09 毛利元就 (3)
執事執務室に入ると、ニコラはタメ息を付いてソファーにドサッと座った。
向かいに座る市に、
「大体、予想はしてますが、何が聞きたいのですか?」
これから聞かれる事が、余程嫌なのか、とても態度が悪い。
しかし、ぐっっと堪えて、市は気にする様子を見せず下手に出てお願いをする。
「忙しいニコラに時間を取らせて誠に申し訳ないと思うています。教えて頂きたい事は、王家のバルト家の事です。特にテオフィデール様の母君の事を知りとうございます」
すると、「私の知る限りの事で良ければ」と嫌そうな割に、すんなり話してくれる。眉間のシワと大きなため息付きだったが・・
「テオフィデール王の父上、アンドレ様は、若くして王になられた為に、後ろ楯もなく大変ご苦労されました。
ミラ様の父コルベ様は伯爵だったのですが、 貿易で儲けて かなりの資金力もあり、そして野心家でした。
金の力で アンドレ様とミラ様の結婚をねじ込んできたのです。
ミラ様は 元々わがままで いらしたが 結婚後 ますます酷くなったようです。
その為、アンドレ様にも 傍若無人な態度で接していたようです。
子供を産めば 、母性で 変わるのではないかと 誰もが思っていましたが 、全く変わることはなかったと聞いています。
ミラ様は お子様より 宝石を見ている時間を 大切にする方だったようです。
ですから、テオフィデール様は大変お寂しい幼少期だったと思われます。
そんな時 、町に遊びに来ていた エフモント男爵の 娘である マリア様に アンドレ様は一目惚れなさったのです。
アンドレ様は ミラ様やコルベ伯爵の 反対を押し切って、 マリア様と ご結婚されました 。
そして生まれたのが 、エルベルト様です 。
マリア様は テオフィデール様にも 優しくされ 、エルベルト様とは 本当の 同母兄弟 のようにお育ちになりました 。
しかしテオフィデール様 13歳 、エルベルト様11歳の時に、マリア様が毒殺されたのです。
犯人は・・ ミラ様です。
最も卑劣な方法で毒を盛った・・
その一年後、証拠を掴んだアンドレ様が、コルべ伯爵とミラ様を、このままにしておくと 二人の息子にも被害が及ぶと コルベを討ち取りました。
しかし、この時 ミラ様の弟君のカガン様の領土にミラ様が逃げ込んだのです。
もともとカガン様は、コルベと違いアンドレ様を支えてくれていた人物でしたし、さすがに妻を殺せず 現在もあの女は カガン様の領土で生きています。
その後、王は心労の為に崩御され、15歳でテオフィデール様は後を継がれました。
なのに未だに、あの女は王家のバルト家を名乗ってやがる」
(ニコラの物言いが凄いのう。だんだんと敬称がなくなって、最後は『あの女』呼ばわりとは・・
余程酷い仕打ちを、テオフィデールもエルベルトも受けておったようじゃ。)
「それだけじゃない、未だにあの女は陛下を苦しめている。オリ・・」
苦渋の顔付きをハッとして、何かを言い掛けた言葉を飲み込む。
「オリ? オリ何じゃ?」
「いえ、とにかくこの国にとって毒でしかないのです」
ニコラはグッと拳を握った。
話を聞いた後、市は何となく重く冷たい鉛を心に抱えてしまった様な気持ちになった。
ノイマンに罠を掛けたが、しばらくは、事の成り行きを見守るだけなのだが、市は居ても立ってもいられなくなった。
そこで、市は情報が一早く聞けるようにルストン辺境伯の居城であるバーデン城に行こうと馬にまたがった。
だが、テオフィデールの命令を受けたユーグに見つかり城内に、引き戻された。
その後、部屋の中にも必ず警護の者が付くようになり、さらに刺繍を習う時間も増やされた。
テオフィデールが刺繍の先生に、
「市が刺繍をした素晴らしいハンカチを見たい」と言ったらしいのだが、その裏はニコラが言わせたようだ。
ノイマンの筆跡を真似る練習の、仕返しかも知れない。
かなりの苦戦をしていて、執事の業務が終わった後、寝る間を割いてノイマンの筆跡の練習をしていると、本人からぶつぶつ聞かされた。
(ニコラ、敵にすると執念深く厄介で、怖いのぅ)
そんなこんなで、先生の熱のこもった指導が終わらない。
刺繍しながらも、次々に忍びのアンソルブの手の者達が伝えてくる。市は状況を聞いて、その都度、指示を出していた。
ある日、忍者....もとい、吟遊詩人のアンソルブがシェルドナールの城に帰って来た。
市は急いで執務室向かう。
テオフィデール、アイレス、エルベルトがもう既に集まっていた。
市を見たアンソルブがニヤリと笑い、報告する。
「市様、ハウゼン国王は、ノイマンを処刑しました」
行きなりの報告に皆が唖然とする。
「ハウゼン国王が随分、早い決断ですね」
エルベルトは、腑に落ちないといった顔で聞く。
「噂を流しつつ、ついでにノイマンの事を調べてたら、賄賂に、税金の横流しに、色々と奴の不正が出てきたんで、ノイマンの政敵に情報を流したンですよ。
そしたら全て、明るみに出て。
それでいい感じにあの手紙でしょ。クーデターの嘘話も信憑性が出ましたね。ハハハ、あっという間でしたね~」
事も無げに笑っているアンソルブ。
彼を見ている市の目が光る。
(詩人としては冴えないけれど、忍者の能力では右に出る者はいないのではないか)
「アンソルブ、本当に良き働きをしてくれました。誠に感謝いたします。これからもそなたと、そなたの吟遊詩人仲間の活動を、応援します」
市は、この上ない人物を見つけた事を喜んだ。
テオフィデール達は何の武器も使わず、戦わずして隣国の宰相を亡き者にすることが出来た。
罠を仕掛けた市を頼もしく思いつつ恐ろしいとも思った。
そして、市が他国ではなく、シェルドナールに召喚されて良かったと心から思った。
それから、今後のハウゼン国との関係を協議して、解散となった。
アンソルブは、「面白い政治内情を掴めるかも知れない」と言って、早速旅に出るらしい。
(すっかり忍びの者なのではないか)と誰もが思ったが、あえて口には出さなかった。
(それにしても、毛利元就公は凄いのう。この策略であの尼子勢が引っ掛かり、一気に力を削がれたくらいじゃ)
そう、毛利元就は敵である尼子晴久の力を削ごうと、尼子家の本家よりも力のあった国久が、謀叛を企んでいるという噂を広めた。
更に毛利に内通しているという手紙を偽造し、上手くその手紙を晴久につかませた。そして、その手紙を信じた晴久は国久を討ってしまった。毛利は謀略によって、敵の尼子の勢力を難なく減らす事に成功したのだ。
市は、そんな毛利元就の知恵に感謝しつつ部屋を出た。
夕食後、テオフィデールは「話がしたい」と言って、自室に市を誘った。
部屋のソファーに座ると、テオフィデールもその隣に座った。
(話し合いは、向かい合って話す方が良いのでは?)
そう思い、向かいの席に移動しようとしたら、
「ここにいろ」と手を引っ張られた。
居心地の悪さを感じながらも、仕方ないのでそのまま座っていると、テオフィデールが話し出した。
「俺の母は、生んですぐ俺の顔を見て『捨ててこい』と侍女に叫んだらしい」
「何ゆえに?」
「俺の髪の毛の色が、金色じゃなかったからさ」
「?」首を傾げる市。
「シェルドナールの王の血族は皆、髪の色は金色なんだ」
市はテオフィデールの濃い灰色の髪を見た。
「この国では、子供に父と母が一つずつ名前を付ける。
テオフィデールは父が、ドラドは母が付けた。
この国でドラドは『汚れた』という意味がある」
テオフィデールは光のない目で話す。
(そうか、テオがいつも謁見などで、名前を一つしか名乗らないのは、そういう事であったのか)
何ともやるせない気持ちを隠して、市はテオフィデールを包み込むように髪を撫でる。
「テオ、私の知っている異国の国でドラドは、『黄金』を意味するのです。そなたの瞳は時に黄金に輝く。私にとって、ドラドはそなたの黄金の瞳を表している美しい名じゃ」
テオフィデールは驚いた顔で市を見た。しばらくの間、テオフィデールはそのまま動かなくなる。
優しく見つめる市を、テオフィデールは抱きしめた。そして、長いため息を、ついた。
市はじっとそのままでいたが、腕をテオフィデールの背中に回し、ポンポンと優しく叩いた。
「そなたは誠に見目麗しい、男子じゃ。案ずるな、城中の者がそう思うております」
テオフィデールは体を離して市の顔を見た。
「今、俺の事を子供扱いしているだろう?」
「ええ。今そういう『よしよし』的な雰囲気だったであろう?」
「全然 違うな」
言うなり、テオフィデールは市の首筋に唇を押し付けた。
「ふぉんのおー!」
すっとんきょうな声を上げて直立した市。
「テ、テ、テオは・・テオが・・」と後退りしたかと思うと、真っ赤な顔のまま、凄い勢いで部屋を出ていった。
ポツンと取り残されたテオフィデール。
部屋に帰った市。
お互いが思った。
(何がどうなった?)
(何がどうなったのじゃ?)




