スワンプマンは俺か?
なるべく早く面白くなってくるところまで書き進めます!もうしばしお付き合いください!
8/24追記:1話と合わせて修正をしました!
崖から身を投げたダリアの身体が、光る川へと吸い込まれていく。
眼下から迫ってくる光を眺めながら、ダリアはその光景をどこか他人事のように感じていた。
走馬灯というやつだろうか。
今までの人生の出来事が、脈絡もなく頭の中を流れていく。
家を飛び出し、冒険者になった。
見習いのG級から始まり、F級、E級、D級と着実にランクを上げ、若くしてベテランと呼ばれるC級までたどり着いた。
当時は有望な若手だとも言われた。
自分でも、このまま上へ行けるものだと思っていた。
だが、その栄光はそう長くは続かなかった。
一般に、冒険者の頂点はB級とされている。
その上のA級ともなれば、もはや人の領域ではない。
だからこそ、まっとうな冒険者が現実的に目指す最高峰であるB級は、多くの冒険者の憧れだった。
ダリアも当然、自分もいつかはそこへ届くと思っていた。
だが、届かなかった。
C級になってからも経験は積んだ。腕だって多少は上がった。
それでも、B級と呼ばれる連中との間には、どうしても埋まらないものがあった。
「はぁ……こんな時に、一体何思い出してるんだか」
自分でも呆れて、わずかに笑う。
妙に長く感じる。
だが、実際にはほんの一瞬の出来事なのだろう。
光が視界いっぱいに広がった。
そしてダリアは、間違いなく光の川へ落ちた。
◇
――そこから先の記憶がない。
「……ん?」
気がついた時、ダリアは川辺に立っていた。
最初は、自分が立っているということすら理解できなかった。
足の裏には固い地面の感触がある。息もできる。腕も動く。
「……生きてる?」
自分の身体を見回す。
服は濡れていない。
それどころか、さっきまで身体中にあった細かな傷まで消えていた。
崖から落ちたはずなのに、痛むところすらない。
「運良く助かったとしても、腕の一本や足の一本くらい折れててもおかしくない高さだったと思うんだがな……」
崖を見上げながら呟く。
かなり高い。
自分があそこから落ちたことだけは間違いない。
手の中には時計も残っていた。
一度投げ捨てたはずなのに戻ってきた、あの時計だ。
少し歪んではいるものの、針はまだ動いている。
「なんで俺、生きてる?」
当然、答える者はいない。
ダリアは思わず川を覗き込んだ。
先ほどと変わらず、光り輝く何かが流れている。
液体には見える。
だが、水にはとても見えなかった。
揺れる光の中に、自分らしき姿が映り込む。
顔も見えるはずなのだが、光が邪魔をして輪郭まではうまく捉えられない。
「……まあ、顔が付いてるならいいか」
少なくとも、身体そのものが消えているわけではないらしい。
「さすがにもう一回この川に飛び込む勇気はないな」
川の流れを見る。
「見た感じ、そこまで深くはなさそうなんだけど……いや、だからって入る気にはならねえな」
何が起きたのかは分からない。
考えても答えが出そうにはなかった。
なら、優先順位を変えるしかない。
「とにかく出口を探そう。せっかく生き残ったんだ」
仲間たちの顔が浮かぶ。
「俺が戻らなきゃ、ずっと行方不明のままだ。あいつらにも生きてるって知らせないとな」
長引けば、いずれ死んだものと思われるかもしれない。
その前に戻る。
今はそれだけでいい。
ダリアは川沿いを歩き始めた。
だが、歩いても歩いても、元の領域へ戻る通路は見つからなかった。
ボス部屋らしき場所もない。
セーフティエリアもない。
かといって、唯一はっきりと目印になる川から離れる勇気もなかった。
「結局、あれ以来魔物には一度も会ってないな」
周囲を見回す。
静かだった。
静かすぎる。
「もしかして、あいつがここの主みたいなもんで、崖から落ちたせいで別の階層に出たとか?」
自分で言ってみる。
もしそうなら、少なくともあの「ナニカ」からは逃れられたことになる。
運が良ければ、この先に通常の階層へ繋がる道があるかもしれない。
「……そうだといいんだけどな」
希望なのか、ただの願望なのか。
自分でも分からなかった。
それでも、足だけは止めずに進み続けた。
しかし、いつまで歩いても景色は変わらない。
光る川。
川辺からせり出した、淡く輝く鉱石のようなもの。
似たような崖と岩場。
目印としては十分すぎるほど特徴的な景色なのに、逆にどこまで進んだのか分からなくなってくる。
「……もう埒が明かねえな」
ダリアは足を止めた。
「考えてみれば、帰らずの森みたいな仕掛けだってあるんだ。目印があるからって、それを頼り続けるのが正しいとは限らないか」
帰らずの森。
魔物自体はそれほど多くないが、入った者の方向感覚を狂わせ、同じ場所を延々と歩かせることで知られるダンジョンだ。
あそこも、攻略法が知られるまでは多くの冒険者が迷った。
「似たような仕組みなら……どこかに正解の道があるのか?」
もう一度周囲を見る。
景色は変わらない。
いや。
本当に変わっていないのかもしれない。
歩いているはずなのに、ずっと同じ場所にいるような気さえしてくる。
「……」
ダリアはしばらく川を見つめた。
考えても分からない。
なら、一度違うことを試すしかない。
「川を目印にして駄目なら……離れてみるか」
小さく息を吐き、ダリアは光る川に背を向けた。
そして、そのまま歩き出した。
どれくらい歩いただろう。
変化は、あまりにも唐突に訪れた。
「……人だ」
思わず声が漏れた。
ほんの少し前まで、誰もいなかったはずだった。
それなのに、前方に六人の人影がある。
彼らはまだダリアに気づいていない。
そのうち二人は、ギルドの紋章が入った装備を身につけていた。
腕には青い布が巻かれている。
救助隊の印だ。
「救助隊……?」
胸が大きく鳴った。
なら、残る四人は。
見間違えるはずがなかった。
「……みんな」
仲間たちだ。
無事だった。
全員、生きている。
胸の奥に溜まっていたものが一気に抜け、ダリアの目頭が熱くなる。
「おーい!」
大きく手を振った。
「みんな無事だったのか! 戻るの遅れて悪かった!」
六人が一斉に振り返る。
その瞬間、空気が変わった。
救助隊員二人はほとんど反射的に武器を抜き、仲間たちを庇うように前へ出た。
「下がれ!」
鋭い声が響く。
「全員、そいつから離れろ!」
「……え?」
ダリアは足を止めた。
何が起きたのか分からない。
「そこから動くな」
「いや、ちょっと待ってくれ。俺だよ」
思わず一歩踏み出しかける。
「来るな!」
剣先がすぐに上がった。
ダリアは反射的に足を止めた。
「なんだよ、急に……」
救助隊員は答えない。
その構えを見て、ダリアはわずかに眉をひそめた。
人間相手の構えではない。
いつ飛びかかってくるか分からない魔物と向き合う時の構えだ。
「所属と名前を言え」
救助隊員の一人が、剣を構えたまま問う。
「だから、俺だって」
ダリアは困惑しながら答える。
「ダリアだよ」
その名前を聞いた瞬間、救助隊員の顔つきがさらに険しくなった。
「……ダリアだと?」
「ああ! さっきまでこいつらと一緒に――」
「全員、さらに下がれ」
「は?」
仲間たちがじりじりと後ろへ退く。
もう一人の救助隊員も、ダリアから目を離さない。
「ちょ、ちょっと待てって。なんだよ」
「ダリアの名前を、どこで知った」
「どこって……俺の名前だよ」
ダリアは仲間たちを見る。
「お前らなら分かるだろ? ずっと一緒にやってきたじゃねえか」
誰も答えない。
「おい」
一人と目が合った。
いや、目が合ったと思った瞬間、その仲間は怯えるように視線を逸らした。
「……違う」
「何が?」
「ダリアさんじゃない」
「は?」
思わず笑った。
「何言ってんだよ」
別の仲間も首を横に振る。
「違う。ダリアさんはそんな顔じゃない」
「……顔?」
「声も違う」
その言葉に、ダリアの表情が止まった。
「何言って……」
自分の顔へ手を伸ばす。
頬がある。
鼻もある。
口もある。
少なくとも、自分には何もおかしく感じられない。
「いや、待てよ。俺だぞ?」
一歩踏み出す。
「止まれ!」
剣先が一斉に動いた。
「それ以上近づけば斬る」
「……は?」
その言葉で、ようやくダリアにも理解できた。
捕まえて話を聞こうとしているんじゃない。
彼らは最初から、自分を人間として扱っていない。
異常領域から現れた、正体不明の何か。
人の言葉を話し、行方不明になった冒険者の名前を知っている魔物。
救助隊の目には、そう映っている。
「……まさか」
仲間の一人が、震える声で言った。
「ダリアさんに、何したんだ」
「何もしてねえよ!」
「だったら、なんでダリアさんの名前を知ってる!」
「俺だからだって言ってるだろ!」
叫んでから、自分でも説明になっていないことに気づく。
何が起きたのか。
どうして姿が変わっているのか。
なぜ声まで違うのか。
あの光る川で、自分に何があったのか。
ダリア自身、何一つ分かっていない。
救助隊員が低い声で言う。
「擬態か、喰った相手の記憶を使う類かもしれん」
「おい」
「言葉が通じるからって油断するな。知性のある魔物なんざ珍しくもない」
「ちょっと待てよ!」
もう一人の救助隊員が剣を構え直す。
「こちらからは仕掛けない。だが、近づくな」
その声には、交渉の余地がなかった。
「背を向けるな。目を離すな」
仲間たちも武器を抜いていた。
その光景を見て、ダリアの言葉が止まる。
何度も一緒に戦った連中だった。
危ない時には背中を預け、自分もまた彼らを守ってきた。
その仲間たちが今は、魔物を囲む時と同じように自分へ武器を向けている。
「……嘘だろ」
誰も剣を下ろさない。
救助隊員の一人が、じりじりと横へ動く。
退路を塞ぐような位置取りだった。
ダリアには、それも分かった。
不用意に接近せず、逃げ道を限定し、仕掛けてきた瞬間に全員で叩く。
魔物を相手にする時の動きだ。
自分が何度もやってきたやり方だった。
今度は、自分がその中心にいる。
「……冗談じゃねえぞ」
ダリアは一歩後ろへ下がった。
救助隊員たちの身体が一斉に強張る。
「動いたぞ!」
「待て、まだ仕掛けるな!」
「いや、俺は――」
さらに下がる。
剣先が追ってくる。
ここにいても話は通じない。
それどころか、少しでも動きを間違えれば本当に斬られる。
「……くそっ」
ダリアは踵を返した。
背後で叫び声が上がる。
「逃がすな! あの魔物はダリアについて何か知ってる!」
その言葉を聞きながら、ダリアは全力で走った。
何が起きているのか分からない。
どうして自分が魔物に見えるのか。
どうして仲間たちが自分をダリアだと認識できないのか。
それでも今は、逃げるしかなかった。
背後から追ってくる足音を聞きながら、混乱した頭の中で同じ言葉だけが繰り返される。
(どういうことだ。何が起きてる。どうして誰も、俺を――)
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