沼男の正体と魔女の妄想
「これはあくまで仮説よ。それも、私の黒歴史以上に突拍子もない。」
「まず、そもそもマター汚染ってのが何なのかを説明するわ。マターってものについては知ってるわよね?」
「ああ、なんにでもなる万能物質って聞いたことあるな」
「じゃあ、マターを少しずつ体に取り込むと、身体能力が強化されるっていうのは?聞いたことある?」
「ああ、でも取り込みすぎると意識を飲まれて魔物になっちまうからていうんで、禁術扱いされてたよな?」
「そ、まあ、マターを実力で手に入れられるような奴らにはあってないような縛りだけどね。体がなじみ切ってしまえばマターの痕跡すら残らない。」
「マター汚染っていうのは、その体になじみ切る前の状態のことよ。」
「な、なるほど、ってことはマター汚染ってのは体がなじみ切る前、つまり体の中にマターが残ってる状態のことを言うってことか」
「そういうこと。ま、言葉のまんまよね。ほんの少量取り込んだだけならマターは体の一部となって生物を強化する。万能物質だもの、生物の体に変化したってなにも不思議じゃない」
そこでアリアは一呼吸区切る
「でもね、過剰に取り込んだ時、本人の意識が薄くなっていくの。薄まって薄まって、心の奥底に残った欲求――願望とでもいうべきかしらね。そういうものだけが最後に残って、」
「マターはその願望の通りに体を作り変える。その有り余ったエネルギーを余さず使い切って、ね。」
「ま、待ってくれ、じゃあ・・・・・・じゃあ俺も体を作り変えられてるってことなのか?今ここに居る俺は、もうダリアじゃなくて、ダリアによく似た何かってことなのか・・・・・・?」
ダリアの中で何かが、音もなく壊れた
(C級冒険者ダリアはもう死んでいて、今ここに居る自分はダリアの心の奥底にいた意識が作った…?だとするなら、俺は……何なんだ)
「気休めを言っても仕方がないからはっきり言うわ。わからない。というより重度マター汚染になって会話できる程度の意識を保っていたっていう前例が存在しないの。」
「つまり、あんたの今の状態はダリアかもしれないし、そうじゃないかもしれない。学術的には結論の出せないあいまいな状態なのよ。」
「つっ・・・」
言葉が、出なかった。喉は万力で絞められたように苦しい。胸はとっくに破裂したように熱い。それなのに、足からは血の気が引いて冷たくなったように感じていた。
「話を戻すわよ。結論を喋るにはまだ説明が足りてない。」
アリアは昔から自分の考えを喋るとき、少し強引になる癖があった。今は――それがありがたかった。
「心の根底の強くなりたいとか、魔法が使えるようになりたい、あるいは復讐したい、権力が欲しい。そういう欲望によって体が作り変えられた結果生み出されたのがダンジョン深層の強力な魔物だと考えられてるの。特に、ネームドなんて呼ばれるような極めて強力な個体はね。」
「ここまでは魔塔の中での最新の研究結果よ。ここからは私の仮説。というより妄想に近くなってくる。」
「マターによって体を作り変えられた生き物、まぁ元が人間はどうかはあんまり関係ないわ。が体を作り変えられた結果強力な魔物になるのなら、ちょっとばかしおかしいことがあるの。」
「それは、彼ら強力な魔物は通常マター汚染体とは扱われない。なのに、私たちが遭遇する限りでは体を作り変えられている最中の状態のほうが危険と判断されている。」
ダリアは未だ現実逃避するようにアリアの話に耳を傾けていた。
「普通に考えるなら、エネルギーを取り込み切った後のほうが強力になるはず。でも、そうはなってない。」
「私はこう考えるわ、重度のマター汚染状態っていうのは、未完成で変化し続けている状態なの。存在そのものがきっと一段階不安定なのよ。だから、存在が固まり切った状態よりも外に放出するエネルギーが増えて危険になる。」
「そして、こっからはあんたの状態を見たうえでのまさに私の妄想よ。根拠すら存在しない。」
「あんたは、体が作り直されるとかそれ以前に、存在そのものが溶けたんじゃないかしら?そして――マターの側から異物と判断されたあんたは吐き出されて、肉体とか意識とかそういうものがもう一度形になった。そういう存在だと思う」
ダリアはゆっくりと顔を上げる。
「――じゃあ、俺は結局、ダリアじゃなかったって言うのか」
「いいえ、それは違う。あんたは間違いなく私の幼馴染のダリアよ。」
どういうことだ。いよいよ訳が分からない。俺は存在が溶けて、作り直された別人って事じゃないのか...?
「難しい話だけどね、例えば大蛇に飲まれた冒険者が奇跡的に生還したとしたら、飲まれる前と後で別人に成り代わってるんじゃないかって疑う人はいないわよね。」
「それと一緒、あんたはマターっていうものに飲み込まれたけど、奇跡的に生還した。ダリアっていう存在がもし別の生き物に作り変えられてしまったのなら、それは生還してもダリアじゃない。」
アリアは一言区切る
「でも、あんたはほかの要素が殆ど、あるいはまったく混じらずに再構成されなおした。でも、再構成されるときの情報が、自分視点の物しかなかった。だから、顔と声があいまいなままだったんじゃないかしら。」
「大蛇に例えるなら、生還はしたけど、足は消化されちゃいました。ってのと一緒よ。」
ダリアはまだ理解できていなかった。だが、アリアが間違いないと断言してくれたのが何よりもうれしかった。
「そして、ここが一番大事とこ。あんた、魔獣と戦うときに今まで使ったことのない魔法を詠唱もなしで発動できたって言ってたわね。」
魔獣との戦いで、氷の槍を打ち込んだ時のことだ。だが、ごく一部に無詠唱で魔法を使える術者はいるって話だし、極限状態で偶然使うことができた。みたいな話も冒険者なら聞いたことのある話だ。
この情報が先ほどまでの仮説より大事だとは思えない。
「はいそこ、ちゃんと話は最後まで聞きなさい。」
「いいこと?巷でよく聞く無詠唱魔法なんてのは、たいていが作り話。魔術理論を極めに極めたごく一握りだけが使える秘術であって、ただ習った魔法を使ってます。ってレベルの冒険者じゃ、普通天地がひっくり返ってもあり得ないの。」
「ま、まってくれ。俺は本当に無詠唱で魔法が発動したんだ。嘘なんてついてない!」
「そこは疑ってないわよ。嘘をつく理由もないしね。」
「だから、あんたが無詠唱で魔法を発動できたことと、重度のマター汚染から意識を持ったまま生還したこと。この二つは必ず関係してる。」
「もし、あんたがどういう状態になっていて、何をすれば元に戻れるのか?その手掛かりは魔法という現象そのものにあると思う。」
「これが、あたしの仮説であり、妄想よ。」
ダリアはもう理解が追い付かないとかではなかった。意識が宙の彼方へ行ってしまったくらい、実感のない話だった。
「ああ、それと、これは仮説とは関係のない話だけど。」
「ど、どうしたんだ。まだ、なんかあるのか?」
そのあとに続いた言葉は、ある意味今までの話より衝撃的だった。
「あたし、今日からここに住むわ。そんで、あんたも今後はこの家を拠点にしなさい。これはお願いじゃない。命令よ。必要なら王都から書状を取り寄せてもいい。――魔塔、魔術研究棟主席研究員としてね」
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