その5:誰にでも事情はあるよねー
次の日も俺は当然イルガお付きのメイドとして働く。
こじれた童貞の世話というのはあまりしたくはないが、仕事だから仕方がない。
指輪の行方も探さなければいけないし。
「お前、恋人とかいるのか?」
部屋の掃除をしていると、イルガがそんなことを聞いてきた。
まさか俺に気があるとかじゃないよな。
いや、さすがに会って二日でそれはないだろう。
単なる世間話か。
にしては下世話な質問だが。
「いません」
「そ、そうか。変なこと聞いて悪かった」
少し迷惑そうな顔で答えると、イルガはすぐにたじろいで顔を背けた。
直前まで向き合っていたキャンバスにまた目を戻す。
今日も今日とて彼は絵を描いている。
よっぽど絵を描くのが好きなのだろう。
というか、昨日からずっとこんな感じだ。
部屋に引き持って絵を描くか、本を読むか、寝転がっているか。
たまに庭に散歩に出かけることもあるが。
貴族の、それも政務長の跡取り息子なのに、勉強の一つもしていないのはいかがなものか。
「イルガ様は跡取りなんですよね。政治のお勉強とかされないんですか?」
だから、向こうも立ち入ったことを聞いてきたというのもあり、こちらからも踏み入ってみる。
イルガは苦い顔をして答えた。
「俺はオヤジの跡なんて継ぎたくない。ずっと絵を描いていれば満足なんだ」
「……そうですか」
彼がどう考えていようが自由ではあるが、領地を失った元貴族としては少し不満にも感じる答えだ。
貴族としての責任を放棄し、好き勝手に生きようなんて、わがままでしかない。
自分が何に生かされているかも分かっていない子どもの答えだ。
「そのために誰のお金が使われているか分かっていますか?」
「え?」
だから、俺は使用人としての領分を超えた物言いだと思っていても言わずにはおれなかった。
「絵を描くのにも材料がいりますよ。そのキャンバスも絵筆も絵具も決して無料で手に入るわけじゃありません。その代金を誰が出しているか、分かっていますか?」
「それは親父が……」
「お父様のお金というのはその通りでしょう。ですが、貴族の、引いては元老院議員の報酬というのは共和国市民の血税によって賄われています」
「……」
「もちろんあなたのお父様は議員以外にも収入を得る手段は持っているでしょう。ですが、市民から徴収したお金によってその生活が支えられているというのも厳然たる事実。その子どもであるイルガ様の生活もまたそうです。それもただの生活ではなく、一般市民と比べれば、豪華と言える生活です」
イルガは呆然とした顔をして俺の話を聞いていた。
このくらいでやめるべきかとその表情を見て俺は思ったが、途中で止めるのも気持ちが悪い気がして、結局、最後まで言い切ることにした。
「であるのなら、貴族はその地位に甘んじるのではなく、その地位にふさわしい責任を果たさなければなりません。特権階級に生まれるということはそういうことだと私は思います。それがノブレスオブリージュです。恵まれた生まれに見合うだけの義務を貴族は果たさなければなりません」
「……義務、か」
「……差し出がましいことを言ってしまい、申し訳ありませんでした」
「あ、いや、そんなことは……」
「掃除は終わりましたので、失礼いたします」
本当は若干足りてないところもあったのだが、余計なことを言った手前、部屋にいづらくて、足早に退室する。
「はあ……義務を果たしてないのはどっちだよってね」
待機部屋で一人つぶやいた。
もはや果たせなくなった義務感が俺にああした言葉を言わせたのだろう。
果たしたかったのに果たせなかった義務感を、見て見ぬふりをするどころか、その存在すら認識していなかったイルガに分からせてやりたくなった。
ここに来た目的はそんなことではないはずなのに。
「まだ貴族やりたかったのかな、わたしは」
アマゾネスに加わったことでそんな意識はなくなったと思っていたが、実はそうでもないらしい。
誰かの役に立ちたいという気持ちが心の中にあったのだろう。
立場があればよりいろんな人の役に立てるから、それでイルガを羨んだということもあるかもしれない。
「……今は指輪だ」
ぺちんと頬を叩いて気を取り直した。
果たせなかった義務感もいずれは報われる時が来るだろう。
だが、それは目の前のタスクを片付けてから考えればいい。
「よし!」
気合を入れ直した俺だったが、相変わらず待機中は何もできないので、今日の仕事が終わった後、聞き込みでもするかと心に決めた。
しばらくして、再び呼び鈴が鳴る。
若干、気まずい思いをしながらそれに応じると、イルガはさっきの話題に特に触れようとはしなかった。
昨日と同様、絵のモデルになることを求められ、それに応じる。
モデル中は暇なので、イルガからも情報収集を行うことに決めた。
「イルガ様。アリヤという女性を知っていますか? 少し前までここで働いていた使用人だったのですが」
アリヤは今回被害に遭った女性の名前。
俺がそう切り出すと、イルガは怪訝な顔をした。
「お前の前のメイドだった女だが、それがどうかしたのか?」
何となくそんな気はしていたが、アリヤもイルガのお付きのメイドだったらしい。
その立場が被害を受けたことと関係があるのかは分からないが。
「いえ、ちょっとした知り合いなのですが、行方が分からなくて……。イルガ様は何かご存じではないかとお聞きした次第です」
「俺も詳しいことは分からん。クリームランドからは連絡もなく突然仕事に来なくなったとしか聞いていないな」
「そうですか」
大体予想通りの答えだ。
ここまでで分かった彼の性格からいっても、やはりイルガは犯人ではないと見ていい気がする。
「いなくなる直前に変わった素振りとかはなかったですか?」
「さあな。俺も怖くて視線向けないようにしてたからな。……ただそうだな、一応あったといえばある」
「どういったことですか?」
「あいつはだいぶ小柄な女で、掃除するにしてもよく脚立を使っていたんだが、脚立に乗って本棚の上を掃除していたとき、バランスを崩して倒れたことがあったんだ。さすがに俺も危ないと思って、慌ててあいつの体を支えた。……半ば抱きしめるような体勢になったな。すると、どういう反応をされたか分かるか?」
「……怖がられたんですか?」
「怖がるどころの話じゃない。恐慌状態だ。俺を突き放して逃げていった。その日からまともに口すら聞いてくれなくなったな。同僚のメイドに俺に無理やり抱きしめられたと吹聴してたようだし。……だから、多分、俺が嫌で仕事に来なくなったんだと思うぞ」
「そう悲観なさらないでください。何か事情があったんですよ」
「そうだといいがな」
この話から分かるのは、イルガがただただ不憫だということぐらいで、指輪の場所が分かるような情報はないように思われる。
他の使用人にも聞いてみれば何か分かるだろうか。
そう思って終業後に何人かの使用人に質問を投げかけてみたが、皆一様にアリヤは突然いなくなったという答えを返すだけだった。
やはり手詰まり。
そもそもこの屋敷に潜入することにしたきっかけというのがイルガの噂なのだから、その噂が真実ではないと分かった以上、屋敷を調べる意味もないのかもしれない。
「ステラさん」
メイドの部屋を回って自室に戻ってきたところ、部屋の前でザクロが待っていた。
「ザクロさん、どうかされましたか?」
「いえ、その、今日も大丈夫でしたか?」
「……イルガ様のことですか?」
「ええ。何かされなかったかしら?」
「問題はありませんよ。ザクロさんのお手を煩わせるようなことは何もありません」
「そう。安心したわ」
「何かありましたら相談したいと思いますので、ザクロさんがそこまで気を回さなくても大丈夫ですよ?」
初日に二日目と連続で俺の元を訪れるというのは、彼女がそれだけ心配性だということだろうか。
それとも、ザクロには何か別の目的があるのだろうか。
「……ええ、そうよね。みんなすぐ辞めるから、神経質になってるみたい。じゃあ、失礼するわ。本当に何かあったら言ってね」
「はい。お願いします」
去っていくザクロの後ろ姿を見て、思い出して声を掛ける。
「あ、ザクロさんはアリヤさんのことは何かご存じですか?」
「……アリヤ?」
ぴたっと足を止め、ザクロが振り返る。
大きな黒瞳が俺を見返した。
「わたしの前にイルガ様のお付きをされていたんですよね。その方はどうしてお辞めになったんでしょうか?」
「彼女は辞める直前イルガ様に無理やり抱きしめられたと言っていたわ。似たようなことが他にもあったんでしょうね。そうしたことの積み重ねでどうしても嫌になったんじゃないかしら」
「……そうですか。分かりました」
「あなたも気を付けてね」
「はい。お気遣いありがとうございます」
ザクロは軽く微笑んでその場を後にする。
心なしかその目が笑っていなかったように見えたのは気のせいだろうか。
彼女は貴族の三女で使用人に出されているという話だったが、大抵そういう場合というのは結婚相手を探すために外に出されることが多い。
使用人に入った貴族の家で見初められてそのままという流れだ。
貴族時代にそうした話は何度も聞いた。
ならばもしかするとザクロの相手として期待されていたのはイルガなのではないだろうか。
ザクロもかなりの美少女ではあるので、そうした期待をかけられてもおかしくはない。
その中でアリヤと何かいざこざがあったとか。
「……可能性はあるかも」
今度はその線を探ってみるか。




