかない。
「それだけのことで、あそこまできちんとした意見を持てるとは、お前は頭もよく回るんだな」
幸いイルガは疑っていないようだった。
素直な奴でセーフ。
だが、これ以上余計な口を開かないように注意しなければ。
※
四日目にもなると、仕事にも慣れが出てきた。
掃除に配膳にその他雑事等々、流れ作業のようにこなせるようになった。
イルガともだいぶ打ち解け、ちょっとした信頼関係もできつつある。
待機部屋にずっといるのも退屈だったので、一緒に政治の勉強をしていいかと聞いたら、二つ返事で快諾してくれるぐらいには関係を築けている。
彼は童貞みたいなところはあるものの、女と話をすること自体は苦ではないようで、意外と話していて楽しいと感じることもある。
仕えるのに無理な要求をされるわけでもないので、女戦士に加わっていなかったらここで働くのもいいかなと思えるくらいだ。
そんなふうに居心地の良さを感じ始めたからか、その時、俺は少しばかり張り切って掃除に臨もうとした。
具体的には手の届かない本棚の上部分の埃を払おうと、脚立に乗って背伸びをして掃除に励んでいた。
メイドの仕事に慣れて若干調子に乗っていたのもあるだろう。
あ、と思った時には脚立を踏み外していた。
「わっ……!」
「お、おい!」
そして、ちょうどいいタイミングで本棚の本を物色していたイルガが、バランスを崩した俺を抱き留め、そのまま床に倒れ込む。
ラブコメのお約束みたいなミスを犯してしまった。
結果として、床の上でイルガと抱き合うような形になった。
「申し訳ありません。けがはないですか?」
「あ、ああ。大丈夫だ」
起き上がろうとした俺は、しかし、イルガにぐいと引っ張られる。
「イルガ様?」
「……好きだ」
「……は?」
突然、耳を疑う言葉がイルガの口から発せられた。
今、何て言った?
「俺はお前が好きだ」
「……ええっと」
唐突過ぎて反応に困る。
俺の美少女マニュアルには、脚立を踏み外して抱きしめられたときの告白に関する対応なんて載っちゃいないのだ。
「……お前が悪いんだ。いきなりバランスなんて崩すから。こうも密着されて体温とか肌の柔らかさとか感じたら、我慢できなくなるだろ」
「あー、えっと、それはごめんなさい、でいいんですかね」
「俺に聞くな」
童貞とはそういうものなのだろうか、俺には分からないが。
「とりあえず離していただけますか?」
「……悪い」
解放され、立ち上がる。
イルガはばつが悪そうに視線を泳がせている。
「イルガ様」
「何だ」
「わたしはさっきのお言葉に何か答えを返した方がいいんでしょうか?」
「……いや、いい。その冷静な疑問が出てくる時点で、何となく答えは分かった。それに、変に気まずくなって辞められる方が困る。あれは聞かなかったことにしてくれ」
「了解いたしました。お気持ちはうれしいですよと一応、言っておきます」
「……はあ」
イルガは消沈した様子だった。
まあ、実質振られたみたいなものだと思えば、それも無理からぬことだろう。
申し訳ないが、こっちもやることがあってここに来ている身だ。
色恋がどうのと言っている場合ではない。
だが、この突発的告白も考えようによっては使える手札だ。
例えば、ザクロが犯人だと仮定する。
イルガにしつこく迫っていたザクロがメイドを交代させられ、その後にアリヤがイルガに無理やり抱きしめられたという話を聞き、嫉妬や焦燥といった感情からアリヤを排除しようとした。
その手段として、男に乱暴させるという卑劣な手段を取った。
こう考えればどうだろう。
同じように、俺がイルガに告白されたという話をすれば、彼女は何らかのアクションを起こすかもしれない。
あくまでザクロが犯人ならという単なる推測でしかないが、やってみる価値はある。
というか、それくらいしかやれることがない。
ということで、その日の仕事を終えた俺はザクロの部屋へと向かった。




