08 毛利元就(2)
ルストン辺境伯は流石、西の守護を任せられているだけあって、屈強な体つきに、髪は短髪で貴族らしからぬ風貌だ。
常ならばきっと穏やかな目をしているに違いない。
しかし今回、城まで呼ばれた事で、その目は困惑に満ちている。
市は、不安な面持ちのエルベルトとルストン辺境伯を見て安堵してもらえるように微笑むと、説明を始めた。
「エルベルト様も、ルストン様も、何ゆえ呼ばれたのか、お分かりにならないでしょう?」
二人は不思議そうな顔で頷く。
「お二人・・いいえ私達は隣国の宰相ノイマンにゆっくり汚染される様な罠を掛けられました」
「どういう事ですか?」
エルベルトは全く訳がわからないといった様子だ。
「お二人には、『ハウゼン国とシェルドナール国がもっと良い関係になりたい』という理由で宰相ノイマンから、度々使者や貢ぎ物が贈られてきたのではありませぬか?」
「はい、そうです」
「それを、我が国の中から、『お二人がハウゼン国と内通している』と噂を流す者がおったのです。紙の上に落ちた小さな火の粉も徐々に大きくなり、放置しておれば、その内大火になるように、今回も噂を放置しておれば、収まりが付かないことになり、噂が真のように囁かれ出す。さすれば、次第にお二人を裏切り者の様に仕立て上げ、じわりじわりと追い詰めていく所・・・だったようじゃのぅ」
皆がごくりと唾を飲む。
二人の顔を見ながら続ける市。
「シェルドナール国の要であるお二人が動けなくなるか、または、陛下との関係に軋轢を生じていたら、奴らの思うツボじゃ。お互いの信頼関係が破綻した所で、一気に攻め込まれていたかもしれんのぅ」
ここで、アイレスが聞いた。
「これらの情報を、どこで? しかもたった5日間でお知りになられましたか? そして、信じるに値する情報なのでしょうか?」
「これは各地に放った諜報部員、忍者に情報を集めさせたのじゃ。」
「ニンジャ?」
「私の世界では行商人に化けて、各地の情報を集める集団を雇っておりまする。それが忍者。私の兄も甲賀忍者という者達を使い、情報を集めておりました」
「しかし私達の世界には、そのような者はおりません」
ニコラは不安そうだ。
「いいえ、各地をまわる者がおります」
市は手招きすると、先程の吟遊詩人が、ニコニコと市の隣に立った。
「市様のご命令で、各地の内情を調べている、アンソルブです。
あっ!でも、本職は吟遊詩人ですよ」と人懐っこい笑顔で言う。
ルイスが不安そうに聞く。
「信用出来るんですか?」
「そこは、持ちつ持たれつの関係じゃ。彼らの活動費用をこちらが出して、さらに、彼らの詩を出版してあげる。それで、彼らが有名になれば、他国の王宮にも招かれ、更に情報が手に入る」
「そうですよ。私達にとって、ありがたい話なんで、嘘は言いませんよ」
アンソルブは力を込めて言う。
「一刻も早う、アンソルブ達が、他国の王宮に招かれる様な、人の心に響く吟誦をしてもらわんとのう?」
市が笑うと、アンソルブが頭を掻いた。
市は、兄信長の狡猾に笑う顔を思い出した。
「『正確な情報を沢山あつめ、それを正しく活用した者が勝つ』と兄が申しておりました」
ここでルイスが、聞いて欲しくなかった質問をした。
「では、エルベルト殿下とルストン辺境伯の噂を、国内で流したのは誰なのですか?」
その質問に、市はぐっと唇を噛んだ。
言いあぐねている市の代わりに、ユーグが答えた。
「カガン伯爵です。しかし、彼を後ろで操っているのは、テオフィデール陛下の母君である、ミラ・パーシー・バルト様だと思われます」
市はテオフィデールが唇を噛みしめるのを見た。
(もしかしたら、テオは気付いていたのやも知れんの)
エルベルトが胸を押さえ、顔が青ざめていく。
どれ程の苦しみが兄弟にのし掛かっているのだろう。そう思うと、見た事のないミラに自分の母を重ね合わせ、怒りが込み上げた。
ユーグは感情を出さずに、淡々と報告する。
「ミラ様が関与しているという裏付けが、取れていないので、カガン伯爵とミラ様に今は、手出しが出来ません。しかし、ハウゼン国のノイマンは、このままには出来ません。何か手を打たないと、また仕掛けて来るでしょう」
市は、信長とその弟の信勝の痛ましい出来事を思い出した。
母は信勝を、溺愛していた。その影で信長はずっと母の愛を欲していたが、それを得られることはなかった。それどころか母の愛は更に信勝に向き、当主にしようと動き出す。その動きを察知した信長が、信勝を暗殺してしまう。
母、土田御前が、『兄よりも当主に相応しいのはお前だ』と、信勝に暗示の様に聞かせた事が悲劇のきっかけなのだ。
幼き頃は仲が良かったのに狂わせた原因の一つは母なのだ。
兄弟が不仲になるきっかけは些細な事で始まる。直ぐにほどいてやれば何て事はないのに、放置しておくと結び目は複雑に絡まり、どんどん固くなる。そしてほどけなくなり、最後には殺し合う事にもなりかねないのだ。
そんな恐ろしさを、戦国で嫌という程見てきた市にとって、ミラの行いは許しがたい。
テオフィデールとエルベルトの顔を見て、いきなり立ち上がった。
「仲の良い兄弟の絆を引き裂こうとは、私は許さぬ。ノイマンとやらに、本物の謀略を見せて差し上げましょうぞ」
そう言った市から、黒いオーラが吹き出した。
部屋の男達はたじろいだ。
そして、恐る恐るニコラが聞く。
「謀略とは?」
「私には謀略の神、毛利元就公が付いておる。ふふふ。では、皆様に私の計画をお話しましょう」
皆の視線が市に集まる。
「謀略の手順はこうじゃ。
まず始めに、ハウゼン国に吟遊詩人と言う名の忍者を、各地域に送り、ノイマンが仕掛けた罠を逆手に取って、『ノイマンがエルベルト様と手を組んで、クーデターを企てている』と言う噂を流すのじゃ」
市は続けて、
「エルベルト様に届いた、ノイマンの手紙は捨てずにお持ちかの?」
「それをどうするのですか?」
「それで、この中の誰かにノイマンの筆跡を真似た字を書く練習をしてもらう」
「筆跡まで真似るのですか?」
「そうじゃ。はかりごとは抜かりなく進めんといけませぬ。練習をだれぞにしてもらわんと、いけないのじゃが..」
ルイスは字が下手なのか、自分は無理ですよとばかりに、大袈裟に手を横に振った。
「もちろん、それをしてもらうのは、器用なニコラが適任と思うのじゃが」
ニコラの端正な顔が一瞬「ゲッ」という顔になる。
その顔を見て、
「私がノイマン宛に手紙を書きましょうか?」
と優しいエルベルトが申し出てくれたが、
「後々、国交が回復した時に、エルベルトにも悪い影響が出ないように、しておきたいのじゃ。なので、それは止めておきましょう。ノイマンの罪はノイマンが被る様にするのじゃ」
またもやニコラが嫌な顔をしているが、やってもらうしかない。
「そして、最後の計画じゃ。
いい感じに、噂が広まった所で、
『クーデターの為の軍隊を送って欲しい』という旨の内容をノイマンがエルベルトに宛てて書いたかのように偽造した手紙を、ハウゼン国王の手に渡るようにする」
以上の事を説明すると、市は
「これで、ハウゼン国王がどう動くのか楽しみじゃ」
とにっこり笑う。黒い微笑みだった。
それを見た誰もが、市が味方で良かったと思った。
その夜、ニコラを捕まえて、どうしても聞かなければいけない事があった。
テオフィデールと母君の事である。




