忘れてほしい記憶、忘れられない記憶
ダンジョンというのは謎に満ちた存在なのだ。
未知の技術で作られた異物・・・アーティファクトがその代表だ
ダンジョンから発船されるそれらは、比較的よく見つかるものからまさに伝説級の物まで様々あり、一点ものを発見した日には3代遊んで暮らしてもまだ使いきれないほどの財が手に入る。
そして、ダンジョン内でしか発見されていない特異な生物、深層まで潜ればおよそまっとうな進化で生まれたとは思えない怪物たちが跋扈する。
例えば、2つ首に蛇の尾を持つ魔獣、山を巻くほどの大きさの大ムカデ、目を合わせたものを石に変える鶏、数え上げればキリがない。
私はそう言ったダンジョンでしか発生しない現象を研究している学者だ。
普段は王都に住んでいるが、私の出身でもあるゼブンスの近辺のダンジョンで新領域が発見されたという。
未知を探求するものとして、この貴重な機会を逃すわけにはいかない。
私を引き留める魔塔のジジイどもをなぎ倒し無理やり調査団に加わった。
ギルドから情報収集をし、いよいよ明日実際に現地調査に行く冒険者が出発するというタイミングなのだ。
馴染みのレストランで食事をし、そういえばこの町に住んでいた幼馴染の冒険者の男はどうなったのか。
思い出を振り返ろうとしていたところ、私の宿の前に見知らぬ人影が立っている。
いや、完全に見知らぬものなのか?放つ雰囲気やその立つシルエットは私がついさっき思い出していたあの男にそっくりだが、まあ他人の空似だろう。
まあ、それはそれとして、学者団が泊まる宿の前で堂々と待ち受けているなどただ事ではないのだろうが、きっと私には関係のないことだろう。面倒ごとには巻き込まれたくない。私にはダンジョンが待っているのだから。大方、調査団長に報告があって待っているギルド職員だろうと決めかかっていた。
否、そう思い込みたかったのだ。
だって、あいつ、こっちを見るなり嬉しそうに駆け寄ってくるじゃないか。
よりにもよって、私の黒歴史を叫びながら。
アリアが宿に戻ってくるのに、そんなに時間はかからなかった。
調査団の派遣が迅速で助かった。少し考えれば、ダンジョン狂いのあいつが調査団のメンバーになっているであろうことは、何も姿を見かけなくたってすぐに思い当たったことなのだ。
ただ、どうやら俺は顔が変わってしまっているらしいから、そうとわかるようにアピールをしないとな。
あいつは俺と違って優秀だったから、まだ十代のうちに古代のアーティファクトを復活させる魔法を発見したって嬉しそうに報告してくれていた。
あの話をすれば多少遠くからでもきっと気づいてくれるはずだ。
ダリアの思惑通り、アリアは正体に感づき寄ってきてくれた。
・・・・・・その顔を真っ赤にしながら
ダリアは口を手で物理的にふさがれ、女性とは思えない力で引きずられていく。
「もがっ、ちょ、どうしたんだ!どこへ行くっていうんだよ!」
「うるさい!黙ってついてこい!!」
(昔から気は強かったけど、いきなりこんなことしてくる奴だったか?)
(なんで黒歴史を叫びながら近づいてくるんだ!嫌がらせか?嫌がらせなのか!?私の黒歴史を町中に広めることでこの町でいたたまれない目で見られるようにしたいのか!?井戸端会議のおばちゃんたちに「あー、あのお嬢さんまだかわってないのねえ。おほほほ」なんて噂を流させてお前に何の得があるんだ!それともあれか!学者仲間たちに黒歴史をばらして今後の研究発表で毎回「あー、あの復活の魔法のね笑。」とか思われるようにしたいのか!!)
アリアは確かに若いころから優秀だった。だが、早熟だったため思春期に黒歴史を量産するアレが来るのも早かったのだ。そして、若干妄想が先走りがちな癖は全く変わっていなかった。
引きずられるままに、アリアの実家だった空き家にぶち込まれる。
アリアの家族は娘が宮仕えする際に、王都に居を移しているのだ。
久々に主人の帰った家の中で、椅子に座らされる間もなく力任せに張り手を食らう――理不尽だ・・・
少なくとも急にそんなことをされるようなことをした覚えはない。
ない、がこういう状態の女性、というかアリアは変に刺激しないほうがいい事を体で学習していた。
「よし、とりあえず私を辱めたことに対する報復はこれで勘弁してやる」
「俺が何をしたって……いや、まあ、すまなかったな急に話しかけて」
「周りになんて言い訳すればいいんだ私は・・・・・・で、何か用があるんでしょ?他愛もない話がしたいだけならこんな夜更けまで、出てくるかもわからない女を待ってる理由なんてない。」
「なんかまだちょっと怒ってないか?」
「怒ってるわよ!!」
音速の張り手が再びダリアの顔面を襲う。
(変なこと言っちまったなぁ、このまま殴られ損だな)
「悪かったよ。まじめな話なんだ。お前にしか話せない内容だ。ほかの学者にも話せない内容なんだ。」
ダリアは居直って真剣な顔でアリアを見つめる。
急に変わった雰囲気に、思わずアリアもつばを飲み込む。
「小鬼の住処の話はとっくに知ってるんだろ?あの新領域を発見したのは俺のパーティなんだ。」
「何よその話。ちょっと詳しく聞かせなさい。」
ダリアはこれまでの経緯を説明する。
未発見領域に踏み込んだこと。謎の存在に追い立てられ、光る川に落下したこと。顔と声が失われていたこと。再度踏み込み、魔獣との激戦を制したこと。そして、「ナニカ」に再び遭遇したこと。・・・・・・
「ふぅん、正直、にわかには信じがたい。でも――大体わかったわ。っていうことは今ギルドで注意喚起が出てる重度マター汚染体ってのはダリアのことなわけね。」
「直接確認したわけじゃないんだが、状況的にそうだと思う。俺の家も封鎖されてたし、頼るところがなかったんだ。」
「だからって、確実に私の気を引くためとはいえ、あんなこと叫びながら近寄ってこなくてもいいじゃない・・・・・・」
「ん?何か言ったか?」
「なんでもないわよ。それより、あんたほんとにダリアなのよね?あの…話を知ってるのもあんただけのはずだけど、顔も声も違ったらいくら今の話を聞いてもまだ信じがたいわよ。」
「なら、俺たちしか絶対に知らない話をすれば信じてもらえるか?そうだな、俺らがまだ10歳くらいの時に、ステリ―婆さんの物置小屋で・・・・・・」
「わかった!わかった!その話を知ってるのは間違いなくダリアだわ!だからもうそれ以上はしゃべらなくて大丈夫!迷い込んで保護されたことになってるけど、私が魔脈があるはずだっていって無理やり連れてったとかはもう言わなくて大丈夫!!」
(自分で全部言ってるじゃねえかよ・・・・・・)
「ま、まあとにかく信じてもらえるならよかった。」
「それでよ、一言で聞くんだが、俺はどうしちまったんだ?」
「とんでもなく難しいことを一言で聞くわね。」
アリアは少し考えるそぶりを見せた後、ダリアのほうを真剣なまなざしで見つめる。
ダリアも思わず姿勢を正す。
「正直に言うわ、私にもあんたがどうなったかわからない」
ダリアは一瞬足元が崩れる感覚に襲われた。自分に何が起きたのか知っていそうな最後の綱が切れたのだ
「でも、――仮説ならあるわ。」
ダリアが目を瞬かせると、アリアの説明が始まった。
時刻は現在夜の11時、ダリアにとって長い夜になりそうだった。
中二病は誰しも患うものですし、誰にだって黒歴史があります。
それを大声で言いふらしたダリアが張り手で済ませてもらっているのは温情があるほうだと思います。




