その2:出会いも別れもいっぱいいっぱい
女戦士の集団、分かりやすくアマゾネスと呼称すると、そのアマゾネスたちの拠点はビーティア共和国の首都と辺境との中間辺りに存在した。
あまり人の寄り付かない深い森の中、樹木を生かしたツリーハウスの集まりが彼らの住居だ。
どこかで戦争や紛争が起きたという知らせを受けると、彼らは隊を組織し、身寄りのない女子供を保護するために動き出す。
俺の生まれ育った領地にやってきていたのもそれが理由だったようだ。
俺の他にも何人か同じように身寄りを失った子どもを保護したらしい。
もっとも、俺のように身なりで明らかに貴族だと判断できる子どもはいなかったということだ。
父母やマリオン家の人間がどうなったのかは分からないが、既に領地を占領した以上、その元領主にあまり価値はない。
特に元老院で重要な地位を占めているわけでもなかった父を生かす理由というのは残念ながら見つからない。
そういった話を俺が聞いたのは、彼女らと出会ってからさらに数日が経ち、彼女らがホームと呼んでいるその森の中に着いてからのことだった。
「私たちに国と戦うだけの力はない。できればお前の家族を救ってやりたかったが、力及ばず済まない」
族長であるオリエンタはそう言っていたが、彼女が謝る道理などないだろう。
アマゾネスたちは強そうに見えるが、国と国との争いに首を突っ込んで生き残れるほどの力は持っていないはずだ。
彼らはあくまで一部族、国家に比するものではない。
命を助けられた俺が彼らに感謝こそすれ、責めることはできない。
「いえ、わたしは命を助けていただいただけで感謝しています。それ以上を求めるのはわがままというものです」
だから、俺は精いっぱいの感謝を込めて、今まで培ってきた表情制御でもって彼らに笑顔を向けた。
オリエンタはそれを受けて、少しだけ微笑みを返した。
「心の強い女だな、お前は。いい戦士になれるぞ」
「……が、がんばります」
別にいい戦士になりたいとも思えないが、命を救われたのだからそうも言っていられない。
せめて彼らの恩に報いて、早く一人前に育とう。
それからは訓練の日々が始まった。
まず初日、教官役の女戦士のもとに俺を含む数人の新顔たちが集められる。
当然ながらその新顔たちは俺の領地――元領地の民たちなので、俺の顔を知っているらしく、ちらちらとこちらに視線を向けられた。
ここまでの道中でも、もしかしたら同じことがあったのかもしれないが、俺は数日間森の中を逃げ続けた疲労を回復するのに必死で、周りを気にしている余裕はなかった。
今も今で、他国の侵略を防げなかったという俺の力不足から彼らに合わせる顔もない。
謝罪の言葉でも口にすべきかと迷っていると、教官から黒くて丸い球のようなものを渡された。
触ると硬く、何かの金属でできているようだ。
「これは?」
「我が部族に伝わる伸縮自在の武器、エグゾウルだ」
「エグゾウル?」
どこかの音楽グループみたいな名前の響きだ。
「我らは日々厳しい訓練に励み、己の心を鍛え、己の体を鍛え、己の技を鍛える。戦場で男の兵士とぶつかったとしても引くことはない。だが一方で、女として生まれた以上、男に力で負けるのは避けようのない運命だ。そこでこのエグゾウルがその欠点を補ってくれる」
教官は自身も手に持っているエグゾウルを両手に抱えると、「はっ!」と気合の声を上げた。
すると、その黒い球は一瞬にして形を変え、次の瞬間には黒いつや消しの剣が現れた。
「このようにエグゾウルは『気』を込めることで使用者のイメージ通りの形状に形を変える。お前たちの意思次第で、剣にも槍にもナイフにもなるのだ。お前たちにはこれからエグゾウルと常に行動を共にしてもらう。目覚めから食事、訓練、水浴び、睡眠に至るまで常にだ。そうすることで、お前たちの『気』はエグゾウルに馴染み、自由自在にその形状をコントロールすることが可能になるだろう」
「……少し質問してもよろしいでしょうか?」
口を挟んで怒られないだろうかと若干びくびくしながら俺が手を挙げると、教官は「何だ?」と簡潔に尋ね返した。
「エグゾウルというものの存在は今まで聞いたことがないのですが、もしかしてこの部族以外には知られていないものなのでしょうか?」
「いい質問だ! エグゾウルは我らの生命線。部族以外の者に知られてはいけない決まりだ。仮にその秘密を漏らした者がいれば、我らは地の果てまでもその者を追いかけ、罰を与えることになるだろう。お前たちもこれからホームの外に出ることはあるだろうが、決して口にはしないことだ」
「戦場で使うことはあるのですよね?」
「もちろん。だが、大っぴらに形状変化を見せることはほとんどない。いざという時の奥の手として懐に忍ばせ、普段は通常の武器を使うか、もしくは特定の形状に固定したものを使う場合がほとんどだ。どうしても使わざるを得ない場面もあるだろうが、そうした場合では相手を必殺することが求められる」
「なるほど」
そんな便利な武器があれば、国が血眼になって求めるだろうと思ったし、その噂が貴族の娘である俺の耳にも入ってきていないのはおかしいと思ったのだが、それだけ厳重に秘匿されているというのなら納得だ。
イメージ通りに変化する金属というのは少し考えただけでもいろいろな活用法がありそうだし、そういった武器を独占できれば、他の集団に対する優位性を得られる。
エグゾウルは、身寄りのない女子供を保護するというこの部族の目的にとって、とても重要な支柱なのだろう。
「試しに『気』を込めてみるといい。すぐには使いこなせないだろうがな」
教官がそう促したので、黒い球を両手に抱えてみる。
他の新顔たちも首を傾げながら同じようにしていた。
『気』を込めるという感覚はよく分からないが、形状変化する金属というのはさまざまなフィクション等でもありふれた代物だ。
俺にとって理解はしやすい。
とりあえず教官がやったように剣に変化させてみるかと、その黒い球がぐにゃりと形を変え、徐々に長剣に変化する様を想像する。
それと同時に、『気』についての何となくのイメージとして、心臓から流れる血液が手に流れ、そこから黒い球に流れ込んでいくのを想像した。
「あ」
黒い球は俺の手の中であっけなく変形した。
教官が作ったのと似たような黒いつや消しの剣がそこに出来上がる。
他の者たちのエグゾウルは全く変化していない。
皆どうやったものかと黒い球とにらめっこし、首をひねっている。
俺はそれを横目にしながら、教官が「すぐには使いこなせない」と言った手前、できてしまった気まずさを抱え、手を挙げた。
「あの……申し訳ございません。できちゃいました」
「は!?」
目を見開く教官と他の新顔たち。
領地を守れなかった情けなさといきなりできちゃった気まずさで、さすがの俺も変な笑顔を浮かべていただろうことは想像に難くない。
喜びよりも申し訳なさが勝っていた。
※
その日の訓練を終え、割り当てられたツリーハウスに向かう。
初日の訓練はエグゾウルに少し触れた後、基礎体力作りをメインに行った。
森の中を教官に従って走り込みを行う。
通常の走り込みなら、今まで続けてきた体型維持のための運動の効果もあって、そこまで大変ではなかったかもしれないが、森の中を走るというのはなかなかに曲者だった。
森の中はとにかく障害物が多い。
枝や木や葉っぱ、濡れた地面に、動物までいる。
それらを避けてただ走るだけでもとんでもなく苦労した。
その後、木剣の素振りや簡単な素手での格闘について教わったりして初日は終了した。
初日だから手加減したが、明日からはそうはいかないぞと教官からは脅された。
なぜか俺の方を見ながら言っていたので、もしかしたらいきなりエグゾウルを変形させたことで妙な期待をかけられているのかもしれない。
少しだけ明日が不安だった。
ツリーハウスの中で、木の皮で編まれたベッドを物珍しく思い、その上でぴょんぴょん飛び跳ねていると、そのタイミングで部屋の中に金髪の少女が入ってきた。
空中にいた俺は落下しながらもその少女とまともに目を合わせることになる。
そして、ベッドへの着地に失敗し、べちゃりとツリーハウスの床にたたきつけられた。
「す、ステラ様!?」
失念していたが、そういえば二人部屋を割り当てられたという話だった。
この少女がその相手なのだろう。
そして、新顔は例外なく元領民なので、彼女も俺のことを知っていると。
何でもないことのように床から立ち上がった俺は完璧な美少女らしい笑顔を浮かべた。
「初めまして。ステラ・マリオンと申します。今日からルームメイトとしてよろしくお願いしますね」
「……ステラ様、その……鼻血が」
――瞬時に鼻血をぬぐった。
また変わらぬ完璧な笑顔を浮かべる。
「よろしくお願いしますね」
「…………ぷっ」
少女は耐え切れなくなったというように吹き出した。
笑みを堪えるようにしながら、軽く頭を下げる。
「あたしはクィナ・ベルグといいます。ステラ様って面白い人なんですね。もっと高貴な人かと思ってました!」
「ステラでいいですよ。もうわたしは貴族ではありませんし。それと……申し訳ありませんでした」
「え?」
腰を折って深く頭を下げる。
「領地があのようなことになってしまったのはわたしの不徳の致すところです。あなたにも取り返しのつかないことをしてしまいました。本当に申し訳ありません」
「そんな! 顔を上げてください! あたしはステラ様のせいだなんて全然思っていません。悪いのは侵略してきた奴らです。ステラ様が謝られることではないです!」
「……」
ゆっくりと顔を上げる。
それでも、謝罪はしなければならないことだった。
他の者たちのところにもすぐに謝りに行くつもりだ。
「罪滅ぼしになるかは分かりませんが、わたしがあなたのためにできることがあれば何でも言ってください。できる限りのことはします」
「何でも、ですか……?」
「はい。何でも」
「それじゃあ……」
クィナは少し考えて輝くような笑みを浮かべた。
「あたしと友達になってください!」
「友達に……そんなことでいいんですか?」
「はい! 初めてステラ様を見たときからずっと思っていたんです! 透き通るような銀色の髪も深海のような蒼い瞳も、すごく美しくて、何よりその笑顔が素敵で、お友達になりたいって。こんなことになっちゃったのは悲しいし、お父さんもお母さんもいなくなってつらくて仕方がないけど、ステラ様が友達になってくれるならきっとがんばれるってそう思うんです」
当然だが、ここに連れてこられたということは身寄りを失ったということ。
元気そうに見えるクィナも心の中には悲しみを抱えている。
そんな彼女にできることが俺にあるというのなら、もちろん何だって受け入れるべきだろう。
それが友達になることだというのならもはや否やはない。
「わたしでよければよろこんで」
「はい! よろしくお願いします! ステラ様!」
「友達に様はいらないよ、クィナ」
「……うん! よろしくね、ステラ!」
そんな感じで、俺はクィナとルームメイトに、そして、友達になった。




