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多分、話が噛み合ってなかった

 俺達のやり取りは思ったよりもクラス中の興味を引いていたようで、俺が鏡見にバトルライブの挑戦状を叩きつけた瞬間、水を打ったように静まり返った。


 昼休憩にも関わらず、誰かの咀嚼音や飲み物を啜る音すら聞こえてこない静寂の中、何の反応も返してこない鏡見の様子をじっと伺う。


 ところが、この緊迫感ある空気を切り裂いたのは、俺や鏡見といった当事者ではなく──「ギャッ!?」という情けない声と共に響いた物音だった。


 ガシャン!と鳴った派手な音の正体は、行儀悪く椅子を後ろ倒しにしていたらしい姉川が、バランスを崩して椅子ごとひっくり返ったものだった。


 周囲にいるクラスメイト達が直ぐに助け起こそうと手を差し伸べるも、姉川は「だいじょーぶ!」と言ってその場から立ち上がる。


「いたたた·····。おい、姫城!なんで鏡見にバトルライブを仕掛けて、俺には仕掛けてこねぇんだよ!」


 呻きながらも、ビシッと俺へ人差し指を差してくる斜め前の席のよっ友に、俺は思わず「はぁ?」と呆れたような声を出していた。


「いや、お前に挑む理由がねぇし」

「そんな連れないこと言うなよ、寂しくなるだろ。N=?のメンバーとやり合いたいなら、俺が受けて立つから俺にしとけって。な?」

「姉川は、まだ無所属だろ?」


『夏休みまでに、3回のライブをしなければ退学』という校則があるにも関わらず、まだどこのチームにも所属していない馬鹿に白けた目を向ける。


 だが、当の姉川は何故か誇らしげに胸を張った。


 俺を差していた指で、「ノンノン!」とウザったく指を振ってくる。


「俺、一週間前からN=?。ってことで、来いよ姫城。この前のデビューライブでついたファンを、俺が軒並み掻っ攫ってやんぜ」

「は!?お前、よりによってエヌに行ったのかよ!?あんなにウチに入りたがってたのにか!」

「もう夏休みまで、一ヶ月も無いからな。俺も腹を括ったってわけだ」


「俺もとうとうソロじゃなく、チームの物になっちまったか」と、馬鹿なことをほざいている姉川に額を打つ。


 よりによって、この大馬鹿者はストーリーが一番病んでいるN=?に行ったらしい。


 確かにN=?は『白蘭高校アイドル番付』で『4』を誇る実力派集団にも関わらず、チームへの加入自体は比較的簡単だ。


 加入届けに、サインが出来れば良い。


 Angel*Doll(ウチ)みたいな厳格なオーディションも無いし、上級生達のコネや手回しも必要ない。


 そこは、『来る者拒まず、去るもの追わず』を掲げているN=?らしい流儀だなとは思う。


 ──だが、それにしても土壇場で入るには不味すぎる選択をしやがって·····。


 エヌは加入してからが地獄だということを、この大馬鹿者は分かっていない。


「悪いが、俺は鏡見に用がある。お前との対決はまた今度な」


 姉川との対決も興味はあるが、それが出来るのは虎南先輩を救ってからだ。


 姉川のパフォーマンスはアイドル学の授業で見たことがあるが、元サッカー部らしく体幹がめちゃくちゃ良い。


 歌唱力の方は白星同様、伸び代があるといった具合だが、純粋にクラスメイトとライブで勝負してみるっていうのは楽しそうだ。


 狂季の件が片付いたら、バトルライブをしようなという意味を込めて笑みを深めるが、どうも姉川は納得出来ないらしく、可愛らしい顔を歪めた。


 いつも快活に笑っていたり、悔しいことがあってもリアルに地団駄を踏むようなお調子者が、こんなに(しか)めっ面を浮かべているのが珍しくて、俺はつい笑みを収めてしまう。


 様子の変わった姉川の様子を伺っていると、刹那、コツコツと机を指で弾いた音が下から聞こえてきた。


 咄嗟に音の方に目を向けると、そこにはバナナジュースのパックに差したストローを咥えている鏡見がいて。


「横から掻っ攫おうなんて、酷いわぁ。新入り君」


 口から離されたストローには、沢山の噛み跡がついていた。


 抑揚の無い関西弁と共に、凸凹になったストローが差されたジュースのパックが机の上に置かれる。


 隣で大人しくことの成り行きを眺めていた猿飛の顔色が、一気に青ざめた。


「エヌはなんでもかんでも受け入れるけど、メンバーの美徳を尊重してくれる器のひろぉいチームでもあんねん。やから──」


 キリの良いところで、鏡見が言葉を区切る。


 意図的に途中でお喋りを止めたことで一気に場の主導権を握った彼は、前髪を面倒くさそうに掻き上げた。


 長い前髪が上げられたことで、隠されていた切長の双眸(そうぼう)(あらわ)になる。


 僅かに垂れ下がった幅の広い目に(はま)っているのは、縦に瞳孔が長い瞳だ。


 人間の瞳では有り得ない、爬虫類特有の琥珀の眼差しが、獲物を定めるように姉川に向けられる。


「あんまりオイタして、俺に灸を据えられても誰からもお咎めはないってことや。これからは同期になるんやから、俺はそういうゴタゴタはしとうないなぁ」


 普段のねっとりとした関西弁も気色悪いが、殺意を纏ったことで殺伐とする関西弁も最悪だ。


 傍で聞いているせいか、二の腕が泡立ってくる。


 無意識に両腕を抱えた俺は、逆浪先輩のおっとりとした関西弁が恋しくなった。


「わ、悪ぃ」


 流石の姉川も鏡見の剣幕には飲まれてしまったようで、さっきまでの威勢の良さが無くなっていく。


 両拳を握って頭を下げる姉川を幾分か見定めた鏡見は、あの独特な目元を弓形に変えた。


「うん。これ以上、横槍入れへんかったらそれでええよ。同じチームメンバーやねんから、仲良うしようや♡」


 またもや、関西弁のイントネーションがねっとりした物に差し変わっている。


 だが、これが鏡見による友好的な態度なのだと察した俺は、とやかく言う気が失せた。


 姉川との一件が落着した鏡見は、漸く俺へと視線を向けてくる。


 いつもは長い前髪とマスクに隠れているが、コイツもアイドル科に採用されるだけあって、やっぱり面が良い。


 日本人というよりかは、韓国人に近い頬肉の薄い顔に、すっと通った鼻筋。


 特殊な瞳さえなければ、かなり甘めな顔つきだ。


「で、キジョーちゃん。俺にバトルライブを持ちかけるってことは、負けた時の代償はちゃんと用意してきてるんやろな?」


 ニコッと笑って聞いてくる割には、内容が悪趣味極まわりない。


 だが、取引について確認してきたってことは、やっと鏡見が交渉のテーブルについた証左だ。


 俺は奴の気が変わらないうちにと、神妙な顔つきで頷く。


「ああ。俺が負けたら、お前のチャンネルに出てやる。企画内容は全部そっちで決めていい」


 瞬間、教室内がどよめいた。


 チャンネルの企画を全て鏡見に委ねるということは、俺の身柄を一時的にではあるが、奴に差し出すということだ。


 それも、全国ネットという誰もが視聴できる公の場で。


 つまり──今、インターネットを通じて世界中から注目を浴びている【Angel*Dollの新入生】を演者として好き勝手に扱える権利を、俺は目の前の男に差し出そうとしている。


「えらい上等な代償を用意してくれたんやな。やったら、こっちもそれなりのモンを要求されるってことやんな?」


「何、要求されるんか怖いわ〜」と軽口を叩く割には、鏡見は全く怯んで無さそうだ。


 それだけ、このバトルライブに負けない自信があるのか。


 それとも負けたところで、あまり気にならないタチなのか。


 どちらにせよ、かなり鏡見の気を惹けていることに手応えを感じた俺は、ここから畳み掛けていく。


「もし、俺が勝ったら、鏡見には動画のレクチャーをしてほしい。生憎とウチには、動画作成に強いメンバーがいないからな」

「思ったより、しょぼい取引やな」

「勿論、他にもある。勝ってから一週間は、鏡見の動画内でウチを宣伝して欲しい」

「別にそれもそこまでやな。(むし)ろ、『飛ぶ鳥を落とす勢いのエンジュから、罰ゲームでやらしてもらってます』って言うのは俺にとってもええ宣伝や。他には?」


 打てば響くように、一瞬でメリット・デメリットを弾き出す鏡見の頭の良さに舌を巻く。


 ──流石、数学がモチーフになっているN=?。


 商業アイドルとしての一面が強いAngel*Dollは兎も角、その他のゼックラやエッジと違って、この辺の損得勘定の算出がデビューしたばかりの一年生なのにかなり早い。


 きっと、鏡見自身が個人ストリーマーとして、そこそこに名を馳せていることもあるだろう。


 俺の上辺だけの取引内容をすぐに見抜いて、詰将棋のように本音を引き出してこようとしてくる。


 個人的には、本命の方は建前のお願い事に紛らわせてしまいたかったのだが、この調子だとその目論見は叶いそうにもなさそうだ。


 俺は本命を告げる声が震えないように、一度口を閉めた。


 言い(あぐ)ねるように間を置いた俺を、鏡見が温度のない眼差しで見据えてくる。


 ただ、縦長の瞳孔が面白そうにキラキラと光っている。


 その爬虫類の目で見詰められていることが、爬虫類嫌いの俺には生理的に受け付けられない。


 鏡見と対峙する時間を一刻も早く切り上げようと、俺はようやっと本音を舌の上に用意した。


「あとは、俺の個人的な願い事だ」

「·····へぇ?」


 まさか、引っ張り出した本命が『個人的な願い事』だとは思わなかったらしく、鏡見はパチパチと目を瞬いていた。


 だが、俺にとって、この願い事は『狂季への第一歩』。


 ゆっくりと、鏡見へと歩み寄る。


 互いの距離が10センチも空いていないぐらいに詰め寄った俺は、座っている鏡見と視線を合わせるようにその場にしゃがみこんだ。


 苦手な目だろうが、嫌いな奴だろうが、今は己のプライドは何にも役に立たない。


 もはや、挑戦状を叩きつけるというよりかは、頼み込むという表現の方が正しくなってきているが、それで鏡見がバトルライブを引き受けてくれるなら良い。


「これは鏡見にしか、出来ないことだから。アンタだけが叶えられる頼みだ」


 そう告げた瞬間、もう時計の針の音しか聞こえてこない教室が一瞬だけザワついた。


 全員が全員、フレーメン現象を起こした猫のような顔をして俺を見ているが、俺の目は鏡見の丸くなった目から離せないので、周囲の反応には気付けなかった。


 奴の縦長の瞳孔は、ギリギリまで細まっている。


 何故か、とんでもない衝撃を受けていることだけは伝わってきた。


「俺にしか、出来ひんことって?」


 鏡見の掠れた声が、戸惑いを告げてくる。


「それは、まだ言えない。申し訳ないが、勝ってからじゃないと言えないんだ。だが、そこまで別に難しいことじゃない。特別に何かをやるということじゃなくて、鏡見なら簡単にできることだ」


 言葉を重ねる度に自分のお願い事が段々と疚しく聞こえてくるが、今更、吐いた言葉を撤回することは出来ない。


 これでは鏡見に(いぶか)しまれて、バトルライブをOKして貰えなくなるんじゃないかとさえ思えてきた。


「いや、別に変なお願い事では無いからな!困らせるような願い事には·····ならないはず。多分。うん、俺が頑張れば、鏡見の負担になるようなことはない」


 ここまできたのにチャンスを逃してたまるかと、とうとう必死になって言い募る。


 もしや、あまりに俺が必死すぎるせいで、鏡見が引いてしまったのかと自分のやり過ぎを自覚するのと同時に──俺達の交渉を見守っていた猿飛が、ダンっと両手で机を叩いたのが見えた。


「受けてあげなよ、新!あんまり姫城君に墓穴を掘らせるのはその·····男として駄目だと思う!」


 何故か顔を青くしたり、赤くしたりを繰り返している彼は、どうやら俺の鈍臭交渉を見ていられなくなったようだ。


「むしろ、大チャンスじゃん!新って意外と可愛い系──」

「分かった!わーった!!俺も男や!ごちゃごちゃ考えんのもええ加減にして、その勝負乗ったろうや!」


 俺が頼み込んでいる時は黙りこくっていた筈なのに、猿飛が話し始めるや急に堰を切ったように捲し立てた鏡見は、何故か首筋まで赤くして、キッと俺を睨んできた。


 見たことがない鏡見の表情と、有無を言わせない迫力に僅かに後退りする。


「ええか、キジョーちゃん。受けたからにはこの勝負、キャンセルは出来んからな。全く負ける気はないから、ちゃあんと動画に出れる日を楽しみにしとくんやで」

「お、おう」


 アイツ、赤くなると、肌の下の血管も薄く見えるんだな。


 そういう所も蛇っぽくて、ゾワゾワする。


 俺に言うだけ言った鏡見は、その場から荒々しく立ち上がる。


 そして、机の上に広げていた昼食も放って、教室の外へと向かっていった。


 教室から出ていく鏡見の後を、猿飛も遅れて追いかけていく。


「新!待って!」

「トイレに行くだけや!ほんま、ちょっとだけ1人にさせて欲しいんやけど」

「あ、そ、そっか!水とかでガーッて冷やしたら、冷静になれるよ!」

「余計なお世話や!」


 ──どうにも、話が噛み合ってないような気がするのは俺だけだろうか。


 バタバタと忙しなく廊下へと出ていく2人の背を見送って、俺は言いようのないモヤモヤを抱える。


 だが、なんとか鏡見から、バトルライブに出てくれると衆人環視のもとで言質をもぎ取った。


 最初の第一歩を勧められたことに、俺は思わず「よし!」と片拳を握る。


 1人で喜びを噛み締めている俺を、多くのクラスメイトがヒソヒソと遠巻きに話しているようだが、大方バトルライブの事についてだろう。


 クラスメイト同士の戦いなんだから、気になって当然だ。


 俺も誰かがバトルライブをするっていうなら、最前線で齧り付くように鑑賞する。


 さて、約束は取り付けた。


 あとは──バトルライブに向けての準備だ。


ってことで、アンジャッシュ編(笑)が始まります。

柳村・姉川には暫く近付きたくないですね。


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