第1話:か弱き(?)SSS級勇者、本日も猫を被る
「ひぃっ……! ご、ごめんなさい、僕なんかが盾になってしまって……っ!」
激しい金属音が洞窟内に響き渡る。
目の前には、鋭い牙を持つAランク魔獣『ダークウルフ』の群れ。
僕――ルカ・レインワースは、ボロボロになった鉄の盾を抱え、涙目でガタガタと震えていた。
「おいルカ! しっかりしろ! お前が前線を維持しなきゃ、後ろのメイの詠唱が間に合わない!」
「す、すみませんリーダー! 足がすくんで、ううっ……!」
パーティのリーダーである戦士が焦燥の声を上げる。
回復術師の女の子は、必死の形相で呪文を唱えている。
彼らの目には、僕は「才能はあるが、臆病で使い物にならない、いつも泣いているお荷物勇者」と映っているはずだ。
――うん、完璧。今日もいい感じに「猫」が被れている。
(……っていうかさぁ。ぶっちゃけ、こいつら弱すぎない?)
僕の脳内(本音)は、至って冷静だった。
(ダークウルフごときの攻撃、僕の素肌の防御力だけで1ミリもダメージ通らないんだけど。わざと盾を削りながら『効いてるフリ』するの、マジで職人芸の域だと思うわ。早く帰ってフカフカのベッドで寝たい。あー、だる)
僕がなぜ、こんな面倒な「猫かぶり」をしているのか。
理由はシンプル。『目立ちたくないから』。
この世界には、ステータスやスキルが全て可視化される【神託の水晶】というものがある。
16歳の成人儀式の日、僕がそれに触れた瞬間、頭の中に直接アナウンスが流れたのだ。
『個体名:ルカ。全ステータス:計測不能。保有スキル:【全属性無効】【因果歪曲】【即死付与】……計400個』
文字通りのバケモノ、SSS級の異端児だった。
だが、そんなものが世間にバレてみろ。国に拉致されて「人類の最終兵器」として魔王軍との最前線に24時間年中無休で駆り出されるに決まっている。社畜ならぬ「戦畜」だ。絶対に御免被る。
だから僕は、水晶の表示を偽装し、「ちょっとだけ防御力が高いだけの、気弱な一般人」として冒険者登録をした。
適度に「お荷物」としてパーティにぶら下がり、適度に依頼をこなし、日銭を稼いで平穏に暮らす。これが僕の理想のライフプランだ。
「ルカ! 持ちこたえろ! ギガ・火炎を放つ!」
メイの魔法が完成した。
だが、タイミングが悪い。
ダークウルフのリーダー格――さらに一回り大きい個体が、背後からメイに向かって跳躍したのだ。
「しまっ――!?」
リーダーの戦士の顔が絶望に染まる。メイは悲鳴をあげる。
(あーあ。ここで全滅されたら、僕が『唯一の生き残り』になっちゃって、ギルドで怪しまれるじゃん。めんどくさ……。しょうがない、ちょっとだけ手伝ってやるか)
僕は、涙で濡れた(ように見せかけた)顔を伏せながら、ダークウルフのリーダーに向けて、そっと「人差し指」を向けた。
声には出さない。完全なる無詠唱。
放つのは、数ある攻撃スキルの中で最も威力を抑えた、豆鉄砲レベルの微風魔法。
(……ほんの、そよ風程度にね。そぉい)
――ドゴォォォォンッ!!!
洞窟の壁一面が消し飛び、ダークウルフのリーダーは影も形も残さず消滅した。
凄まじい衝撃波で、残りの群れも一瞬で肉片へと変わる。
「……え?」
杖を掲げたまま、メイが呆然と呟く。
リーダーの戦士も、口をぽかんと開けて、消し飛んだ洞窟の壁(その向こうの夜空が見えている)を見つめていた。
「な、なんだ今の……!? メイの魔法か!?」
「ち、違うわよ! 私、まだ撃ってないもの……! え、じゃあ、一体何が……?」
ガタガタガタガタ。
「ひ、ひぃぃぃぃ! 怖かったですぅぅぅ! 神様が助けてくれたんでしょうかぁぁぁ!!」
僕は、自分の放った風の余波でひっくり返ったフリをしながら、頭を抱えて地面を転がった。
泥を顔につけ、いかにも「腰が抜けてパニックになっています」という哀れな姿を完璧に演出する。
「そ、そうか……。魔獣の同士討ちか、あるいは局所的な天然の魔力爆発か……。ルカ、大丈夫か? よしよし、怖かったな」
戦士が僕の肩を叩く。
(よし、チョロい。完全に誤魔化せたな)
僕は心の中でガッツポーズを決める。
今日も僕の平穏は守られた。この調子で、一生「ダメな僕」を演じきって、のんびり隠居生活を送ってやるんだ。
そう、この時は本気で思っていた。
翌日。
ギルドに呼び出された僕たちの前に、なぜか「聖騎士団長」と「帝国の第一皇女」が、深刻な顔で待ち構えているなんて、夢にも思っていなかったのだ。
皇女は、僕の顔を見るなり、美しい目を輝かせて言った。
「見つけました……! 昨日、魔獣の森の結界を『内側から一撃で破壊した』、伝説の隠れ勇者様ですね……!?」
「……へ?」
僕の精一杯の猫かぶりが、国レベルで大崩壊するまで、あと5分。




