未知を求める…
かつて未知を夢見て目指した魔塔も、入ってしまえばただ国一番の研究機関というだけだった。
はじめこそ新たな環境に心ときめいていたが、しばらく過ごすうちに私の望んだ冒険とは実にかけ離れたものだったということがよく分かった。
実地調査など滅多に起こることではない。その上ときどきある実地調査もただ、今ある理論を確かめに行くものであって、魔塔にとって未知とは紙と知識の集積上で見つけ出される疑問のことだったのだ。
無論、それはどこの機関でも同じだし、研究者とはそういうものなのだと今ではわかっている。
未知の現象に遭遇し、命をかけてその正体を解き明かすなどというものは、幼い子供が思い描く研究者の姿にすぎない。
実際の研究というものは、先人たちが積み上げた膨大な記録を読み、そこにわずかに残った穴を探し、何年もかけてその穴を少しだけ埋めるような仕事だ。
一人で世界をひっくり返すような真実を見つけることなどまずないし、仮にそんなものを見つけたとしても、それを証明するまでには発見そのものより長い時間がかかる。
当時の私はそれをわかっていなかったし、それを受け入れられるほど大人ではなかった。
正直に言えば、今でも頭では理解できていても、心の中では理解できていないのかもしれない。
「アリアさん、そろそろ休んだらどうですか?」
声をかけられ、机の上に広げていた資料から顔を上げる。
研究室の窓はとっくに暗くなっていたが、魔塔の研究室ではそう珍しい光景ではない。
昼夜を問わず研究に没頭する人間は多いし、研究棟の中には家に帰るより研究室で寝たほうが早いという理由で、寝具を持ち込んでいる者までいる。
私も昔は似たようなことをしていたが、さすがに主席研究員が床で寝ている姿を見せるのは外聞が悪いと言われ、今では研究室の奥に仮眠用の長椅子を置くに留めている。
どう考えても大した違いはないのだが、本人たちが納得しているのなら別に構わない。
「まだそんな時間じゃないでしょう?」
「日付が変わるまで、あと半刻もありません」
「なら、まだ今日じゃない」
「日付が変わる前に帰ってくださいと言っているんです」
私の助手は呆れた様子でため息をついた。
机の上にあるのは、数日前に冒険者ギルドから送られてきたアーティファクトの破片だ。
何のために作られた物なのかもわからず、発見された時点ですでに大部分が破損していたため、魔塔の中でもまともに取り合う者はいなかった。
価値があるかもわからない破片を調べるくらいなら、完全な形で残っている別のアーティファクトを研究したほうが成果につながる。
それが大多数の研究者の意見だったし、実際その通りなのだろう。
だからこそ、私のところへ回ってきた。
便利な立場である。
皆が価値はないと判断したものを勝手に調べても文句を言われないし、成果が出なかったとしても最初から期待されていない。
逆に何かが見つかれば、主席研究員の慧眼だったということになる。
もっとも、今のところ慧眼と呼べるような成果は何一つ見つかっていない。
「昨日までと魔力の流れ方が違うのよ」
「昨日までと同じ破片ですよね?」
「同じものだからおかしいんでしょう。昨日までまったく反応しなかった箇所に、今日はわずかに魔力が流れている」
「測定器の誤差じゃないですか?」
「その可能性もあるわね」
「では、明日改めて確認してください」
「今確認したほうが早いでしょう?」
「その確認を始めてから、もう三時間経っています」
何度目かもわからないため息をつきながら、助手は私の手元にあった資料を取り上げようとする。
当然渡すつもりはないので、資料の端を掴んで抵抗した。
しばらく無言の引っ張り合いが続いた後、研究室の扉が叩かれた。
「アリア主席、まだ残っておられますか?」
聞こえてきたのは魔塔の連絡係の声だった。
こんな時間に研究室を訪ねてくるような用件が、まともなものであるはずがない。
昼間に勝手に持ち出した資料のことがばれたか、先日の実験で研究棟の一部を停電させたことへの追加の説教か、あるいは予算申請のやり直しだろう。
どれも今すぐ聞きたい内容ではない。
「いません」
「返事をしているじゃないですか」
扉の向こうで少し間があいた。
「冒険者ギルド本部から、緊急の通達が届いています」
資料を引っ張っていた手を止める。
助手も同時に力を抜いたため、私の手元に資料が戻ってきた。
結果として私の勝ちである。
扉を開けると、連絡係は赤い縁取りのされた封筒を手に立っていた。
緊急性の高い案件でのみ使われる封筒だ。
魔塔へ直接送られてくるとなれば、魔術災害か、アーティファクトの暴走、あるいはダンジョンに関する異常が発生した可能性が高い。
封筒を受け取りながら差出人を確認する。
ゼブンス冒険者ギルド支部。
見覚えのある地名に、一瞬だけ手が止まった。
「ゼブンスで何かあったの?」
「詳しい内容は中に。王都から調査団を出す可能性が高いそうです」
私はその場で封を切った。
ゼブンスは私が生まれ育った町だ。
王都へ出てきてから、もう十年以上は帰っていない。
家族も私が魔塔へ勤め始めた後に王都へ移り住んでいるため、今では故郷に戻る理由もほとんどなくなっていた。
幼い頃にはひどく広く感じていた町も、今戻れば田舎の小さな町にしか見えないのかもしれない。
そんなことを考えたのは、書状を読み始めるまでのわずかな間だけだった。
内容へ目を通した瞬間、故郷への感傷など綺麗に吹き飛んだ。
ゼブンス近郊に存在するD級ダンジョン、《小鬼の住処》。
駆け出しの冒険者から中堅の冒険者まで幅広く利用している、すでに探索され尽くしたと考えられていたダンジョンだ。
そこに既存の地図には記録されていない領域が現れた。
迷い込んだ冒険者たちの証言によれば、内部の分岐や通路の構造は記録と一致せず、来た道をたどって戻ることもできなかったらしい。
彼らは信号石によって救助要請を出し、ゼブンス支部から派遣された救助隊によって四名が救出された。
ただし、残る一名は救助隊が到着した時点でも戻っていなかった。
現在も行方不明。
さらに救助活動中、救助隊と生還者たちは人型の実体と遭遇している。
その実体は行方不明者の名を名乗り、生還者たちへ接触しようとした。
しかし、顔を見ようとしても正しく認識できず、その声も耳から聞こえるというより頭の中へ直接響くように感じられたという。
救助隊が警戒し制止したところ、人型実体はダンジョンの奥へ逃走。
現在もその所在はわかっていない。
証言された特徴から重度のマター汚染体である可能性が挙げられているが、マターの反応が実際に確認されたわけではなく、現段階では推測にすぎない。
「これは……」
思わず口元が緩む。
「アリアさん」
助手に名前を呼ばれ、表情を戻した。
「行方不明者が出ているんですよ」
「わかっているわよ」
「笑っていました」
「研究者として興味深い現象を見つけたの。人が行方不明になったことを喜んでいるわけではないわ」
とはいえ、他人から見れば大した違いはないかもしれない。
探索され尽くしたダンジョンに、突然これまで存在しなかった領域が現れた。
少なくとも生還者たちはそう認識している。
地図と一致しないというだけなら、単純に知られていなかった通路へ入り込んだ可能性もあるし、混乱によって道を見失っただけということも考えられる。
そもそも生還者たちが見た場所が、本当に《小鬼の住処》の中だったという保証すらない。
人型実体についても同じだ。
人間に近い魔物が何らかの手段で行方不明者の名前を知り、冒険者たちを騙そうとしただけかもしれない。
顔や声の認識異常も、人型実体そのものが持つ能力なのか、周辺の環境が観測者へ影響を与えていたのか、それとも極度の緊張状態にあった者たちが同じ錯覚を起こしたのかもわからない。
重度マター汚染体という推測に至っては、現場を見てもいない人間がそれらしい言葉を当てはめただけに近い。
何一つわかっていない。
それなのに、すべてが同じ場所で起きている。
「王都から調査団を出すって書いてあるわね」
「そのようですね」
「参加するわ」
「そう言うと思いました」
助手は止める様子もなく答えた。
長い付き合いで、止めても無駄だと学習したのだろう。
それでも翌日、調査団の編成会議へ出向くと、私の名前は現地へ派遣される者の中には入っていなかった。
◇
「君は王都に残りたまえ」
魔術研究棟の責任者である老人は、私が現地調査への参加を求めると、ろくに考える様子もなくそう答えた。
「理由を聞いても?」
「主席研究員を危険度の定まっていないダンジョンへ送れるわけがない。それに現地へ赴く研究員はすでに決まっている。採取された試料が王都へ運ばれた後、その解析を担当してもらう予定だ」
「反対よ」
「即答するな」
「考えたところで答えは変わらないもの」
会議室には魔塔の研究者だけでなく、冒険者ギルド本部の職員も何人か集まっていた。
机の上にはゼブンス支部から送られてきた追加の資料が置かれている。
ただし、内容の大半は最初に届いた通達と変わらない。
生還者たちが記憶している道順。
信号石が設置されたおおよその位置。
人型実体と遭遇した際の証言。
行方不明者については、現地で詳細な資料を確認することになっているらしく、氏名や所属するパーティなどは記載されていなかった。
調査団の任務は、新領域の構造と危険度の調査。
人型実体の確認と、重度マター汚染体である可能性の検証。
そして行方不明者の捜索。
捜索という言葉が使われてはいるが、それが生存者を探すためのものではないことは誰もが理解していた。
救助隊が派遣されてからすでに時間が経っている。
未知の領域へ一人で入り、その後一度も戻っていない者が今も生きていると考えるほど、ここに集まっている者たちは楽観的ではない。
遺体が残っていれば回収し、残っていなければ遺留品や死亡を証明できる痕跡を探す。
それもまた調査団の仕事だった。
任務の内容に異論はない。
問題があるとすれば、その調査へ私が参加しないことだった。
「現地で採取した試料を調べれば十分だと、本気で思っているの?」
「現地の状況は調査員に記録させる」
「何を記録させるつもり?」
「何?」
「温度、湿度、周辺のマター濃度、魔力の流れ、地形、光量、音、観測者の体調。今挙げたものだけでも足りないでしょうね。何が現象に関係しているのかわかっていないのに、必要な情報だけを正確に持ち帰れると思っているの?」
「その必要な情報を見極めるために、現地へ研究員を派遣するのだ」
「だから、その研究員として私が行くと言っているのよ」
老人の眉間に皺が寄る。
この人物は私がまだ若い頃から魔塔にいて、私が問題を起こすたびに説教をしてきた。
長年の経験から、私を現地へ出せば何かしら予定外の行動を取ると思っているのだろう。
まったく信用のない話だ。
否定はできない。
「地図と道が一致しなかったという証言だけでは、何が起きたのか判断できないわ。未発見の通路へ入っただけなのか、本当に構造が変わったのか、それとも冒険者たちの認識が狂っていたのか。現地で確認しない限り、どれも可能性のままよ」
「それは現地の調査員でも確認できる」
「人型実体については? 顔を正しく認識できなかった原因が、対象そのものにあると決まったわけではない。周囲の環境が観測者に作用していたのなら、実体だけ捕らえて王都へ運んでも何もわからない可能性がある」
「危険な実体を捕獲することは、現段階では想定していない」
「なら、なおさらその場で調べられる人間が必要でしょう」
人型実体が重度マター汚染体であるという判断も、あくまで救助隊の証言から出た推測だ。
マターによって肉体が変質した者の中には、元の姿から大きく外れる個体も存在する。
だからといって、説明のつかないものをすべてマター汚染として処理していては研究にならない。
正体が既知の現象なのか、それともまったく別のものなのか。
それを確かめるために調査を行うのだ。
「マター汚染に詳しい研究者なら、君以外にもいる」
「ダンジョン構造と認識阻害、それに魔物の生態までまとめて判断できる人間がいるなら、今ここに呼んで。私より適任なら素直に譲るわ」
誰も答えなかった。
それぞれの分野に私より詳しい者はいる。
だが、今回の事象がどの分野に属するものなのかすら、まだわかっていない。
専門外のものを最初から切り捨てずに観察できる人間という意味では、私以上に適任な人材はそう多くない。
そして、仮にいたとしても、そんな危険な場所へ自分から行きたがるとは限らない。
「……主席研究員を失うわけにはいかん」
「私が主席であることと、調査に必要かどうかは関係ないでしょう」
「立場を持つ者には、その立場に応じた責任がある」
「なら私にも、主席研究員として不十分な調査計画に異議を申し立てる責任があるわね」
会議室の空気が少しだけ変わった。
もちろん、とんだハッタリである。
本当に正式な異議を申し立てれば、調査団の出発が遅れる可能性もあるし、私自身の立場も悪くなる。
そこまでして参加する必要があるのかと問われれば、研究機関に所属する人間としてはないと答えるべきなのだろう。
だが、今ここで引き下がれば、私は王都で誰かが持ち帰った試料を眺めながら、現地では何が起きていたのか想像することしかできない。
後になって重要な情報が記録されていなかったとわかっても、もう一度同じ現象が起こる保証はない。
それだけは耐えられなかった。
「新領域の存在が事実で、そこで既知の理論では説明できない現象が発生していた場合、現地での観測が不十分だったことは必ず問題になるわ。その時、主席研究員である私が参加を申し出ていたにもかかわらず拒否されたことも、当然記録には残るでしょうね」
「脅しているのか?」
「起こり得る事実を説明しているだけよ」
老人はしばらく私の顔を睨みつけた後、深いため息をついた。
長年この人物を見てきたが、これは半分ほど折れた時の反応だ。
残りの半分を折るまで、そう時間はかからなかった。
「調査隊長の指示には必ず従え」
「わかったわ」
「単独行動は禁止だ」
「当然ね」
「未知の物質を発見しても、許可なく触れるな」
「状況によるわね」
「今、従うと言ったばかりだろう!」
最終的には、いくつかの条件をつけることで私の参加が認められた。
会議が終わる頃には、魔塔の老人たちは全員疲れ切った顔をしていた。
まるで私が無理やり調査団へ参加したかのような顔だが、必要性を説明し、正当な手続きを経て認められた結果である。
少なくとも私はそう認識している。
◇
出発前夜、研究室の床には持っていく予定の道具が並べられていた。
携帯用のマター測定器。
試料を保存するための容器。
魔力の流れを記録する術式板。
簡易的な解剖器具。
予備の測定器。
予備の保存容器。
予備の解剖器具。
「半分は置いていってください」
私が鞄へ詰めるそばから、助手が中身を取り出していく。
「現地で何が必要になるかわからないのよ」
「そのために調査団全体で荷物を分担するんです。アリアさん一人で研究室を丸ごと運ぶ必要はありません」
「ほかの人間が必要な物を持っていなかったらどうするの?」
「アリアさん以外の人間も、何も考えずに調査へ行くわけではありません」
助手はそう言いながら、私が入れた二つ目の解剖器具を机の上へ戻した。
現地で大型の魔物を解剖することになれば、一つでは足りない可能性がある。
そう説明したが、調査団には専門の解体担当者がいると言われた。
その人間が負傷した場合も考えるべきだと思うのだが、なぜか縁起でもないと怒られた。
他人の安全まで考慮しているというのに、理不尽な話である。
荷造りの途中、机の端に置かれた緊急通達が目に入る。
生還者四名。
行方不明者一名。
人型実体一体。
行方不明者はなぜ一人で仲間から離れたのか。
人型実体は、なぜその人物の名前を知っていたのか。
単に生還者たちの会話を聞いて名前を使ったのか、それとも本人の記憶に触れるような能力を持っていたのか。
仮に人型実体が行方不明者本人だったとすれば、仲間たちが誰一人として本人だと認識できなかった理由は何なのか。
遺体が見つかれば、少なくとも行方不明者と人型実体が別の存在である可能性は高くなる。
逆に何も見つからなければ、両者が同一である可能性は残ったままだ。
もっとも、現地を見ていない今の段階でいくら考えても、都合のいい想像を積み上げることしかできない。
「行方不明者の名前くらい書いておけばいいのに」
資料を眺めながら呟く。
「現地のギルドで詳細を確認することになっているんですよね?」
「そうみたいね。調査そのものには必要ないと判断したんでしょうけど、不便だわ」
遺体や遺留品を回収する以上、最終的にはその人物の装備や身体的な特徴を確認する必要がある。
ただ、王都で調査団を編成する段階では、一人の冒険者の個人情報まで全員に知らせる必要はないということなのだろう。
合理的ではある。
それでも、人間一人が名前もなく行方不明者一名とだけ記されていることには、少しばかり居心地の悪さを感じた。
「ゼブンスには、アリアさんの知り合いもいるんですよね」
助手が何気ない調子で尋ねる。
「家族はもう王都にいるわよ」
「それ以外です。昔の友人とか」
言われて、一人の顔が浮かんだ。
ダリア。
幼い頃から一緒にいた男で、私が王都へ出た後もゼブンスで冒険者を続けていたはずだ。
何度か手紙を交わしていたが、私の研究が忙しくなり、向こうもダンジョンへ潜ることが増えた頃から、少しずつやり取りは減っていった。
最後に近況を聞いた時には、確かC級冒険者になったと書かれていた。
D級ダンジョンである《小鬼の住処》は、C級冒険者が潜るには少しばかり物足りない場所だ。
とはいえ、後輩の面倒を見るために同行することもあれば、簡単な依頼を片付けるために入ることもある。
絶対に関係がないとは言い切れない。
しかし、ゼブンスには大勢の冒険者がいる。
行方不明者がたまたまダリアである可能性を考えるより、町に戻った時にどこかで酒でも飲んでいる姿を見つける可能性のほうがよほど高いだろう。
「そうね。昔からの知り合いが一人いるわ」
「会うんですか?」
「調査が早く終われば、顔くらい見に行ってあげてもいいかもしれないわね」
「会いたいんですね」
「別にそうは言ってないでしょう」
助手はそれ以上何も言わなかった。
その代わり、私を見る目が少しだけ生温かくなったような気がする。
◇
翌朝、王都の門前にはゼブンスへ向かう調査団の馬車が並んでいた。
現地で調査を行う学者とギルド職員、その護衛を担当する冒険者たち。
調査団とは別に、ダンジョン内部へ先行する冒険者の部隊も編成されている。
研究者が動けるだけの安全を確保した後、私たちが内部へ入り調査を開始する予定だ。
出発前に、調査隊長から改めて任務の説明が行われた。
地図未登録領域の位置と構造の確認。
周辺の危険度の調査。
救助隊が目撃した人型実体の捜索と、その正体の確認。
重度マター汚染体であるという推測の検証。
そして、行方不明となった冒険者の捜索。
発見した場合は、遺体あるいは遺留品を回収する。
誰も救助という言葉は使わなかった。
通達の上では今も行方不明者として扱われているが、生存していると考えている者はいない。
私も例外ではなかった。
冒険者がダンジョンで命を落とすことは、決して珍しいことではない。
だからといって放置していいわけではないし、遺体を家族のもとへ戻すことができるなら、それに越したことはない。
何も残っていなかったとしても、何が起きたのかを明らかにすることで、次に同じ場所へ入る者が死なずに済む可能性はある。
それが調査というものだ。
説明が終わり、私は荷物とともに馬車へ乗り込んだ。
助手は魔塔へ残るため、見送りに来ている。
「くれぐれも、勝手な行動はしないでくださいね」
「私を何だと思っているの?」
「研究に目がない暴走機関ですかね」
否定しようとして、やめた。
まったく心当たりがないと言えば嘘になる。
「なるべく気をつけるわ」
「絶対に、とは言わないんですね」
御者が出発の準備を始める。
助手は最後まで不安そうな顔をしていたが、馬車が動き始めると、諦めたように手を振った。
私も窓から軽く手を上げて返す。
王都の門が少しずつ遠ざかっていく。
膝の上には、何度も読み返した緊急通達が置かれていた。
生還者四名。
行方不明者一名。
人型実体一体。
どれにも、まだ名前は記されていない。
現地へ着けば詳しい話を聞くことができる。
新領域が本当に存在するのか。
人型実体は何者なのか。
重度マター汚染という推測は正しいのか。
今ある報告のどこまでが事実で、どこからが混乱した人間の思い込みなのか。
考えれば考えるほど、新しい疑問が現れる。
それは、紙の上で誰かの研究を読み続けるうちに見つけた疑問とは違う。
まだ誰も答えを知らず、正しい問い方すらわかっていない。
私がかつて夢見て、いつしか諦めたと思っていた未知が、故郷のダンジョンで待っている。
「調査が終わったら、あいつを驚かせてやろうかしら」
久しく会っていない幼なじみの顔を思い浮かべる。
突然訪ねれば、ダリアはどんな顔をするだろう。
昔と変わらず間の抜けた顔をするかもしれないし、私が気づかないほど老けているかもしれない。
そんなことを考えながら、私は窓の外へ視線を向けた。
馬車は故郷ゼブンスへ向かって進んでいく。
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