ある冒険者の結末
初投稿になります!
拙い部分多くあると思いますが読んでいただけるとうれしいです!
8/24日追記:描写を全体的に修正して書き直しました!
探索において最も重要なのは、未知を避けることだ。
それは冒険者であれば誰でも知っている、当たり前の鉄則だった。
情報がないということがどれだけ致命的なのか――死んでいった連中が証明している。
そして今、その鉄則を破って情報のない領域へ足を踏み入れたダリアは、まさに死に直面していた。
「結局、戻れもせず、ろくな手掛かりも残せなかった。正しく犬死にってやつだな……」
荒い息を吐きながら、ダリアは背後を振り返る。
形を認識できない「ナニカ」が、すぐそこまで迫っていた。
何度距離を取っても離れない。
斬っても、倒したのかどうかすら分からない。
もう走り続けるだけの力も残っていなかった。
「せめて、俺がここにいたってことくらいは残しておきたかったな」
前には崖。
その遥か下では、まばゆく光る川が静かに揺れている。
それが何なのかは分からない。
飛び込んだところで、生き残れる保証などどこにもなかった。
それでも、背後から迫るものよりは。
「……まあ、こっちの方がまだマシか」
ダリアは小さく笑った。
そして、崖の外へ一歩踏み出した。
身体が宙へ投げ出される。
光が一気に近づいてきた。
そのままダリアは、光の中へ飲み込まれていった。
◇
「今日は当たりだな。いつもに比べたら魔物が少ねえ」
「静かすぎるのも気味が悪いけどな」
軽口を叩きながら進む仲間たちの後ろで、ダリアはわずかに足を止めかけた。
――違和感。
ほんのわずかなものだった。
地形が記憶と一致しないわけでもない。魔物が少ない日だって、たまにはある。
それでも、何かが引っかかった。
「……なあ、この先――」
言いかけて、やめる。
説明のできない違和感が、ときに生死を分ける。
そのことはダリア自身、十分すぎるほど理解していた。
普段なら、もう少し周囲を確認したかもしれない。
あるいは一度足を止め、仲間に相談していたかもしれない。
だが、この日だけは、その小さな違和感を押し殺してでも先へ進みたいと思ってしまった。
「どうした?」
前を歩く仲間が振り返る。
ダリアは一瞬迷ったあと、首を振った。
「いや、なんでもない」
「そうか?」
「ああ。行こう」
そう答えて、ダリアは再び歩き出した。
その時にはまだ、誰一人として気づいていなかった。
自分たちが、どこから道を間違えたのか。
そもそも本当に道を間違えたのか。
後から振り返っても、それを答えられる者はいなかった。
しばらくして、先頭を歩いていた男が足を止めた。
「……ちょっと待て」
後ろを歩いていた者たちも止まる。
男は地図を広げ、通路と見比べた。
「どうした?」
「いや……おかしい」
指で地図をなぞる。
「この先に分岐なんてないはずだ」
ダリアも横から地図を覗き込んだ。
目の前には、確かに二股の分岐がある。
「地図が古いんじゃないのか?」
「このダンジョンだぞ? 何年探索されてると思ってんだ」
別の仲間が後ろを振り返る。
「じゃあ、一つ前の分岐で間違えたとか?」
「いや、あそこまでは合ってたはずだ」
「本当に?」
「……たぶん」
その言葉に、全員の表情が変わった。
ダリアは来た道へ視線を向ける。
見覚えがあるような気もする。
だが、どこか違う。
壁の出っ張り。
天井の高さ。
通路の幅。
一つ一つは些細な違いなのに、記憶の中の地形と完全には重ならない。
「戻って確認するか」
「ああ」
一行は来た道を引き返した。
だが、少し進んだところで再び足が止まった。
「……ここ、こんなんだったか?」
「いや」
即答したのはダリアだった。
「この辺りなら、左側に大きな亀裂があったはずだ」
「ないな」
壁は平坦だった。
さらに戻る。
また違う。
「……完全におかしいな、ここ」
誰かが呟いた。
最初にどこでずれたのか、もう分からない。
気づいた時には、地図と現実が噛み合わなくなっていた。
「未発見領域……なのか?」
「まさか。こんな掘り尽くされたD級ダンジョンに?」
「でも地図にないぞ」
「道が変わったとか?」
「このダンジョンにそんな性質はない」
短いやり取りを重ねるほど、状況の悪さだけがはっきりしていく。
ダリアは周囲を見回した。
見た目だけなら、何もおかしくはない。
ありふれた岩壁。
ありふれた通路。
空気にも妙な臭いはない。
魔物の気配もない。
それなのに、知っている場所ではなかった。
「救助要請、出そう」
ダリアが言うと、一人がすぐに頷いた。
「賛成」
腰のポーチから信号石を取り出し、地面へ置く。
淡い光が灯り、一定の間隔で静かに脈打ち始めた。
しばらく全員でそれを見つめる。
光は消えない。
「……作動はしてるな」
「これで外には伝わるはずだ」
「救助が来るまでどれくらいかかる?」
「早くても数時間。場所の特定に手間取ったら半日くらい見た方がいい」
「半日か……」
沈黙が落ちた。
通常なら、ここで待つ。
救難信号を出した後に動き回るのは悪手だ。救助する側からすれば、信号を追って到着したのに本人たちがそこにいない、というのが一番困る。
だが、今回は一つだけ問題があった。
「……この場所、本当にこのままなのか?」
仲間の一人が呟く。
誰も答えられなかった。
地図と合わなくなった原因すら分かっていない。
自分たちが間違った道へ入っただけならいい。
だが、もし通路そのものが変化しているのなら、この信号石を置いた場所が数時間後も同じ形で残っている保証はない。
「……ダリア、お前はどう思う?」
不意に名前を呼ばれ、ダリアは腕を組んだ。
少し考えてから答える。
「基本はここで待つ。それでいい」
仲間たちが頷く。
「ただ、全員で何時間も何もせず待つのはちょっと怖いな。近場だけ確認したい」
「探索するのか?」
「探索ってほどじゃない。この辺りの通路が繋がってるのか見るだけだ」
「どこまで?」
ダリアは少し先を指差した。
通路はしばらく真っ直ぐ続いたあと、右へ大きく曲がっている。
「とりあえずあの角の先。そこから先も普通そうなら、もう少しだけ見る」
懐から時計を取り出した。
「長針が一周するまでには戻る。変だと思ったら、その時点で引き返す」
「一人で行くつもりか?」
「ああ」
「俺たちは?」
「ここにいてくれ。信号石も動かさない方がいい」
ダリアは地面の石を見る。
「全員で移動して救助隊とすれ違う方がまずい。俺だけなら、最悪一人迷うだけで済む」
「それ、本人が言うことか?」
「あー……言い方が悪かったな」
仲間の一人が苦笑する。
「まあ、ここで一番場数踏んでるのはダリアだしな」
「でも無茶はすんなよ」
「もちろん」
「死ぬなよ」
「死なないさ」
ダリアは軽く笑った。
「じゃあ、ちょっと見てくる」
「ああ」
仲間たちを残し、歩き出す。
すぐに何かが起きたわけではなかった。
普通の通路だった。
十歩。
二十歩。
足音が岩壁へ反響する。
振り返れば、まだ仲間たちの姿が見える。
地面では信号石が淡く光っていた。
「大丈夫そうか?」
遠くから声が飛んでくる。
「今のところはな」
ダリアは答え、さらに進んだ。
右へ曲がる角が近づいてくる。
そこまでの間にも、特に変わったものはない。
ダリアは角の手前で一度立ち止まり、振り返った。
仲間たちはまだ見えていた。
一人がこちらへ手を上げる。
ダリアも軽く手を上げ返した。
「角の先だけ見てくる」
「おう」
それが、仲間たちが見た最後のダリアだった。
ダリアは右へ曲がった。
二歩。
三歩。
「……ん?」
足が止まった。
何かがおかしい。
光が差しているはずなのに、足元は妙に暗い。
一歩進むと肌へ熱を感じ、次の瞬間には冷気が腕を撫でた。
「……なんだ?」
息を吸う。
肺が満たされない。
息を吸ったという感覚だけが先に来て、少し遅れて空気が身体へ押し込まれてくる。
距離感まで妙だった。
正面の壁が近いようにも、遠いようにも見える。
ダリアはすぐに足を止めた。
「……駄目だな」
考える必要すらなかった。
「戻ろう」
まだ角を曲がって数歩だ。
仲間のところまで十秒もかからない。
ダリアは振り返った。
そして、そのまま動きを止めた。
「……は?」
曲がり角がない。
真っ直ぐな通路が、ずっと後ろへ続いていた。
「いやいや」
思わず笑いそうになる。
自分は今、右へ曲がってきた。
ほんの数歩しか歩いていない。
見間違えるはずがない。
「おーい!」
声を張る。
返事はない。
「聞こえるか!」
自分の声だけが、妙に遠くまで響いていく。
ダリアは来たはずの方向へ走った。
十歩。
二十歩。
三十歩。
角は現れない。
信号石の光も見えない。
仲間の声もしない。
「……そんな馬鹿な」
足を止める。
背後を見る。
そこにも同じ通路が続いていた。
あり得ない。
あり得ない。
道が変化するダンジョンは存在する。
そういう場所だって、最初から仕組みが分かっていたわけじゃない。何度も探索し、地図を取り、変化の周期や条件を一つずつ確かめてきたからこそ、今では攻略できるようになっている。
だが、このダンジョンにはそんな記録はない。
長年探索されてきた場所で、今まで一度も確認されなかった変化が突然起きた。
それが普通なはずがなかった。
当然、そうした特殊ダンジョン用の帰還魔道具も持っていない。
用意する理由がなかった。
ここは、ただのD級ダンジョンだったはずなのだから。
「……B級、いや」
喉が乾いた。
ダリアは周囲を見回す。
「下手すりゃ、A級だ」
ダリアはC級冒険者だ。
世間一般ではベテランと呼ばれ、ギルドからも一定の信用を得ている。経験も実力も、それなりには積んできたつもりだった。
それでも、B級には届かなかった。
ましてやA級ともなれば、もはや人の領域ではないとまで言われる。
そんな場所に自分一人で放り込まれたのだとしたら、まともに攻略するなど考えるだけ無駄だった。
「……参ったな」
だからといって、ここで座り込んで死ぬつもりもない。
戻る道が消えたなら、別の道を探すしかない。
それでも駄目なら、せめて情報を残す。
自分が何を見て、どこまで進んだのか。
後から来る人間に何か一つでも伝えられれば、完全な犬死にだけは避けられる。
ダリアは再び歩き始めた。
「もしかして、やたら魔物が少なかったのはここのせいなのか……?」
歩きながら呟く。
しかし、それにも違和感があった。
もし魔物たちがこの場所へ入り込んでいたのなら、今度はここに魔物がいるはずだ。
それなのに、気配一つない。
しばらく進むと、開けた場所へ出た。
「……なんだ、あれ」
崖だった。
その遥か下を、まばゆく光る川が流れている。
水には見えない。
液体のようには動いているが、それが何なのか判断できなかった。
さらに川辺には、それとよく似た光を放つ見覚えのない鉱石のようなものが、地面からいくつもせり出している。
「見たこともない地形なのは今さらとして……あの川はなんだ?」
目を細める。
「まさか、あれを泳いでいった先に出口があります、とかじゃないだろうな」
一人で乾いた笑いを漏らす。
「勘弁してくれよ」
さすがにあの川へ飛び込む気にはならない。
崖沿いに道が続いている。
ダリアはそちらへ進むことにした。
「せめてセーフティエリアだけでも見つからないか」
歩く。
時折振り返る。
そのたびに景色が少しずつ変わっている気がする。
いや。
変わっている。
先ほど通ったはずの道が、いつの間にかなくなっていた。
「……帰らせる気がないってことか?」
答えはない。
ダリアは剣の柄へ手を置きながら進んだ。
そして、「ソレ」は突然現れた。
まるで、最初からそこにいたかのように。
ダリアは反射的に剣を引き抜き、構えた。
「……いつからいた?」
分からない。
直前まで何もいなかったはずだ。
だが、確信が持てない。
人の形のようにも見える。
輪郭は水面のように揺らめき、境界が定まらない。
今にも散って消えてしまいそうなのに、その存在感だけは圧倒的だった。
腕らしきものがある。
頭らしきものもある。
だが、見るたびに位置が違う。
腕の長さも変わる。
立っているはずなのに、そこに重さがあるように感じられない。
人の形に見えているだけなのかもしれない。
「……こいつは、まずいな」
ダリアは一歩下がった。
距離を取る。
――近づいた。
「……は?」
ソレは動いていない。
少なくとも、そう見えた。
なのに距離だけが縮まっていた。
もう一歩下がる。
また近づく。
ダリアは目を細めた。
「なんだよ、それ……」
呼吸が浅くなる。
理解できない。
理解できないものと戦うな。
長年の経験が、頭の中で警鐘を鳴らしていた。
「来るな」
思わず口にする。
その瞬間。
ソレが止まった。
「……?」
ダリアも動かない。
今のは何だ。
言葉を理解した?
それとも偶然か?
一瞬だけ迷った。
ソレがまた近づく。
「っ!」
身体が先に動いた。
ダリアは踏み込み、剣を振り抜く。
確かな手応えがあった。
刃が通った。
ソレの身体が崩れる。
「……やった、のか?」
静かになった。
ダリアは剣を構えたまま周囲を確認する。
動かない。
――終わった。
そう思った瞬間。
足元で、何かが動いた。
視線を落とす。
そこに。
今、斬ったはずのものがあった。
「……は?」
理解する前に、身体が動いていた。
全力で走る。
足音が岩壁へ大きく響く。
後ろは見ない。
ただ前へ走る。
十歩。
二十歩。
三十歩。
それでも。
距離が変わらない。
視界の端に、まだソレがいる。
「なんなんだよ、お前!」
速度を上げる。
なのに離れない。
いや。
ダリアにはもう、自分が本当に前へ進んでいるのかすら分からなくなっていた。
景色が変わらない。
足音だけがする。
目を閉じるのが怖い。
瞬きをしただけで、何かが変わってしまう気がした。
呼吸が浅い。
肺が痛い。
それでも走る。
ただ前へ。
どれだけ走ったのか。
ふと、仲間たちとの約束が頭をよぎった。
「……時計」
懐へ手を入れる。
取り出した時計を見る。
長針は、もう一周していた。
「……最悪だな」
約束の時間は過ぎている。
今頃、仲間たちはどうしている。
救助隊は来たのか。
自分を待っているのか。
それとも、もう撤退したのか。
「せめて……」
ダリアは時計を強く握った。
このまま自分が死んだとしても、何か一つくらい残したい。
ギルドの人間なら、この時計を見れば持ち主を調べられる。
ここまで誰かが来られれば、少なくともダリアがこの場所まで進んだことは伝わる。
「頼むから、これは残ってくれよ」
走りながら、時計を後ろへ投げた。
振り返らない。
硬い地面へ時計が落ちる音がした。
それでいい。
自分はそのまま走る。
前方が開けた。
さっき見たのと同じような崖。
その下には、光る川が流れている。
「……またかよ」
横へ逃げる。
だが道がない。
背後からソレが近づいてくる。
ダリアは崖際で足を止めた。
「はぁ……はぁ……」
逃げ道はない。
剣を握る力も、もうほとんど残っていなかった。
せめて痕跡は残した。
そう思って、空いた手を握り込む。
その瞬間。
手の中に、硬い感触があった。
「……?」
恐る恐る手を見る。
時計があった。
さっき確かに投げ捨てたはずの時計が、ダリアの手の中へ戻っていた。
「…………」
何も言えなかった。
後ろを見る。
形を認識できない「ナニカ」が、すぐそこまで迫っている。
何度距離を取っても離れない。
斬っても、倒したのかどうかすら分からない。
もう走り続けるだけの力も残っていなかった。
ダリアは時計を握りしめたまま、乾いた笑いを漏らした。
「結局、戻れもせず、ろくな手掛かりも残せなかった。正しく犬死にってやつだな……」
崖の下を見る。
まばゆく光る川が、静かに揺れていた。
「せめて、俺がここにいたってことくらいは残しておきたかったな」
それが何なのかは分からない。
飛び込んだところで、生き残れる保証などどこにもなかった。
それでも、背後から迫るものよりは。
「……まあ、こっちの方がまだマシか」
ダリアは小さく笑った。
そして、崖の外へ一歩踏み出した。
身体が宙へ投げ出される。
光が一気に近づいてきた。
そのままダリアは、光の中へ飲み込まれていった。
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