その3:人の噂って何のために流すんですか?
アマゾネスに加わってから一年が過ぎた。
俺は十六歳になった。
ついでに言うと、同室のクィナも同い年だったので十六歳になった。
俺たちはそれなりに強くなったと思う。
一人前とはいかないが、半人前くらいには。
同じ時期にアマゾネスに加わったのは五人いて、俺はその五人を同期と心の中で呼んでいるが、その同期の中で、もっとも腕っぷしが強いのはクィナだ。
単純な素手での格闘ならクィナに敵う者はいない。
俺も訓練で何度も彼女にたたきふせられた。
十回に一回も勝つことができない。
五人の中にはクィナより年上の者もいるが、彼女よりもクィナの方が強い。
最近は同期と訓練するのが物足りないのか、格闘の訓練は成熟した戦士に交じって行っている。
じゃあ、同期の中で戦闘力がもっとも高いのがクィナかというと、実はそうでもない。
武器を使った戦いになると、俺とクィナの勝率は七三に変わる。
俺が七でクィナが三だ。
エグゾウルの扱いに長けている俺は、戦いの中で自由自在にそれをコントロールすることができる。
時に腕にまとって手甲のように使ってみたり、時に足のリーチを伸ばすのに使ってみたり、はたまた鍔迫り合いの中で剣の形を変形させてみたり。
変幻自在のその攻めはクィナを翻弄し、優勢に立ち回ることができていた。
エグゾウルの扱いについて言えば、俺は族長に匹敵するという評価までもらっていた。
ただそれで付け上がることはできない。
素手ならクィナに完敗するし、何なら他の同期にも普通に負ける。
前世での経験があるから、エグゾウルをうまく使えるだけで、素の俺はそんなに強くないのだ。
「ステラ、族長がお呼びだ」
その日の訓練が終了した後、俺は呼び出しを受けた。
族長のオリエンタとは初めて会ったとき以来、ほとんど顔を合わせていない。
部族内でもっとも優れた戦士でもある彼女は、ホームの森の外で部族のために動いていることが多く、顔を合わせる機会すら少ないからだ。
部族の戦士たちは身寄りのない女子供を保護するという崇高な目的のために動いているが、それだけで生活が成り立つわけではない。
時間のあるときは傭兵として金を稼いだり、用心棒のような仕事をしたり、果ては暗殺のような仕事をこなすこともある。
善行をなすためにもその土台となる屋台骨が必要だということだ。
ただいいことをしていれば全てがうまくいくというほど世界は甘くない。
族長の住居とする一際大きなツリーハウスを訪れると、既に族長とその部下数人が俺を待っていた。
「久しぶりだな、ステラ。元気にしていたか?」
族長のオリエンタが目を細めながら俺に笑いかける。
「はい。大過なく過ごせています。族長がわたしをここまで連れてきてくれたおかげです」
「何よりだ。話に聞くところによると、エグゾウルの扱いでは既に私を超えたそうだな」
「いえ、そんな。わたしなどまだまだです」
「機会があればお前の戦いぶりを見せてくれ」
「はい。そのときはよろしくお願いいたします」
「本題に入ろう」
オリエンタは表情を引き締めると、軽く居住まいを正した。
「ステラ、お前は元貴族だ。ゆえに貴族の常識や価値観に詳しく、貴族のマナーにも詳しい。その認識で合っているか?」
「……はい。生まれてより貴族の娘としての教育を施されてきましたので、そうした礼儀には明るいつもりです」
この部族に入ってから多少ラフに過ごすようにはなったが、骨身にしみた所作というのは決して変わっていない。
完璧な美少女を目指すという目的は立ち消えになってしまったが、それでも、美しさを演じるというのは嫌いなことではないのだから。
何より女ばかりのこの部族では、時たま少々眉を顰めるような言動に出くわすこともある。
平気で上裸で出歩いたり、食事の取り方に品がなかったり、言葉も態度もおっさんかというほど粗雑だったり。
そうしたものを日常的に見ていると、美少女を志していた俺としては、決して毒されたくないと強く思ってしまうのだ。
だからこそ、必要のなくなった今でも、所作や礼儀作法には気を付けている。
「部族の中にはそうした知識を持っている者は少ないものでな。今回、そのお前にやってもらいたいことがあるのだ。幸いお前のエグゾウルの扱いは卓越しているということだから、多少の危険は乗りこなせるだろうしな」
「どういったことでしょうか?」
「先日一人の女を保護した」
オリエンタの話はこうだった。
先日保護した女がとある貴族の屋敷に仕えていた使用人だった。
その女は全身に打撲があり、男に乱暴されたような形跡があった。
また、けがの状態はひどく、心身ともに疲弊しているため、まともにしゃべれる状態ではない。
ただ彼女がうわごとのように指輪、指輪と口にする。
あまりにもそう繰り返すものだから、何のことかと辛抱強くやりとりを繰り返したところ、どうやら父親の形見の指輪を奪われたということが分かった。
彼女の持ち物にもそれらしいものは当然ない。
ただ彼女のけがと心の状況からいっても、それ以上の情報を聞き出すことはできなかった。
だが、少なくともそれが彼女にとって大事な指輪であることは分かった。
彼女の回復を待っていては指輪がどこかに売り飛ばされるかもしれないし、時間の猶予はない。
「彼女の働いていた屋敷のある街で聞き込みをしたところ、その領地の貴族に関する一つの噂を聞いた」
「噂、ですか」
「何でもその貴族の跡継ぎたるドラ息子が手当たり次第に女を食いまくっているらしい。そのために無法な手段も問わないということだ。それで何人もの使用人が犠牲になったという話を聞いた」
「……」
「確証はないが、現状、彼女の指輪を奪ったのはその貴族ではないかと考えられる。ゆえにお前にはその貴族を調べるために、使用人として屋敷に潜り込んでほしいのだ」
何とも気分が悪くなる話だった。
特に同じ貴族として、そんな非道な輩がもし存在するのなら到底見過ごせるものではない。
「お前も知っての通り、私たちの中には粗野な者も多い。貴族の屋敷で使用人としてやっていける者の中では、お前が一番の適任だと判断した。無論、身の危険を伴う話だ。断ってもらって構わない。やるかどうかはお前の選択にゆだねよう。どうだ?」
「やります」
俺は即答した。
自分の失敗の罪滅ぼしというわけではないが、そんな貴族に苦しめられている民がいるのなら、救ってやらねばならない。
「いい返事だ。ただし、最優先はお前自身だ。自分を犠牲にしてまで何かをする必要はない。それは分かっているな?」
「はい。無茶をするつもりはありません」
「よろしい。お前のバックアップとしてクィナを付けよう。何か問題が起きた時は二人で対処してくれ」
「分かりました」
クィナが一緒に行ってくれるのは心強い。
この一年で彼女ともすっかり仲良しになった。
親友と呼べるほどには。
「二人でも無理だと判断したときは私たちを呼べ。最悪、何が起きたとしてもホームに逃げてくればいい。何があってもお前たちのことは私たちが守る」
「ありがとうございます」
族長の力強い言葉に勇気付けられ、俺はこの仕事に対する決意を固めた。
※
「では、私たちはここまでだ。あとは仲介の者に任せる。二日おきに使いの者に報告するのを忘れるなよ」
俺はクィナとともに件の貴族の領地に送り届けられた。
送った戦士はすぐに踵を返していき、彼女と二人きりになる。
アマゾネスたちに加わってから初めての外での活動。
うまくやれるか不安だ。
「がんばろうね、ステラ!」
「うん。ほどほどにね、クィナ」
クィナは俺とは逆に気力に満ち溢れている様子だった。
失敗するかもといった不安は感じられない。
「まずは使用人のアッセンをしてるギョウシャに会うんだっけ?」
「そう。貴族の屋敷の使用人から傭兵まで手広くやってるみたいだね」
その業者は傭兵も派遣しているということで、そのつながりでアマゾネスとも親交がある。
信頼できる業者だという話だ。
「それにしても、おっきな街。なんていう名前だっけ?」
「ドシュハンメイだよ。大貴族テイドウ家が支配する領地だね」
テイドウ家というのは元老院の政務長を何人も排出しているような超有力貴族。政務長というのは分かりやすくいえば大臣。国の運営に関わる重要なポストを担っており、権力の象徴。
それを何人も排出しているということはそれだけ大きな力を持っているということだ。
俺が生まれたマリオン家とは比べ物にならない権力を持っており、領地も首都にほど近い場所に構えている。
それだけあって、このドシュハンメイの地もめちゃめちゃに栄えていた。
街を歩く領民の顔を見ても、どこか活力に満ち溢れているように見える。
「なんか不思議な気分かもー。元は聖女なんて呼ばれてたステラと一緒に、二人っきりで知らない土地を歩いてるんだもん」
「確かにね。一年前はこんなことになるなんて想像もできなかった」
俺とクィナは村娘のような格好をして街中を歩く。
設定としては近くの村から出稼ぎにきた少女二人のようなイメージ。
アマゾネスの戦士たちの中には、毛皮をまとっただけの極端に肌露出の多い者もいるが、別にそれは部族の決まりでも何でもなく、普通の格好をしている者も大勢いる。
特にホームの森には料理や洗濯などの雑事をこなす非戦闘員もたくさんいるので、その者たちの服装は一般的なものだ。
だから、村娘の服装を見繕うのにも問題はなかった。
また毛皮を好んで身に着ける者も、普通の街に入るときは普通の格好をすることが多いらしい。
じゃあ、なんでそんな格好をしているのかと聞いてみたところ、「その方が雰囲気出るだろ」という回答が返ってきた。
この世界でも女戦士の部族というのはやはりそんなイメージになるのかと、俺はちょっとした感動を覚えたものだ。
「話は聞いていますよ。テイドウ家の使用人になりたいということでしたね」
目的の業者までたどり着き、紹介状を渡すと、すぐにその組織の長のところに通された。
少女二人だけで行って舐められないか不安だったが、向こうもアマゾネスのことは熟知しているらしく、むしろ丁重に扱ってくれた。
俺たちを迎えたのは禿頭の男。名をロウメンというらしい。
顔はいかつく、体格も大きいが、表情はそれに不釣り合いなほどに柔らかい。
あと十年もすれば好々爺という印象に変わるだろう、そんな男だった。
「あそこは使用人がよく辞めるで有名なんですよ。特に今は何人も同時に抜けて、人手が足りていない様子だ。私も補充をせっつかれてるところなんです。君たちなら喜んで雇ってくれるでしょう」
「そこのドラ息子がやばいって本当なんですか!」
クィナが食い気味にそう突っ込んだ。
ロウメンは苦笑しつつもゆっくりと首を振った。
「噂は噂です。本当のところはどうなのか分かりませんよ。ですが、皆理由もなく辞めるわけではないでしょうから、何らかの原因があるのは確かでしょうね。私としても問題のある職場に人を斡旋したくはありませんから、あなたたちがその問題をどうにかしてくれることに期待しましょうかね」
「任せてください! ドラ息子はあたしがぶっ飛ばしてみせます!」
「……どうかやり過ぎないようにしてください」
シュッシュッとシャドウボクシングをしてみせるクィナにロウメンは苦笑。
俺もクィナの隣で思わず笑みをこぼしていた。
心情的にはクィナの気持ちも分からんでもないが、パートナーがこんな感じな以上、俺は努めて冷静に判断しなければいけないだろう。
そして、つつがなく、業者との折衝は完了し、その足でテイドウ家の屋敷に向かった。
俺たちの対応をしたのは老齢の執事だった。名をクリームランドという。
彼は簡単な面談を済ませると、すぐに俺とクィナに採用決定の旨を告げた。
あまりに即断だったものだから、つい俺は身元の調査とかしなくていいんですかと余計なことまで聞いてしまった。
クリームランド曰く、ロウメンの組織には事前にそういった調査を済ませておくように依頼しているので、彼が送ってきた相手は問題ないと判断しているらしい。
ロウメンという男はアマゾネスからもテイドウ家からも随分と信頼されているようだ。
彼は好意でアマゾネスに協力してくれているのだろうから、その信頼に泥を塗らないようにしないといけない。
俺は横目でクィナを伺った。
「ほえ?」
何も考えていない呆けた顔が返ってきて、俺がしっかりしないといけないんだと強く自分を戒めた。
仕事自体は翌日からということなので、その日はそれで終了し、街の宿屋に泊まった。
オリエンタからはある程度お金を渡されているので、それくらいの余裕はあった。
それから、翌朝早くテイドウ家の屋敷に出勤した。
クリームランドから制服というかメイド服を渡され、それに着替える。
それから、屋敷の使用人たちに紹介された。
「本日からこの屋敷に仕えることになったステラとクィナだ。皆、先達としてきちんと彼女らを指導するように」
居並ぶ使用人たちの顔には心なしか疲れがにじんでいるように見える。
人手不足というのは確かなのだろう。
厳しい労働が待っているのかと思うと少し憂鬱になった。
だが、考えてみれば、ホームでの毎日の訓練も精根尽き果てる厳しいものなので、それに比べれば使用人としての仕事なんて軽いものかもしれない。
「つきましてはクィナはザクロの下に付き、その指示に従うこと。ステラはイルガ様お付きのメイドとして働いてもらうことになります」
「……え?」
クリームランドの言葉に俺は思わず耳を疑った。
イルガというのは件のドラ息子、イルガ・テイドウのことで間違いない。
つまりはこの家の跡取り息子。
そんな大事な存在に入ったばかりのメイドを付ける。
いくらロウメンの斡旋を信用しているにしても、セキュリティ的な面でも、仕事能力的な面でも、間違った判断ではないだろうか。
「それでは各自持ち場に戻るように。クィナはザクロの元へ。ステラは私に付いてきなさい」
「かしこまりました」
それでも、クリームランドはこの屋敷における上司なので、盾突くわけにもいかない。
それにそのドラ息子のことをいきなり探れるというのなら悪い話でもない。
屋敷の長い廊下をクリームランドの後に続いて歩く。
ただ煮え切らない気持ちは胸のうちにあるので、俺はその背中に疑問の言葉を投げかけた。
「あの……なぜわたしがいきなりご子息様のお付きなのでしょうか?」
「……ふむ。まあ、話しておいた方がいいか。イルガ様は美しいものが好きでな。お付きのメイドは使用人の中でもっとも容姿の優れたものを、という注文が付けられているのだ」
「……」
かなり最低な理由に思わず絶句した。
俺としては容姿を重視する気持ちも多少は分からんでもないが、それをこうしたところでまで優先するのもどうかと思う。
金には困っていないのだろうから、そういう感情は娼館とかで吐き出せよと思う。
そういう話を聞いてしまうと、あの噂もあながち間違いではないのかもしれないと思えてくる。
クリームランドに付き従い、豪華な装飾の施された扉をくぐると、そこに一人の青年がいた。
少年から青年へと移ろう年頃の顔つき。
年は確か十九歳だったはずだ。
青髪に垂れ目の碧瞳、鼻筋はすっと通っている。
有体に言って、整った造作をしていた。
この男がイルガ・テイドウ。
「イルガ様。この者は本日からこの屋敷で働くこととなったステラ・ベルクです」
「ステラ・ベルクです。よろしくお願いいたします」
クリームランドの紹介の後、俺は丁寧に頭を下げた。
「彼女をイルガ様のお付きとして働かせようと考えていますが、よろしいですかな?」
「……ああ、問題ない」
イルガは一瞬だけ俺の方を見たが、すぐにクリームランドに向き直って頷いた。
それっきり若干伏し目がちにうつむく。
正直じろじろと全身を見つめられる覚悟をしていたが、意外にもイルガはそんな素振りを見せなかった。
優れた容姿の者をと注文しておきながら、その態度はいささかちぐはぐなようにも思える。
ちなみに、俺はクィナと親戚ということにしているので、彼女と同じ家名のベルクを名乗っている。ステラだけならいくらでも同名の者はいるだろうが、ステラ・マリオンだといろいろと面倒ごとが起きるだろうと考えてのことだ。
「それでは何か御用がおありでしたら、ステラに対応させます」
「ああ。頼む」
退室する際にイルガに向かって軽く頭を下げたが、そのときも彼はこちらを見ていなかった。
その様子に俺は内心で首を傾げていた。




