07 毛利元就(1)
何ヵ月間か のんびり過ごした市はシェルドナール王国での 生活に慣れてきた 。
城内で吟遊詩人が 一堂に会し、 吟誦するパーティーが開催された事があった。
国を越えて移動し、各地で自分の詩を披露する吟遊詩人に、市は大変興味を持った。
そのうちに、何人かお気に入りの詩人ができたようで、その者達はシェルドナール王国の近隣に立ち寄った時には、必ず市に会いに来ては、各地で作った詩を披露した。
市も思いついた詩を、吟遊詩人たちに披露しては添削をしてもらっている様だった。
この頃、市は上流階級で通用する、社交儀礼を勉強していた。
人喰い馬討伐の後、王専属執事のニコラが、半強制的に決めた事だった。
ニコラは、いろんな分野の専門の先生を家庭教師につけたので、市はゆっくりする時間が無くなってしまった。
城の人々は、市が詩に没頭しているのは、現実逃避なのではと思ったらしい。
ストレス発散になるのならと、ニコラも吟遊詩人に会う時間を作ってくれていた。
ある日 市は、苦手な刺繍の時間を逃げ出して、調理場に隠れていた。
料理長のクルトは、市のおやつを作りながら
「上の階では市様がいないので 、大騒ぎですよ」と楽しそうに卵をかき混ぜながら言う。
「針仕事はどうも好きではありませぬ。それより、良い匂いがいたします」
鼻をクンクンする市。
「後、15分で出来るのでお待ちください 」
「クルトの料理は、世界一じゃのう」
市は甘い香りに目を輝かせる。
「市様に食べてもらえると思うだけで、気合が入ります 」
話をしているとパウンドケーキが焼きあがった 。辺りに甘い匂いが立ち込めた。
さあ、食べようと思った時に、王宮騎士団長のユーグ・ホセ・リオンヌに見つかってしまった。
「市様、こちらにいらしたんですね。随分と探しましたよ」
市はこの世の終わりのような恨めしげな顔で、パウンドケーキを見つめていたが、諦めてゆっくり立ち上がった。
「 クルト、夕ご飯には必ずそれをデザートとして出してくだされ。 頼みましたよ」と悲しそうな顔で調理場を後にした。
階段を上っていると、ユーグが大きなため息をついた。
「どうしたのじゃ?」
「いえ、何でもありません。陛下がお待ちなので急ぎましょう 」
「刺繍の先生ではなくて?陛下が?」
話していると執務室に着いた。
中には王の他に、宰相のアイレス
とルイスがいた 。
「ユーグ、 ご苦労だったな。猫は美味しい匂いのする所に、いただろう?」
「誰が猫なのですか?」
市がムッとする 。
「ところで、最近の城内をどう思う?」
と急に真剣な顔でテオフィデールが聞いた。
「先日、王弟殿下の エルベルト様と辺境伯のルストン様がいらしてから、城内に変な空気が流れている、という事でしょうか?
特に、ユーグに至っては 、エルベルト様に 何か思っていらっしゃるのではありませぬか? 」
市はチラッとユーグを見る。
ユーグは困った顔で、テオフィデールを見る 。
「気付いているなら、話が早い 。ニコラ、市に説明と例の手紙を」
「市様、こちらをご覧下さい」
地図を見せるニコラ。
「ルストン・ヒュー・エルバのエルバ家は、代々、我がシェルドナール国の最も西にある領地の辺境伯です。そして、この領内にあるバーデン城は、西隣の国ハウゼン王国に対して、守りの要です」
ユーグが説明を続ける。
「以前は、ハウゼン王国とは敵対していましたが 、ハウゼン王国の先代王が亡くなってから、良い関係を築いていたのですが、最近エルベルト様とルストン様のもとに、度々ハウゼン王国からの使者が来ていて、貢物も多くなっているのです」
市はテオフィデールの顔を見たが、心は読めなかった。
ユーグは話を続けた 。
「そして 、貢物や手紙はハウゼン王国の右腕とも言われる、宰相のノイマンからの使者が、ほとんどなのです。しかも、このノイマンは我が領土をずっと狙っている男です。もしバーデン城が 何の抵抗もなく敵軍を通してしまったら、我が国の1/3はハウゼン王国にわたってしまう。そして、 エルベルト様もこの件に絡んでいたら、我が国は内乱状態になるでしょう」
陛下と 王弟殿下の仲はとても良い。
まさか隣国の宰相とエルベルトが内通しているとは、考えられない。
しかし、事が事だけに慎重に行動しないと王家反対派につけこまれてしまう。
市はじっと考えながら、
「これだけで、答えを導き出す事はできませぬ。私に五日間、頂きとうございます」
「たったの5日間で何をするのだ」とテオフィデールが聞く。
「テオ様、刺繍をするにも、まず様々な色の糸を揃えないといけまぬ。まずは 、糸を集めまする」
市は、二人の兄弟の事を思うと、祈るような気持ちだった。
(エルベルト様が裏切る訳がない。まずは情報を集めなくてはならぬ)
王宮騎士団は、諜報活動も専門としている。なので、テオフィデールにユーグをしばらく貸してもらうことにした。
5日間、市は、ユーグを連れて城下を出歩いたり 、吟遊詩人の吟誦を聞いたり、ずいぶんのんびりしている様に見えた。
それで、ニコラはやきもきしているようだった 。
しかし、市が動いたのはそれからすぐだった。
「糸が揃いました。 ユーグ、急ぎ陛下にお話しせねばなりませぬ」
先日の顔ぶれの他に、 エルベルト殿下とルストン辺境伯も同席するようにと市が言った 。
話が話なので、執務室の隣のシッティングルームに集まってお茶でも飲みながら、説明をしますと提案した。
前のめりな気持ちをほぐしてから、説明をしようと考えた。
みんながソファーに座ると、コーヒーが運ばれてきた 。
そして身構える一同を前に、吟遊詩人がテオフィデールを讃える詩を歌った 。
アイレスがたまらず質問した。
「市様、これはいったい何ですか? なぜ大事なこの会議に吟遊詩人がいるのですか?」
憤慨するアイレスをよそに、市は悪戯っぽく笑い話し出した。
「 ではそろそろ始めましょう 」




